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一章✳︎あの日の誓い
18「お父さんがいるから大丈夫」
しおりを挟む「あそう、僕も天狗と呼ばれてるけど、たぶん僕の事だろうね、ビショップ倶楽部の男の子のこと覚えてるし」
やはり……と呟いたカシロウは、掛け布団を跳ね除けて土下座した。
「どうか! 我ら親子に力を貸して頂きたい!」
「……え、あ、あぁ、もちろんそれは構わないんだけど、ね。とりあえず布団に入って横になんなさい、ね?」
そう言ってからオホンと空咳一つ、天狗が腰を上げて縁側へ続く障子を引き開けた。
「里長の奥さんの目に毒だから」
引き開けた障子の先、縁側の床の上、目尻の黒子がやけに色っぽい中年女性が腰を下ろしていた。
「あらあらまぁまぁ、私ったら……。そうそう洗濯物を取り込むのでしたわ」
中年女性はそう言って、結構なものをありがとうございました、と付け加えてパタパタと去って行った。
「……結構なもの?」
首を捻るカシロウに、天狗が指を指して再びの空咳一つ。
その指を追ったカシロウの視線は自らの胴へ……
「ぬぅわっ!?」
全裸だった。
カシロウ、慌てて跳ね除けた布団を引っ掴んで下半身を隠す。
「全く……、里長の奥さんは自由人で困っちゃうねぇ」
天狗が改めて障子を閉めると、先程の中年女性の、ちょうど視線の高さに指の先ほどの穴。
先程のやり取りを思い出して赤面するカシロウ。
美しく引き締まったカシロウの体、少々見られたとて恥じるものではないが、ちょうど穴に背を向けて全裸で土下座、見られるのには憚られる姿勢であった。
「ま、減るもんじゃなし気にせずに、話を進めようよ」
カシロウは事の起こりを一から詳しく説明した。
自らが『無』から産まれた転生者であること、ヨウジロウが不思議な力で義母の小指、ハルとクィントラの耳を斬り裂いたこと、ウナバラに天狗の話を聞いたこと。
「んで、こちらを目指す最中に山賊どもに襲われた、と」
「ええ。ところであの山賊どもは……?」
「今朝もあそこまで見に行って来たけど、どうやら死んだのはあの狼の獣人だけ。それ以外は全部まるっと逃げたみたいだね」
ここは恐らく天狗の里。
こことあそこがどの程度離れているものか、気を失って運ばれたカシロウには解りかねたが、自分が丸二日の間彷徨い歩いても里を見つけられなかった事から考えて、そう近くはないであろうと当たりをつけた。
(やはり、この御仁は只者ではない)
その時、ほぎゃほぎゃと赤児の愚図る声が聞こえてきた。
カシロウの顔が僅かに青くなる。
どうしてもあの、訳の分からぬ表情で斬り刻まれていったヴォーグの顔が、脳裏にチラついて離れないからだった。
「ヤマオさんの話を聞いた今、目を覚ましたヨウジロウさんを里長の娘さんに預けっぱなしじゃあ、ちょっと危ないかな?」
「すぐこちらにヨウジロウを。やはり今のヨウジロウは危ない」
「そうだよね。どれ、僕が抱っこしてやろう」
そう言って天狗が立ち上がり、障子を開いて奥の座敷へ行ってしまった。
少し間が空き心配するカシロウを他所に、ヨウジロウを抱き抱え、ニコニコしたまま天狗が戻ってきた。
「里長の娘さんに怒られちゃった」
「何かありましたか?」
「あったのよ。ちょうどお乳あげようとした所で部屋に入ってっちゃったの。良いもんだよね、若い人妻のお乳」
テヘ、と舌を出して片目を閉じてみせた天狗。
カシロウは迂闊にも、ジジィの癖にちょっと可愛い、そんな思いを抱いてしまった。
「ヤマオさん、とりあえず肩の力を抜いて。いまヨウジロウさんからは、件の刃は出ないと思うから」
確かにカシロウの肩には力が入っていた。
布団の側に転がされた二本の兼定にいつでも手を伸ばせるようにと。
しかし、天狗は事もなげにそう言う。
ヨウジロウの刃は出ないと。
「…………何かなさったのですか?」
「大した事はしてないんだよ。ちょっと魔力を込めた声で教えてあげただけさ」
「……教えて、ですか?」
「そう。『あなたのあ母さんとお父さんに任せれば大丈夫。お母さんもお父さんも、あなたの事を愛してるよ』ってね」
そんな事で? カシロウはおいそれとは信じ難く、怪訝な目付きで天狗を見つめた。
「ヨウジロウさんは、いつも一緒にいたお母さんと離れて不安だっただけなんだよ」
「ええ、だから早く妻のもとへ連れて行かなければと……」
天狗はチッチッチッと舌を鳴らして指を振る。
「そこが違うのさ。お母さんとは離れたけど、お父さんがいるから大丈夫、そう伝えるのが肝心なんだ」
カシロウが項垂れる。
そんな事で解決するとは夢にも思わなかったから。
「まっ、まだ安心は出来ないんだよね。ちょっと普通のお子さんじゃあないみたいだから」
再び青褪めるカシロウ。
「それは一体……」
「追々きちんと説明するよ。どれ、先ずは怪我の様子を見せてご覧」
そう言われてカシロウは漸く、自らの体の傷が癒えている事に気がついた。
ヨウジロウに斬り裂かれた体中の傷、さらには骨まで達していたであろうヴォーグに噛みつかれた肩の傷まで。
「どこにも痛みはありません。治癒術ですか? 天狗様が?」
「様なんて要らないよ。僕ぁそんな大層なもんじゃあないよ」
「そうですか。では天狗殿、貴方が治癒術を?」
まぁそんなようなもんだよ、傷痕はしっかり残っちゃうけどね、と事もなげに天狗が言い、部屋の隅の箪笥から下帯を出してカシロウに差し出した。
「いつまでもスッポンポンじゃあ、お互い困るよね。里長の奥さんはそのままの方が喜ぶだろうけど」
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