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二章✳︎魔王国騒乱編
26「カシロウとヨウジロウ」
しおりを挟む「さ、掛かってこい。まだまだお前に負ける私じゃないぞ」
「……はい! 行くでござる!」
微笑んでそう言ったカシロウに、木剣を掴み直したヨウジロウが駆け出した。
二人の間にあったおよそ二間(≒3.6m)ほどの距離は瞬きほどの間に消え去った。
両手で持った木剣を右下段に構えたまま駆けるヨウジロウに対し、右手で木剣をフワリと掴んで立つカシロウ。
両者の木剣が届く寸前の距離まで駆けた時、ヨウジロウは左前方に跳び、跳んだ勢いも利用しつつ、右下段の剣を逆袈裟に斬り上げた。
対してカシロウ、跳んだヨウジロウに向けて僅かに体の軸を回して相対する。
いつの間にか左手に持ち替えられたカシロウの木剣の剣先が、ヨウジロウの木剣の根元を鋭く突いた。
カッ、と音を立てて止められたヨウジロウの木剣、それを一瞬見詰めてしまったヨウジロウが慌てて飛び退った。
距離を取ったヨウジロウ、再びすぐに詰め寄って、上から下から二度三度と打ち込むも、どれもこれも振り抜く前にカシロウの木剣に根元を突かれて振りきれない。
ヨウジロウが先程よりも大き目に後ろへ跳び、信じられないモノを見た様な顔で父を見詰めていた。
「信じられんでござる……」
「そうか? これぐらいお前もすぐにできる様になるさ」
ニッと歯を見せて笑うカシロウ、ヨウジロウも吊られてニコリと微笑み、
「行くでござる!」
そう声を上げて再びカシロウ目掛けて駆け出し、二人の間合いにはやや遠いところでヨウジロウが止まる。
そして正眼に構えてじっとカシロウを見詰めた。
「なるほど。ならばこちらから」
そう呟いたカシロウが、右手で木剣をぶら下げたまま、無造作にヨウジロウへと歩み寄り、二人の間合いとなる寸前で立ち止まり、不意に木剣をひょいと掲げた。
ゴウと唸りを上げて振り下ろされた剣が放たれたのは間合いの外、しかし、振り下ろす最中に僅かに半歩分、カシロウは途轍もない速さを以って踏み込んでいた。
ヨウジロウの頭上、ガツンと大きな音を立ててカシロウの剣を防いだ。なんとかヨウジロウの木剣が間に合ったのだ。
一歩分だけ後ろへ下がったカシロウ。
「よく防いだ。が、今の受けでは真剣同士ならば折られるぞ」
木剣同士ならばカツンと音を立てて受け止められるが、勢いの乗った真剣を真剣で受け止めたとすれば折られるのは必然である。
「今の私の動きは理解できたか?」
「……剣速よりも踏み込みに重きを置いた……でござるか?」
「そうだ、良く見てたな。どんなにムキになろうが目一杯の剣速はさらに速くはならん。しかし運足ならば工夫のしようがある。小手先の技術に見えるかも知れんが重要な事だ」
運足……と呟いたヨウジロウの様子は、それを心に留めようと真摯に受け止めた様にカシロウには思えた。
「とは言え、このままではお前の気散じにならん。あの力も使え」
「……いや! それでは父上が!」
舐められたものだとカシロウは思う。
これでも元は魔王国一の剣の使い手、十二年の修練を経た今ではもしかしたら、この大陸一の剣かも知れないとの自負がある。
「大丈夫。伊達にお前の父親ではないさ」
再び力強くニッと笑って見せたカシロウに、ヨウジロウもまたニコリと笑んで見せた。
カシロウのそれは父の意地という強がりが多分に混ざっているが、ヨウジロウのそれは、父への強い信頼が全てであった。
「承知でござる!」
再び駆け出したヨウジロウの木剣は朧げながら薄白く輝いていた。
八相に構えて駆けるヨウジロウとカシロウの距離が一足一刀の間になるよりも早く、カシロウは明後日の方へと木剣を振り上げた。
虚空に差し出した木剣からパァンと音がして、さらに二度三度と様々な方でカシロウの木剣が音を上げた。
その最中、その隙を突くようにヨウジロウの木剣が頭上から迫りくる。
それを、口の端を僅かに上げたカシロウが、木剣を掲げて迎え撃つ。
木剣同士がかち合ったその刹那、カシロウは木剣を握る手をフワリと柔らかく掴み直し、ヨウジロウが振り下ろす木剣に逆らわずに受け流す。
カシロウが受け流した先、当然ヨウジロウの振り下ろした木剣の先にカシロウの姿はない。
ピタリと、ヨウジロウの頭上で寸止めされたカシロウの木剣をヨウジロウが目だけで見上げ、
「…………参りました」
そう言った。
「ふぅ。何とか父の威厳は保てたな。わはは」
少しオーバーに額の汗を拭ったカシロウはそう言って笑った。
二人で並んで里へと歩く道すがら、ヨウジロウは興奮冷めらやぬようで、後ろに束ねた髪を左右に振りつつカシロウの剣を褒めそやした。
ヨウジロウの頭は総髪、カシロウと違って月代を剃らずに後ろで束ねている。
「それがしの『神様の刃』を連続で捌かれたのは本当に凄かったでござる! 目に見えない速さで放った筈なのに全て斬り落とされるとは思わなかったでござる!」
興奮するヨウジロウに対し、至って冷静に振り返るカシロウは冷や汗をかいていた。
(あんなもん、一発でも当たれば致命傷、こっちは必死だぞ……)
「五本に一本取れるなんてとんでもないでござる!」
ヨウジロウにとって父は、常に乗り越えられない壁として聳えており、加減や容赦の必要のない相手として捉えていたらしい。
なのでカシロウは少し強がる。
「あれぐらい、お前もすぐにできるさ」
「そんな事より、明日はお前も天狗殿の所へ行く日だからな」
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