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36「Freshly baked《焼き立て》」
しおりを挟む「粗熱が取れたら試食してみよう。そうは言ってもそこまで悪くはないと思うよ」
「……ホントですか? でもどう見ても昨日のより……」
……まぁ、確かにそうだ。ふんわり綺麗に膨らんだ昨日のに比べれば明らかにボリュームが足りないのは否めない。
「昨日のと比べればそうだけど、アレは売り物に出来るくらいの出来栄えだったからね」
売り物に出来る、私のその言葉を聞いた野々花さんは少しはにかんで、そして再び今日のロールパンに目をやり今度は少し肩を落とした。
百パーセント私の監修だったとは言え、昨日のパンも焼いたのは野々花さんだ。自信を持ってくれて良いと思うんだがな。
「一つ質問良いですか?」
「いくつでも大丈夫だよ」
「粗熱を取る、って言ったけど焼き立ての方がまだ美味しく食べられるんじゃないですか?」
やっぱり賢い――けど……と言うより『良い勘してる』がしっくり来るな。
「鋭い。ほんとその通りなんだよ、このパンに限って言えば」
「……どういう事ですか?」
「焼き立てパンが美味しい、ってよく言うけどアレ実際には、『焼き立ての冷めたて』が美味いんだ」
……? ってな顔で首を傾げる野々花さんがとても可愛い。それをカウンターから見た時生くんが悶絶してるぐらいだ。
「焼き立ての焼き立ては水分も多いしパンの味はちょっとよく分からない。なにより熱い。だから逆に、少々失敗したパンもなんだかよく分からない内に割りと美味しく食べられるんだ」
少々じゃない、大々に失敗したパンはどうやったって不味いけどな。
「でも、だったら……」
「分かるよ。けど――――今日はさ、実際のところ失敗して貰おうと思ってたんだ」
「……え――?」
これは私の持論であって、よそのパン屋が聞いたら否定するかも知れないが。
「手捏ねパンのコツは、何度も焼いて何度も失敗することなんだ」
「……失敗……を次に生かす、って事ですか?」
まさにその通り。ほんとに賢い子だなぁ。
「そう。焼くのを失敗したことないパン屋なんて、世界中に一人もいない――というより美味しいパン屋ほど失敗してる。断言しても良い」
斯く言う私も新作パンでは失敗続きだからな。
ビシッと私の名台詞が決まったその時、からんころんとドアベルが鳴って賑やかな声が店に響いた。
「千地球でカオルちゃんから聞いたぞ! 焼けたかよ野々のパン!」
勢いよく入ってきた喜多に続いてカオルさんも顔を覗かせ、店内を見ておやっ? と首を傾げ――
「いらっしゃいませこんにち――は? お客様……かしら?」
――興味深げに厨房を覗く時生くんにそう声を掛けた。放ったらかしですまんな時生くん。
「あ! こいつだ時生ってやつ!」
どうやら喜多は時生くんの顔まで知ってたらしい。さすが喜多ってなところか。
「てめえよくここに顔出せたなぁ!? えぇ、おぃ? このやろう、ただじゃおかねぇぞ!?」
いきなり小学生に凄む喜多。これもまたさすが喜多ってやつだな。
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