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二章✳︎魔王国騒乱編
57「アレを使ってでも」
しおりを挟む「何者って……、ただのお節介な長生き転生者お爺ちゃんだよ」
「転生者……? いや、貴方は転生者ではないと仰った筈です」
そんな事言ったかなぁ? と首を捻る天狗が、
「あぁ、あの時かな? 里長の庭を吹き飛ばした後の……」
手を叩いてそう言った。
「そうですそうです。十二年も前ですが確かに仰った筈です」
「違うよぉ。確かあの時、『ヤマオさんと同郷じゃない』って僕は言ったんだよ」
今度はカシロウが腕を組んで首を捻りつつ言う。
「確かに……、そう仰ったかも……。ですがこの世界生まれだと仰った様に記憶していますが……」
「それも言ったよ? だって僕は二回転生してるからね。やっぱり最初に生まれたこの世界が故郷だよ」
天狗は数百年前にこの世界で魔人族として生まれ、普通に生きて普通に死んだ。
その次に生まれた世界はカシロウやウナバラと同じ世界。そこでは普通の人族しかいない世界、天狗も同様に人族の姿だった。
二度目の生で長じると共に、自らに宿る白虎の存在に気付いた。
他より大きな器を持った天狗の魂に宿った白虎は順調に育ち、いつしか神力を操るようになった天狗は、不思議な力を使う者として名を馳せたそう。
そして三度目の生、人族の姿のまま再びこの世界に生まれ、三百年を白虎と共に過ごした。
「だから僕の白虎は彼此……四百、いや五百年くらい一緒にいるかな?」
カシロウとトノはこの世界で一つになって四十年、その力の大きさに隔たりがあっても当然だと腑に落ちた。
さらにトビサの腕をカシロウが斬った際、天狗が言った『二分』という言葉。
あれもこの世界の単位ではない。
カシロウは普段から頭の中では、慣れ親しんだ前世の尺貫法で距離を測るが、良く考えれば天狗が使った事に違和感を覚えてもおかしくなかった。
「前世も面白かったけどね、僕の白虎みたいな育った宿り神が憑いた人はいなかったから寂しかったねぇ」
「そうでしたか……。私が元居た世界にやけに詳しいとは思っていましたが……」
「そうさ。僕にはまだまだ秘密と不思議がいっぱいだからね。いつか話す事もあるだろうし――」
天狗は指を二本立てた右手を顔の横に、その指で片目を挟むようにして、
「――お楽しみに!」
キラリン♪ と音が出そうにパチンとその目を瞑って見せた。
カシロウとトノは微妙な顔でお互いの顔を見つめ合い、特にコメントするのは差し控えた。
● ● ●
日も傾き始めた昼二つ過ぎ、天狗の提案で昼寝となった。
「今夜も夜回り行くんでしょ? しかも一人で」
「そのつもりです。恐らく奴は今夜また、この南町に姿を見せる、そんな気がします」
「なら僕も行ったげるから、お昼寝しよう。歳とると睡眠不足は辛いからね」
そんな経緯で絨毯にそのまま横になったが、眠たい筈だがやはり眠気が訪れない。
何故だか天狗も寝付けないらしく、奥に向かってエアラを呼ばわり、
「どうも久しぶりの一人寝だと寝付けないみたい」
そんな事を宣って、エアラに膝枕をせがんでその膝に頭を乗せた。
しかし、薄目を開けた寝たフリのカシロウは見た。
速やかに寝息を立て始めた天狗が、腹筋と神力を使って頭を僅かに浮かせ、エアラの脚にかかる負担を減らしているのを。
鷹の目を使って確認したから間違いない、確かに天狗は眠っている。
(この御仁には敵わないなぁ)
どうでも良い事にそのとてつもない力を使う天狗を見、小さく笑み溢したカシロウは、不意に眠気を覚えてそのままゆっくりと微睡みに落ちていった。
日の入りを伝える昼三つの鐘を聞いてカシロウは目を覚ました。
「おはよ。ヤマオさん、軽く食べたら夜回り行こっか」
「ええ。よろしくお願いします」
エアラが作ってくれたらしい握り飯を腹に納め、寝息を立てるトビサに、今夜こそ終わらせてくる、と大きくはないがはっきりとした声を掛けて雪駄を履いた。
夜間外出禁止令の出る城下南町を、天狗と並んで歩き出した。
● ● ●
夕食を済ませたビスツグの下へ、いつもの紺の装束でハコロクが姿を現した。
「ワイ思うんやけどね、ビスツグはん」
「どうしたハコロク?」
この十日ほど、ハコロクが暗躍する様になってからのビスツグは少し変わった。
ヨウジロウと過ごす昼間はそうでもなく、十五という歳より幼く感じさせるままなのだが、ハコロクと居るこの時間は随分と違う。
悩みを吐露し、それに対してハコロクが動き出した夜から、少しずつビスツグは変わった。
その理由を、ビスツグとハコロクの間にはっきりと主と従という関係を構築し始めた事にある様にハコロクは思う。
「今のうちやったらビスツグはんが王太子ですやんか」
「……今のうち……、た、確かにそうだが、それがどうかするのか?」
「昼間にあちこち探って来たんやけど、ゆうべのワチャワチャのお陰でや、どうやら今夜はいつもとちょっと違うらしいねん」
どう違うかを、敢えて説明しないハコロク。
ビスツグが目顔でもって、ハコロクに先を促した。
「ワイに任せてもろたら、具合よくしまっせ」
「私は……、父上に廃嫡される事だけが怖い」
早くに母を失ったビスツグ、義母と義弟に父を奪われる事だけは受け入れ難い。
「廃嫡される事はなくなりまんな」
「…………任せる。思うようにやってくれ」
そして今夜もハコロクが暗躍することが決まった。
● ● ●
いつもの黒の羽織に白の襦袢(肌着)、素鼠の袴にマントを羽織ったカシロウ。
片手に杖を持ち、素鼠の羽織に濃紺の袴を合わせ、濃鼠の陣羽織を上から羽織った天狗。
誰も外を歩いていない町を二人が並んで行くと、どこをどう切り取って見ても時代劇のよう。
「ヤマオさん。僕も一緒だからさ、いざとなったら明るくするよ?」
部屋を丸ごと暗闇で包んだ天狗である、夜闇を消し去る事さえ出来ても不思議ではない。
「ええ。天狗殿ならば造作もなく出来そうとは思ったのですが、彼奴は私の力だけで仕留めたいと考えています」
不意にカシロウの肩口からトノが羽を出し、バシバシと側頭部を叩いた。
「……私とトノの力で仕留めたいと考えています」
「あそう? ならアレ使っちゃうの?」
「はい。いざともなれば、アレを使ってでも」
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