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三章✳︎勇者襲来編

68「駆ける六人」

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「ほう? 三十倍でヤンスか?」
 聞き耳を立てていたトミーオが反応した。

「しかし我々、その戦さで死んでますからね……」


 カシロウの言葉を受けて静まる王の間の中で、今まで黙っていたビスツグが玉座から腰を上げ口を開いた。

「ウ、ウナバラ! どどどどうする⁉︎ 余はリオもヴェラも、ブンクァブもシャカウィブも助けたい!」

「当然です、お任せください。よし、一部予定変更、クィントラは北へ向かえ。リオの八軍の残りと九軍を連れてきゃ全部で一万二千、それでなんとかしてくれ」

「仰せの通りに」

「ただし、今んとこ向こうの思惑が分からん。これから大急ぎで書簡を送り付けて反応を見る。だから短慮はいけねぇぜ」

「お任せください」


 速やかに向かうべくクィントラが退室した。
 リオの八軍はともかくクィントラの九軍は現在オフ、召集に手間取っていては出発が遅れてしまう。


「その旨をリオへ送ってくれ」

 ラシャへ視線を送るウナバラ。


「それにブンクァブだが……、天狗殿、お願いできませぬか?」

「え? 僕? 良いよ? そのつもりだったし」

 いつも通りに軽く、天狗があっさりと了解した。


「ありがてぇ。これで手練れが三……いやヴェラ入れて四人。足が速くて強いの……ウノはビスツグ様から離れる訳がねぇ……ディエスの野郎入れても少ねえ。しょうがねぇ、ちっと足遅いが俺が――」

