29 / 185
22「次の目的地」
しおりを挟むここアンセム様の庵から、真っ直ぐ北へ向かえばブラム領。その西がタイタニア領です。
タイタニア領とアンセム領の境界には、この世界で一番大きく残った海、アンタニア海が内陸までせり出していますので、真っ直ぐタイタニア領に向かうには海を越える必要があります。
ブラム領から東へ向かえばガゼル領です。こちらからなら北東ですね。
ガゼル領は高地ですので、いくつかの山と、この世界最大のアンゼル山を越える必要があります。
船の手配をするよりはこちらからが現実的ですが、少し手強い魔獣の棲息地がいくつかあります。普段の一人旅ならば間違いなくガゼル領からなんですが。
悩みますね。
「悩んでおるな。私は飛べるから悩む必要がないが……」
アンセム様ならそうでしょうね。ロップス殿も竜族でなく竜人族ですので翼がありません。例え飛べても一人で飛んでもしょうがありませんが。
「そうですね。悩んでみましたが、船の手配が上手く行かない可能性を考えれば、やはりガゼル領からでしょう」
定期船などはありませんからね。一から船を作るなんてあり得ませんし、協力頂ける船が見つかるかどうか分かりません。
「そうであろうな。きたこれきたこれ」
気に入ってしまいましたか。それ多分使い方違うんじゃないでしょうか。突っ込まないんですかタロウ?
タロウを見ると、プックルをモフモフして遊んでいました。話に参加しなさいよ貴方。
「うむ。では行け! 皆によろしく」
では行きましょうか。
タロウはプックルに乗り、僕とロップス殿は歩きです。ロップス殿は腰に剣を佩いて、右手には槍をお持ちです。旅支度としては背に負った布袋のみですね。
「ヴァン殿、一つ言っておきたい」
「なんでしょう」
「私は一緒に行くつもりはない。別行動をとらせていただく」
あれ、そうなんですか?
「影ながら貴殿らを守る事は誓う。が、共に旅をするつもりはない、という事だ。いざという時には駆けつけよう」
「そうですか。分かりました。よろしくお願いします」
「我儘言ってすまぬ。よろしく」
そう言って森へと姿を消したロップス殿。
「風車の弥七タイプっすか」
カザグルマノヤシチ? なんでしょうか。タロウがまた分からない事を言います。
「さぁ、タロウにプックル。モフモフ禁止で行きますよ」
とりあえずアンセムの街、そしてペリエ村を目指しましょう。
隘路を抜け、どんどんとアンセムの街に近づきます。昼前に出発しましたので今日中には着けるはずです。
「ヴァンさん、お腹空いたっす」
そういえば寝坊して朝食を食べていませんね。すっかり忘れていました。僕にはそれほど必要ではありませんから。
「どうしましょう。保存用の干肉もアンセム様に全て差し上げてしまいました。粉はありますのでダンゴ汁なら用意できますが」
少し沈黙。
不満そうですね。昨夜あれほど食べたのに。でもマトンの美味しさは相当ですからね。
「では少し迂回して川へ下りましょうか。魚か肉か、どちらか手に入れましょう」
川です。そう大きな川ではありません。
プックルとタロウが足首まで水に浸ってはしゃいでいます。
そんなにはしゃぐと獲物が逃げてしまいま……、あ、逆に獲物がやってきました。
「タロウ、ちょっとこちらへ」
「なんすかヴァンさん」
右手に魔力を纏わせ差し出します。
「なんすか? 魔力トレっすか?」
首を捻りながら右手を前に出し、僕の魔力を受け取るタロウ。
父に魔力を吸収されていますが、この程度ならば全く問題ありません。
「川の中から獲物が近づいて来ています。タロウに任せますよ」
「マジすか? 俺で大丈夫すか?」
「危なくなったら手伝いますよ」
「じゃぁ、いっちょやってみるっす!」
浅瀬に足を浸けて魔力を循環させるタロウ。危ないのでプックルはこちらに呼びました。
川の深いところ、淵のところに潜んでいますが、タロウはまだ気付いていませんね。
不安になってきました。いつでも魔法が放てるように僕も準備します。
川面がいきなり盛り上がり、タロウ目掛けて大きな口が迫ります。
「うわ! うわぁ! なんすかこれ!」
「風の刃!」
タロウが浅瀬で腰を下ろしたのと同時に、僕の魔法が獲物の胴を上下半分ずつに分けました。
しかし、獲物の体は別れずに、タロウの眼前で留まっています。
もう一瞬だけ待ってあげれば良かったですね。
あの一瞬でタロウが選んだのは『水の魔法』。
水の槍が獲物の口から尾までザックリと貫いています。
「ちょっとヴァンさん! こんなデカい獲物って聞いてないっすよ!」
「やるじゃないですかタロウ。あの一瞬で水の槍を出したんですね。大したものです」
驚いていた顔がニヤけていきます。
「でっしょ! やっぱ川があるなら水の槍っしょ!」
タロウの水の槍が、元のただの水に戻るのと同時に、獲物の体が飛沫を上げて浅瀬に落ちました。
タロウが水と獲物の血でビショビショのドロドロです。
「タロウ、川で体を洗って下さい。獲物は僕が処理しますので」
「おっす! ところでこれって、鰐っすよね?」
「そうです。小さめですが鰐の魔獣、マガクですね」
僕の背より少し小さいので、普通の鰐でもあり得る大きさですが、マガクですね。
「マトンとはまた違いますが、マガクの肉も美味しいですよ」
タロウが体を洗っている間にマガクを捌きます。魔獣の血には魔力が多く含まれているので、魔力回復にはもってこいなんですが、僕はともかく人族のタロウはお腹を壊してしまいます。
血抜きをし、食べられる部位を切り分けます。
「どうしましたプックル?」
『プックル、コレ、食ベル』
食べられない部位として除けた物を顔で指したプックルが言います。
主に内臓や骨なんですが、大丈夫なんでしょうか。プックルは賢いですからね、きっと大丈夫なんでしょう。
「構いませんよ。焼きましょうか?」
『コノママデイイ』
ガツガツとプックルが食べ始めました。
なかなか凄い絵面ですね。
「さっぱりしたっすー」
プックルが食べ終わる頃にはタロウも戻ってきました。服も洗った様で、最初に履いていた、とらんくす一丁です。
「こっち来てから一回も風呂入ってなかったから気持ち良いっす」
『タロウ、良クヤッタ』
プックルがタロウを労って顔を舐め回します。
「ちょっ、プックル? いつも以上に生臭いっす! いや! やめて!」
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
乙女ゲームのヒロインなんてやりませんよ?
メカ喜楽直人
ファンタジー
一年前の春、高校の入学式が終わり、期待に胸を膨らませ教室に移動していたはずだった。皆と一緒に廊下を曲がったところで景色が一変したのだ。
真新しい制服に上履き。そしてポケットに入っていたハンカチとチリ紙。
それだけを持って、私、友木りんは月が二つある世界、このラノーラ王国にやってきてしまったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる