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四章✳︎父と子
104「サボるカシロウ」
しおりを挟むトザシブに戻って十日ほどのち、カシロウは頭痛が引かぬのを口実に出仕をサボり続けていた。
クィントラが死んだ翌日、ヤマオ親子に天狗、さらにタロウの四人はシャカウィブを出てトザシブを目指して駆けた。
四人が四人とも健脚ゆえ、翌々日にはトザシブに辿り着いたにも関わらず、報告さえも三人に任せて自室にいたカシロウ。
カシロウは報告を終えたヨウジロウから顛末を聞いたのみで、そのまま全てを打っちゃって放置している。
しかし当然、放置していて良いわけがない。
工事もあるし道場もある。
それに何より、下天の一人であるクィントラを斬ったのは当のカシロウなのである。
何もせぬままこうしていられる訳がない事は、カシロウ自身もよく分かってはいるが、どうにもやる気が出なかった。
朝起きて飯を食って、ビスツグの下へ向かうヨウジロウを見送って、時には兼定を振ったり、ユーコーといちゃついたりもするのだが、基本的にはぼうっと座っていた。
「たまにはこうして二人の時間があるのも嬉しいのだけど、まだ痛むんでしたら治癒術士さんか天狗さんに診てもらったらどうかしら?」
「……そう、だな。治癒術士よりは……天狗殿に相談すべきだろうな」
「そういうもの?」
「……うん、決めた。明日、天狗殿に相談してみよう」
まだ日の高い窓の外を見遣ったユーコー、今日でなくて明日なのね、と思いはしたが敢えて言わずに口を閉じた。
常のカシロウらしくはないが、何にせよ外に出る気になった亭主にホッとしたのが大きかったから。
「父上! お加減はどうでござるか!?」
「お勤めご苦労さん。いまいち頭痛が引かんのでな、明日は天狗殿の所で診てもらってくるよ」
「それが良いでござるよ。早く父上と剣の稽古をしたいでござるからな!」
そうだな、と小さく返したカシロウに、ヨウジロウがつけ加える様に口を開いた。
「それとビスツグ様とウナバラさんからでござるが、『とにかく一度顔を見せよ』だそうでござる」
ん、分かった、と続けたカシロウの声は、尚一層に小さな声だった。
翌朝ヨウジロウを見送ったあと、カシロウが仕事に出ずに部屋で過ごしているため、休ませていた筈のハルが部屋に訪ねてきた。
「お、おおおはようございやすカカカシロウさま!」
「おう、どうかしたのかハル?」
「そ、そそそれがでででやすね、おおお話があああありまままして――」
ハルが何事かを伝えようとしているのは分かるのだが、どうにも要領を得ない。
「まぁ落ち着け。どうせ時間ならたっぷりある。落ち着いてゆっくり話してみろ」
リビングの椅子に座らせて、水を差し出して飲ませ、落ち着くのを待った。
じっとその様子を眺めたカシロウは、ははーんと一人納得して言い放った。
「なんの話か当ててやろう」
「え?」
「オーヤ嬢と夫婦になるのだろう」
「――! なぜ……それを!?」
カシロウにも経験があったのでピンときた。
ユーコーと所帯を持つとリストルへ報告に上がった際、同様に『リリリリストルさままま』などと吐かしたものだった。
再び亡きリストルを思い出して目頭を熱くしたカシロウだったが、振り払う様に陽気に言った。
「いやなに、私と同じだなと思ったまでさ」
微笑んでそう言ったカシロウだが、真顔に戻ってこう続けた。
「しかしリストル様が亡くなって間もないのにと思わぬでもないが……」
「え? リストル様が亡くなった事と何かありやすか?」
「……え? いや、喪に服すというか……あるだろう普通?」
一向に要領を得ない表情のハルが首を捻って言う。
「え、あ、いや、ビスツグ様という魔王がいらっしゃいますし……これと言っては……」
今度はカシロウが首を捻る。
魔王国の呪いは消え去ったはず、ならば現魔王限定の忠誠は失われているはずなのだが――
「……ん、いや、忘れてくれ。そうだな、きっと私の考えが古いんだろう」
釈然としないものを感じつつも、めでたい話には違いないと無理矢理気分をカシロウは変えた。
「でオーヤ嬢はどうした?」
「オーヤはオーヤで天狗様の所へ報告でやす」
「ならばこれから一緒に天狗殿の所へ行こう。どうせなら二人一緒の所をひやかしたいからな」
あうあうと照れるハルを連れ、天狗の住う城下南町はお宿エアラへと足を向けたカシロウ。
道すがら、ハルの惚気を聞いて癒されつつも、それとなくこの十日ほどの魔王国についても聞いてみた。
オーヤがいかに素敵かを熱弁するハルは、特に不審がることもなくそれに答えていった。
そして結論、ハルから見た魔王国は至って普通。
そんな筈はないのだが、とカシロウは首を捻ってみるものの、実は呪いなどなくともビスツグに人望があるのかも知れないと、自分では解けそうにない疑問は一旦忘れる事にした。
「やぁ、ヤマオさんにハルさん。なんか久しぶりだね。さぁ奥に上って上って」
訪いを告げた主従二人を迎え入れたのは天狗。
朝二つの鐘も鳴らぬ今時分では、揚げ屋『お宿エアラ』の稼ぎ時とはさすがにいかぬらしく、店にエアラの姿はない。
「エアラとタロさんなら奥で将棋やってるよ。強いんだコレが」
「ほう将棋ですか」
ポカンとしたのはハル一人。
前世を同じくするカシロウ、タロウに天狗には馴染み深いが、この世界に将棋は流通していない。
「タロウの頃にも将棋はあるのですね。どれ、観戦といきましょうか」
「見るなカシロウ! わ、儂を見ないでくれぇぇ!」
手で顔を覆って隠すタロウの盤面は、片手で数えられる程の駒。
対して腕を組んで胸を張るエアラの盤面は、これ以上ないほど美しい王手。
まさかエアラが将棋の達人だとは、さすがにカシロウも思い至らなかった。
「何やってるんだタロウ。同郷人として悲しいぞ私は」
「そうは言うがなカシロウよ。この者の腕前は異常じゃぞ!」
……………………
「……ここのところ……頭痛が酷くてな……」
「ばーはははは! 貴様も同じではないか! はっはー!」
カシロウは無邪気なタロウの様子を見ていると、少し頭痛がマシになるような、なんとなくそんな気がした。
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