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43「Fashionable《オシャレ》」
しおりを挟む喜多がロケットベーカリーを離れた木曜の夕方から二日、特に問題も喜多からのメールも無かった。
特筆する点を強いて挙げるならば、土曜日――つまり今日の朝に野々花さんが手捏ねで焼いたロールパンがもう旨かった事ぐらいか。
繰り返し実践することで覚えた感覚派の私の技術を、図書館で借りてきた本を読むことで文字として理解できた。どうやらそういう感じらしい。
ということはだ。私はあんまり人にパン焼きを教えるのは向いてないって事だな。そりゃそうだ、今回が初めてだしな。
閉店作業を進めながらぼんやりとそんな事を考えていたら、店の電話が鳴り響いて驚いた。
「はい、ロケットベーカリーです」
『あ、店長? オレオレ、オレっす』
オレオレオレっす詐欺…………誰だか声でもう分かってるが、一応やっとくか。鉄板らしいからな。
「ウチにはオレなんて子はいません」
『何言ってんすか店長、オレっすよ、凛子っす』
ちっともウケないじゃないか。やっぱり表の顔の喜多が言うことなんて真に受けるもんじゃないな。
「ごめん分かってた。どうかしたの?」
『こんなギリギリで悪いんすけど、タカオの奴が明日また店来たいっつうもんだから。良いっすか?』
「そりゃ構わないけど……特に教える事とかないけど良いのかな?」
『良いみたいっすよ。なんかウチで働くの楽しいっつってたんで』
そうか。それは、なんと言うか、個人的にも経営者的にも嬉しいな。
明日美少年が来るなら千地球のママに教えとかなきゃ怒られるか? どうせ毎朝来るから良いか?
……いや、教えろとの厳命だ、今日の夕飯は千地球で食べるとしようか。
『で! 店長もう晩メシ食いました?』
「まだだよ。まだロケットベーカリーだし」
『じゃ一緒に食いましょ!』
「え――、ま、まだ閉店作業掛かるし、どうせ夕飯は千地球だよ?」
さすがに毎週日曜の昼に行ってる千地球は嫌じゃないかと思ったんだが――
からんころんとドアベルが鳴って誰かが入ってきたらしい。閉店を伝えようと振り向いたが逆にそちらから声が届いた。
「『千地球、オレは好きっすよ』」
耳に当てた受話器と、目の前の凛子ちゃんから同時に。
閉店作業は凛子ちゃんが手伝ってくれたおかげで早く済んだ。
バイト代出さなきゃだね――
なんて言ってみたら凛子ちゃんは笑って言った。
「なら晩メシ奢ってください。千地球で」
なんて言うんだ。このコほんと男前だよな。
点々と小さな水玉の入った黒のダボっとしたパンツ、下に着てる黒いタンクトップが透けて見えるベージュの薄手のセーター。裸足になんか紐で結ぶサンダル。手には枝で編んだ籠みたいな鞄。
カオルさんよりもう少し長い綺麗な黒髪はぐるりと巻いて頭の上。
普段の日曜の凛子ちゃんよりオシャレしてる。
それこそデートか何かの帰りだろうか、なんて考えながら横を歩いてたら――
「なんかオレら……デート……みたいじゃないっすか?」
――なんて、少し頬を染めて凛子ちゃんが言うんだ。
いや、ほんと驚いた。
そんなこと考えもしなかったが、もしかして凛子ちゃんのこのオシャレって……私と晩ご飯を食べる為にしてる、のか……?
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