148 / 185
111「イギーとアンテオ」
しおりを挟むバクン。
ズゾゾゾゾゾゾ。
チュルルン。
『…… 不味イ』
プックルが『神の影』を啜り、たった今飲み下した所です。
「……あんな山羊を乗っ取ったところで何になる……」
ぶつぶつとイギーさんの独り言だけが聞こえます。
少し長めの沈黙が続いている間に僕も到着しました。
タロウの髪を掴んだまま、ワナワナと震えるイギーさん。
そんな場合ではないと思うんですが、何故だか同情を禁じ得ません。
「プックル! とにかく助かりました。タロウを救って頂いてありがとうございます。それで、その、体は、何ともありませんか?」
プックルの方へ駆け寄りながら尋ねました。
『今ノトコロ、特ニ、何トモナ――』
プックルの胸元――長い首の下部と言った方が分かり易いでしょうか――がボンヤリと光り、プックルがゲフンとゲップをしました。
首の下がなんとなく蠕動してる様な、そんな感じですね。
『ア、ダメカモ』
プックルは山羊ですから反芻かと思いましたが、蠕動する何か、恐らく飲み込んだ『神の影』がプックルの首を登って来ます。
『ゲプハァァァ!』
プックルのゲップと共に真っ黒な姿の『神の影』がイギーさんへ向かって飛び出しました。
「エギー! そうだ! 戻って来い!」
しかし生憎と僕の大剣が届くルートを進んでいます。
「させません!」
大剣を振るい、『神の影』を頭から足へ、両断しました。
「エギーィィ!」
『グギ……』
バフっと音を立てて煙のように姿を変え、そして風に吹かれる様に消えていきました。
どうやら同化前、肉体を得る前なら倒すのは容易な様ですね。
「……エギーが……。もう、こうなったら……」
「イギーさん、タロウを離して下さい」
イギーさんがこちらを睨みつけますが、僕も負けずに睨み返します。
「順調だったんだ。ウギーをお前にぶつけて魔力を消費させる、アンテオを暴れさせている間にエギーが新たな礎を乗っ取る。完璧だったんだ!」
なるほど。
完全にイギーさんの術中にはまっていましたね。
「それを! このクソ山羊のせいで!」
今度はプックルを睨みつけるイギーさん。
プックルは我関せずとゲップを繰り返しています。変なもの食べたからでしょうか。
おや?
「イギーさん、貴方、右目はどうしたんですか?」
「……ウギーにくれてやった」
今まで気がつきませんでしたが、アンテオ様と同様にイギーさんの右目は閉じられたままです。
左腕をアンテオ様に使った様に、右目はウギーさんを操る為の魔術の核として使ったんですか。
恐ろしい執念ですね。
「こうなったらコイツにもくれてやる!」
タロウをドサリと地面に下ろし、その胸を足で抑えつけ、残る右手で自分の左目を抉ろうと――
「イギー! それはアギーに止められておろう!」
アンテオ様の大声が響きました。
大剣を担ぎイギーさんに向かって走り出していた僕も一旦立ち止まります。
アギーさんに止められているのは両目とも失う事でしょうか。
それとも魔術でタロウを操る事を止められているのでしょうか。
「引くべきだ。このまま戦っても勝てるかも知れん。しかし目的の達成は出来んのではないのか?」
「…………クソ!」
悪態をつきながらイギーさんが蹴り飛ばしたタロウを抱き止めました。
「タロウ! 無事ですか!?」
「……何と、か、平気、っす」
明らかに平気では無さそうですが、あの魔力砲の直撃を受けたんです、まだマシな方でしょう。
ロボの守護もあったとは言え、タロウの魔力ガードは一級品ですね。
恐るべきはイギーさんの魔力。
タロウの言ったア、イ、ウ、エ、オ……が強い順と言うのも強ち間違いではないかも知れません。
そう言えば、さっきの『神の影』はエギーと呼ばれていましたね。
イギーさんが翼を広げ飛び上がります。
「今回は引いてやる。次はこうはいかない!」
僕らを睨みつけ一声残し、アンテオ様の方へ飛び去ります。
「アンテオ! 引くぞ!」
「……先に行け」
「なんだと? 僕の言うことが聞けないのか?」
イギーさんとアンテオ様のやり取りに非常に興味があります。
が、ここでタロウの治療を優先しなければ信用問題になってしまいます。
「僕の魔力が残り少ないので気休めですが、癒しの魔法を使います。タロウ、楽にして下さい」
タロウを横たわらせ、タロウの胸と膝辺りに手を当て魔法を使います。
「あ、あんまり、効いてる気が、しないっすね……」
「追っ付けロボがこちらに来ます。慰撫を使えばかなり回復すると思います。辛抱して下さい」
『タロウ、スマン』
プックルのゲップも収まったようですね。
「なん、言ってんすか。その後は、プックルが助けて、くれたじゃないっすか。お互、いさま、っすよ」
ゲホゲホ言いながらタロウが言います。
ちょっとカッコいいじゃないですか。
「アンテオ! 言う事を聞け! また自我を奪うぞ!」