「「それはならん。お主の戦場はここだ」じゃ」


 二白天の二人が即座に諫め、「なら他に誰がいるってんだよ爺さんども」とウナバラが言い立てる。


 それにカシロウが――

「ヨウジロウを連れて行きます」

 さらに天狗が――

「ハコロクさんも連れて行こ」

 ――そう二人の手練れの名を挙げた。


「それで六人……よし! さらにディエスを足せば七人、これで何とか踏ん張ってくれ」


「…………ワ、ワイもでっか……トホホ」



● ● ●

 クィントラが率いる二つの軍がトザシブの北東に続々と集合してゆくのを尻目に、今ディンバラが出せる最強の精鋭六名が東へ向かって駆け始めた。


 トザシブからブンクァブまでは、行き来する者たちが踏み固めた街道らしきものがあるだけでロクな舗装はされていない。

 なので夜目の利く序列六位トミー・トミーオが先頭、その後をカシロウとヨウジロウの親子、続いてハコロクと天狗、そして道に詳しいディエスが殿しんがり


「父上とどこかへ行くの久しぶりな気がするでござるな」


 秋口にトザシブへと戻って以来、なんやかやとバタバタしていてすっかり冬。
 その間ロクにヨウジロウとの時間は持てていなかった。


「それほど振りでもないんだがな、なんとなくそんな気がするな」


 ヨウジロウを天狗の里に連れて行ってからの七年は、ほとんど毎日を共に過ごした。

 今も共に暮らし、朝夕は食事も共にする。
 それでもどこか、それぞれのお役目のせいか、以前よりもお互いに距離を感じていた。


「こんな時に不謹慎だが、たまにはこうしてオマエと走るのも良いもんだな」

「ははっ! ホントに不謹慎でござるが、それがしもそう思うでござるよ!」


 その身に竜の神を宿したヨウジロウが、にこやかに朗らかに、そう言って笑った。




● ● ●

 六人は驚くほどの速度で走り続けている。

 普通の行軍で五日の距離を一晩で駆けようというのだからそれも当然である。

 そして皆、それを可能とする脚力を持っているのだが、深夜を跨ぐ頃に一つ問題が発生した。


「ヨウジロウ! おいヨウジロウ! 寝るな! この速度で居眠りしたら大怪我するぞ!」


 まだ十二歳のヨウジロウが走りながら目を擦り始めたのだ。


「……だ、大丈夫でごさるよ……、ただちょっと……退屈過ぎるのが辛いでござるよ……」


 現在恐らく日付が変わる頃、ヨウジロウにとってこれ程に遅くまで起きていた事はないだろう。


「ヨウジロウ、退屈だと言うなら頼みがあるんだが、どうだ頼めるか?」

「……父上の頼みでござるか?」


 先程までよりは幾らか目を開いた様子のヨウジロウがなんとか返事を返した。

「そうだ。前々から夜目を鍛えたいと思っていたんだが、今の状況でそれが出来れば、ヨウジロウも退屈でもないし、お互いに時間の無駄遣いもない。どうだ? 頼めるか?」


「もちろん平気でござるが……、どうすれば良いでござるか?」

「ほら、オマエの飛ぶ刃、アレをちょこちょここちらに向けて飛ばしてくれるだけで良いんだ」

「こんなに暗いのにでござるか?」

「暗いから良いのだ」


 最低限の荷物にする為、各自のエモノと背に負った水と食料を除けば、魔術の灯りを小さく灯すカンテラを腰に吊るのみ。

 当然、暗い。


「さぁ、眠気がぶり返す前に頼む」

「わ、分かったでござる!」




● ● ●

 ――一体何をやっているんだ。


 殿しんがりを務めるディエスは、前方から聞こえる甲高い音を聞き、そう呟いて目を凝らした。

 音に紛れて時折り火花も見え始めた。

 すぐ前を行く天狗の揺れるカンテラの灯りは見えるが、どうやら音と火花はそのさらに前、カシロウとヨウジロウの辺り。


「なぁおい、天狗殿! 前は一体何やってるんだ? まさか親子喧嘩じゃあるまいな?」

「気にしなくても大丈夫だよ! 夜だと見辛いらしい『鷹の目』の訓練だと思うからー!」


 走りながら首だけやや後ろへ向けて、天狗がディエスへ叫んでやる。

「訓練って……、何も今しなくても良かろうに……、バカだなぁアイツ……」


 その後も六人の駆ける足音と、ヨウジロウの刃を弾き、斬る音だけが暗闇の中で鳴り響き続けた。




● ● ●


(なるほど……、少し分かってきたな)

 まだ夜明けまではもう少しという頃、カシロウはいつの間か浅く斬り裂かれた頬の傷を拭いながらも、手応えを感じていた。


「トノ、天狗殿が先日言われていた事、ようやく分かってきました」

『…………………………』

「いえ、確かに時間は掛かりましたがトノのせいではありません。『鳥は鳥目』、私もそう思っていましたから」


 先日、天狗は二人にこう言った、

『トノも認識を改めて訓練なりすれば、夜でも『鷹の目』使えると思うよ。多分だけど』

 そして二人は、夜半から始めた訓練の冒頭から、『見えるはずだ』の思いで挑んだのだが、この前より少しマシ、という程度のままでヨウジロウの刃を捌き続けた。


 そして、ふと、同じ頃に二人は『やはり鳥は鳥目なのでは?』と思った時、あわや即死かという程に危険な一幕があった。

 唐突に視界は暗転し、完全に刃を見失ったのだ。

 幸い、器用にももう一つの刃をヨウジロウが放ち、致命の一撃を叩き落として事なきを得た。


 その事をきっかけに、二人は『見えるはず』でなく『見える』と信じ込む事に腐心した。
 その結果が先ほどのやり取り、「ようやく分かってきました」に遂に辿り着いた。


 カシロウの『鷹の目』は、まだ明けぬ今でもヨウジロウの刃をきちんと視認し、カシロウの『鷹の刃』はそれを叩き斬ってみせたのだった。

 協力してくれたヨウジロウに礼を告げ、夜明けを迎える少し前に訓練を終えて鷹の刃を消し去った。

 ちなみにカシロウは兼定を抜いていない。

 あんな重たいものを振り回しながら走るのはあまりにも愚か過ぎる故。



 そして夜明けを過ぎて一刻ほど、異常に目の良いトミー・トミーオが目的のブンクァブを視界に収めた。

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