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三章✳︎勇者襲来編
90「思っていたよりハイスペック」
しおりを挟む「ヤマオ・カシロウ、僕に殺される為にわざわざ来たか」
スラリと伸びた足を組んで座り、相変わらずの整った顔、その淡い髪色が窓から差し込む光に当たってより一層淡く見せている。
足にはあのブーツ、左手には納刀されたあのサーベル。
「クィントラ、この度の騒動、一体どういう料簡なのだ?」
「どうもこうもない。リオが謀反を企てたから成敗したまで、僕に非は全くない」
少しも悪びれる事なく言い切ったクィントラ、ゆっくりと立ち上がってさらに言う。
「お前も同様だろう。あの二人にさせる筈だったがしょうがない、僕自ら成敗してやろう」
左で鞘を掴み、シャリンとサーベルを引き抜いて、それを眼前で立てて構えてみせた。
カシロウは手を少し上げ、タロウに下がるように促して歩み出る。
兼定を音もなく抜き、いつものように右でダラリとぶら下げて立つ。
サーベルを下ろし、切っ先をカシロウへ向けてクィントラが言う。
「それだ。その構えにしたって腹の立つ事この上ない。僕に構えなんて不要という事か?」
以前に行われた御前試合で相対した時も、カシロウはこの構えからクィントラの魔術を全て叩き斬って勝ちを収めている。
「これは前世で師から教わった『無行の位』、いかなる攻撃にも自由自在に対応する構え。決して相手を侮る構えではない」
「……ふん。ならこれにも対応できるか?」
鞘を掴んだままで左の指を一つ立て、その指先に一寸にも満たない小さな氷の礫を作り出し、指を弾くようにしてそれを撃ち出した。
「どこを狙っ――」
「あ」
礫は明後日の方へと飛び、そして見事に魔術の瞳を打ち砕いた。
「あのジジィは邪魔だからな」
「すまんカシロウ! 油断したのじゃ!」
慌ててタロウが瞳に駆け寄るが、砕けた氷がはらはらと舞い落ちるのみ。瞳は跡形もなく砕け散ったよう。
「……まぁクィントラの下へと辿り着きはしたのだ。問題ない」
左手に鷹の刃を作り出し、両手に剣をぶら下げて無造作に歩み寄り、天地二刀を構えたカシロウ。
ブーツの踵で床をコンコンっと叩いて具合を確かめ、再びサーベルを立てて構えたクィントラ。
「「いくぞ」」
クィントラがその姿を一瞬消して、そして僅かにカシロウに近い距離で姿を現し――
「………………バカな……」
――呆然とした顔でそう呟いた。
クィントラは右肩から左脇にかけ両断されて、勇者乙と同様、二つに分かれて崩れ落ちた。
「おいおい…………瞬殺じゃてか?」
「クィントラの剣の腕は大したものではない。見ての通りだ」
勇者乙を斬った時のような、怪しい笑みも何もない、ただ淡々とそうカシロウが呟いた。
鷹の刃を消し去り、兼定に血振りをくれて納刀し振り向いた。
「天狗殿とリオの下へ向かおう。まだ神王国の軍が――?」
タロウへ向けた言葉が、タロウの表情に遮られた。
再び振り向いたカシロウの目へ、間違いなく斬り捨てた筈のクィントラの姿が飛び込んだ。
「どこへ向かうだと? まだこれからじゃないか」
服を自らの血で真っ赤に染めたクィントラ、ニヤニヤと不気味な笑みを湛え、斬られた上衣を引き千切る。
「お主……! 一体……?」
露わになったクィントラの体には、無理矢理皮膚を引っ張って繋ぎ合わせたような傷跡と、意味ありげに胸で光り輝く首飾り。
「神よ! 僕の体を! お使い下さい! そしてこの……クソのような男を殺し――――!」
サーベル、ブーツ、首飾り、それぞれが強く輝いて、部屋内を白一色に染めた。
「なんなんじゃ!? こりゃ一体なんじゃカシロウ!」
「分からん! とにかく油断するな!」
光が薄れ、二人の目がようやく機能しかけた時、カシロウは強烈な衝撃を頬に受け、壁に強かに叩きつけられた。
「――がっ! げはっ、ぐぅぅっ……」
「お、おい! やられたのか!?」
タロウはようやく目を開き、状況を確認せんと周囲を窺う。
どうやら殴られたらしいカシロウ、四つん這いでゲホゲホ言っているが死んではいない。
殴ったらしいクィントラ、部屋の中央付近で掌を閉じたり開いたり、軽く腕を曲げたり何かを確認する素振り。
「おぅこらクィなんとか! 今度は儂が相手してやるわい! 掛かってこんかおんどりゃぁ!」
前世で悪事を働いていた頃の口調でタロウが言うが、クィントラは我関せずで作業を進め――
『思っていたよりハイスペック……、相性も悪くない。まぁ良いだろう』
――そう呟いてタロウへ向き直った。
クィントラの元々淡い色味の髪が、すっかり真っ黒に変わっていた。
『初めまして、聖王国アルトロアの勇者よ。我が名はイチロワ。神王国パガッツィオの神だ』
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