イギーさんの大声が響きました。
すぐそばのロップス殿はどうして良いか分からずキョロキョロと所在なさげです。
「先に行くのが出来ないなら、我の事は忘れよ」
「なんだとぉ?」
「我はこの甥っ子ともう暫し戦う。その結果は、我が殺すか、我が殺されるか。どちらにしても我はもう戦えぬ。可愛い甥っ子を殺してのうのうと生きられる我ではない」
ロップス殿がさらにアタフタしています。
殺される覚悟はあれど、さすがに殺すつもりなどなかったでしょうからね。
「……アンテオ、お前。僕の魔術が切れてるのか?」
それは僕も思っていました。
きっとプックルも気付いていたと思いますが、明らかにアンテオ様はロップス殿を殺す気などなく、育てようとしていたとしか思えません。
「八割がたは切れている」
「……なっ!?」
「しかし勘違いするな。残りの二割のせいでお主と共にいた訳ではない。最初は完全に操られていたとは言え、お主と共にいたこの数ヶ月は、なかなかに楽しかったのでな」
イギーさんは何も答えません。
「だから我の事は忘れよ。お主はお主で、自分たちの目的に向かって進め。ま、この甥っ子とその友人たちが邪魔するであろうがな」
アンテオ様が全身に魔力を籠めました。
「行くぞロップス。体が冷えたなどと言い訳するなよ」
ロップス殿があうあうしています。
どうも話に着いて行けてませんね。
大丈夫でしょうか。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
【第1章完】異世界スカウトマン~お望みのパーティーメンバー見つけます~
阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
とある異世界……時は『大勇者時代』を迎え、右も左も、石を投げれば勇者に当たるのではないかというような社会状況であった。
その時代に乗り遅れた者、タイミングや仲間に恵まれなかった者、ただ単純に勇者に向いていない者……など様々な者たちがそこかしこでひしめき合い、有象無象から抜け出す機会を伺っていた。そういった者たちが活用するのは、『スカウト』。優秀なパーティーメンバーを広い異世界のどこからか集めてきてくれる頼れる存在である。
今宵も、生きる伝説と呼ばれた凄腕のスカウトマン、『リュート』の下に依頼者がやってくる。
新感覚異世界ファンタジー、ここに開幕!
『Nightm@re』という異世界に召喚された学生達が学校間大戦とLevel上げで学校を発展させていく冒険譚。
なすか地上絵
ファンタジー
■概要
突然、『Nightm@re』という地球にそっくりな異世界に連れてこられた高校生たち。自分達の学校を自由に創り変えながら、生き残りをかけて戦う『学校間大戦』。友情あり恋愛ありのちょっぴり切ないダークファンタジー小説。※物語三章から一気にファンタジー要素が増えます。
*過去にエブリスタで書いた物語です。
*カテゴリーランキング最高3位
*HOT男性向け最高26位
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に
焼魚圭
ファンタジー
唐津 那雪、高校生、恋愛経験は特に無し。
メガネをかけたいかにもな非モテ少女。
そんな彼女はあるところで壊れた家を見つけ、魔力を感じた事で危機を感じて急いで家に帰って行った。
家に閉じこもるもそんな那雪を襲撃する人物、そしてその男を倒しに来た男、前原 一真と共に始める戦いの日々が幕を開ける!
※本作品はノベルアップ+にて掲載している紅魚 圭の作品の中の「魔導」のタグの付いた作品の設定や人物の名前などをある程度共有していますが、作品群としては全くの別物であります。
26番目の王子に転生しました。今生こそは健康に大地を駆け回れる身体に成りたいです。
克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー。男はずっと我慢の人生を歩んできた。先天的なファロー四徴症という心疾患によって、物心つく前に大手術をしなければいけなかった。手術は成功したものの、術後の遺残症や続発症により厳しい運動制限や生活習慣制限を課せられる人生だった。激しい運動どころか、体育の授業すら見学するしかなかった。大好きな犬や猫を飼いたくても、「人獣共通感染症」や怪我が怖くてペットが飼えなかった。その分勉強に打ち込み、色々な資格を散り、知識も蓄えることはできた。それでも、自分が本当に欲しいものは全て諦めなければいいけない人生だった。だが、気が付けば異世界に転生していた。代償のような異世界の人生を思いっきり楽しもうと考えながら7年の月日が過ぎて……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる