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三章✳︎勇者襲来編
89「タロウの推測」
しおりを挟む『ね、ヤマオさん。あのタロさんの微笑みは怪しい感じじゃないでしょ?』
「私の笑みは……ああでは無い、と」
『ま、そうだね。もうちょっとこう、狂気を感じるっていうかね、ちょっと危ない感じ』
勇者乙を倒した際、タロウがフォローしてくれた様に、タロウも確かに勇者丙を倒して笑った。
しかし、天狗の言う通り、タロウの微笑みとは違う笑みを浮かべていたような、そんな気がするカシロウだった。
『タロさん、ブーツ持ってかれたね』
「ああ、恐らくはアレとさっきのサーベルが飛んだ先、そこにクィなんとかじゃな」
「……どういう事だ?」
「かーっ! 貴様は鈍いのぉ」
『ヤマオさんはね、魔力とか魔術とかからっきしだからさ、イメージが湧かないんだよ』
「ちっ、しょうのない奴じゃなぁ」
そう言ってタロウが自らの推測を交えて語り出した。その内容は次のような事だった。
第一に、天狗が氷の散弾から追ったクィントラの魔力、これが三つに分かれた理由。
クィントラの魔力がサーベルとブーツに籠められていたか、またはそれとは別の誰かの魔力を三人が分けて持っていたか。
『僕はなんとなく後者だと思うなぁ』
第二に、『どちらかが死ぬまでやろう』と言った勇者Cの言葉。
今思えばこの言葉、こちらの誰かを倒すか、さもなくば、死んでブーツをクィントラに届けるか、その二択だったように思えてならない。
『そうだね。転送術式の魔術陣を刻むのは難しいけど、対象の死をきっかけに転送術式を発動させるのは割りと簡単だしね』
「次は特に想像を膨らました結果じゃが」
そう言うタロウが続ける。
第三に、次の魔力反応があるのが、僅かでも神王国に近い砦の東端。
『そこにラスボスが居る』とは考えすぎだろうか。
『うぅん、きっと正解だよ。今頃たぶんね、砦の北東では神王国五万の軍が出撃準備を整えているところさ』
ふむん、と一応の納得を見せたカシロウ、腕を組んで考え込み、そして口を開いた。
「その……、第一の後者が正とすると、クィントラの後ろにさらに黒幕が……?」
『間違いなくいるけど、『今回の騒動のラスボスはクィントラさん』って認識で問題ないと思う」
どうやら何かを知っているらしい天狗、しかしそれ以上に語ることはなく話題を変えた。
『あ、リオさんが目を覚ましたよ』
● ● ●
「おはよリオさん。気分はどう? まだ痛む?」
「…………」
世界一無口な男と呼ばれるリオ・デパウロ・ヘリウス、どうやらまだ体は動かないらしく、視線をやって辺りを窺う。
天狗を見遣り、そして隅に横たわる八軍の者の姿に気付き、ギュッと強く目を瞑った。
「今リオさんの命があるのは彼のお陰だよ。命懸けで治癒術を使い続けてくれてたんだ」
目を開き天狗を見つめるリオ。
「初めまして。僕は天狗、天狗山でヤマオさんを預かってた爺いだよ。今の状況は、ヤマオさんと助っ人がもう少しでクィントラさんを追い詰めるところ、って感じかな」
『リオ! 無事か!?」
「わぁびっくりした!」
カシロウの声に天狗の体がびくりと跳ねた。
「大きな声出したってリオさんには聞こえないよ? 魔術の瞳は伝声管じゃないんだからさ」
「……カ、カシロウ。油断……するな……」
● ● ●
『だってさ。今までのクィントラさんとは一味も二味も違うみたい。それにしたってリオさん無口だねー。トノと喋ってるみたいだよ』
とにかくリオの無事が知れたカシロウは、ホッと安堵の吐息を漏らした。
「これでヴェラにも顔向けできる」
「ヴェラの旦那じゃよな? 友達になれるかな?」
「なれるんじゃないか? 会話が成り立つかは分からんが」
『リオさんの傷はもう治ってるから安心して。今は失った血を白虎の神力で補ってるとこ。さ、ちゃっちゃとクィントラさんやっつけておいで』
二人と目玉は再び望楼から屋上へと出る。そして東端を目指し歩き始めた。
太陽は中天を少し越えてしばらく経った頃。
二晩ロクに眠っていない筈のカシロウだったが、不思議と眠気は感じていない。
「しかしなカシロウ。貴様、魔力はからっきしなのに神力は使えるんじゃな」
「それなんだがな、実は神力もほとんど使えん。アレは私でなくトノが使っておるのだ」
「なに? そうなのか?」
実はカシロウが扱える神力は、せいぜい鷹の目のオンオフ程度。
鷹の刃も翼も、あれらは全てトノに頼むか、トノの意思で発現していた。
「……儂の竜はホントにそれ出来ぬのか?」
タロウが恨めしげな目で魔術の瞳に視線を送って言う。
『出来ないね。ヤマオさんとトノが唯一無二で特殊なんだってば。僕の白虎もそうだけど、タロさんの竜もヨウジロウさんの竜も宿り神になってから何代もの宿主を経てるわけ』
「カシロウの鷹は違うのか?」
『トノは宿り神になって初めての宿主がヤマオさんなんだよ。繋がりが全く違うんだ。もうね、良くも悪くも比べようがないの』
ふむん、と一つ頷いたタロウがさらに問い掛ける。
「良く、は繋がりが強いことじゃわな。悪く、は何じゃ?」
「神力の大きさだね。ざっくり例えたら、竜の十分の一が白虎で、さらに十分の一がトノだね」
ほっほーん、と満更でもない顔をするタロウだが、それにすぐさま天狗が付け加えた。
『だからってトノとヤマオさんの方が弱いって事にはならないけどね」
「そういうものか?」
「そりゃそうだよ。経験も、技術も、気持ちも、運だって絡むさ。神力の大きさだけで勝敗が決まっちゃ何にも面白くないじゃない」
天狗の言葉に満足そうな顔を浮かべるカシロウ。
彼にとってはそれが全ての希望なのだ。
元々、竜を宿したヨウジロウが悪しき心に育った場合、それを止める為に己れを鍛え続けてきたのだ。
神力の大きさが全てであったならば、カシロウの十二年は水泡に帰す。
そして二人は瞳と共に、東端の望楼から階下へ向かう。
「ヤマオ・カシロウ、僕に殺される為にわざわざ来たか」
豪奢な椅子にゆったりと腰掛け、不敵な笑みと共に投げ掛けるクィントラだった。
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