私の愛すべきお嬢様の話です。

Ruhuna

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「ねえ、メアリー」

「はい。何でしょう」

「…私が、殿下と婚約解消したいと言ったらお父様たちは怒るかしら?」

「怒らないと思います」

「そうかしら…?」

お嬢様の言葉を聞いて心の中でガッツポーズをいたします。
お嬢様、やっとご自身のお心に気付いたのですね…!!


「私、ずっとメアリーとアドルフをみてたの」

「そうなのですね」

知っておりましたが。

「2人がその、ね。仲良くしてるところを見て私、それを殿下とできるか考えたの。」

「どうでしたか?」

「……できなかったの。気持ち悪く感じてしまって…」

私、王妃失格ですわ…!と嘆くお嬢様の背中にそっと手を添えます。
大丈夫ですよ、お嬢様。誰でもあんな男の伴侶になんてなりたくありませんから。

「お嬢様。その正直な気持ちを旦那様と奥様に伝えましょう。きっとわかってくださいますわ」

「そう、ね。お父様たちならわかってくださるわよね。でも…」

「でも?」

「一回婚約解消した私をもらってくださる殿方なんているのかしら?」

不安げにそう話すお嬢様の言葉にピタリと止まってしまいました。
お嬢様は貴族です。貴族の娘は必ずお家のために嫁ぐことが美徳と習ってきたのです。

「アーベル殿下がいらっしゃるではありませんか」

「アーベル様?!!えっ、でもっ、あっ…そうなったら嬉しいわ」

ポッと頬を赤く染めて目をうるうるとさせているお嬢様、可愛い。
私のうちなる雄心をくすぐられております。落ち着きなさい私。
グッと拳を作ってお嬢様からの可愛いに耐えるのです。


「では、そのようにお二人に話しましょう」


絶対にそうなりますから。



そして次の日の朝早くからお嬢様は旦那様と奥様にお話しされました。
奥様は満足そうに、旦那様は涙をながしながら喜ばれました。
もちろんアーベル殿下も影から聞いておりましたが、お嬢様へのプロポーズはしっかりとご自分でなさりたいと皆に公言しておりますので、旦那様たちからアーベル様への婚約打診はきっと行われないでしょう。


侯爵家はお嬢様の決断により春を迎えております。
正式にアーベル殿下と婚約したわけではありませんが、王太子殿下と婚約を解消できるという事実が使用人一同、嬉しいのです。


さて、あと3日で復学が迫っております。
お嬢様にもそろそろ準備を、と伝えなければなりません。
お嬢様がちょうど復学された2日後には学園会が開かれる予定です。
学園内で行われている研究成果の発表が行われるのです。
その日の夜は社交が開かれます。
未来の研究者のために国王夫妻も出席する夜会は一大イベントでございます。
一応、まだお嬢様はクソ王太子殿下の婚約者なのでドレスの色は王太子の髪に合わせた物です。金髪緑眼の派手目な王太子に合わせたドレスはやけにケバケバしくお嬢様には似合わないとずっと思っておりました。







「この部屋も久しぶりですわね」

「左様でございますね。荷解きを致しますので、お嬢様はゆっくりなさってください」


3日という時間はあっという間に終わってしまいました。
学園のお嬢様の居室に帰ってきた私たちは簡単な荷解きを行います。
お嬢様は現在3年生。季節は夏でございます。卒業まであと半年ほどです。

「メアリー、書類の準備はよくて?」

「はい。旦那様からしっかりお預かりしております」

「わかったわ。さて、殿下へのご挨拶は…別に良いわね。どうせパウラ・ヘルマンのところね」

「影に報告させますか?」

「結構よ。もう興味なんてないもの。…あんなに殿下の隣には私がいないと!って思ってたのに不思議ね…」


お嬢様は紅茶を嗜みながら窓の外を眺めます。
たしかに、以前のお嬢様なら影から逐一王太子殿下の行動を聞き、パウラ・ヘルマンに対する怒りを爆発させておりました。
ですが、その怒りは殿下を心から愛しているから。というわけではなく、きっと未来の王太子妃としての責任だったのでしょう。


「お嬢様、チョコクッキーでございます」

「まあ!私、これがとっても大好きなのよ」

体型維持のためにお嬢様の甘味料は制限されておりす。特にチョコクッキーはカロリーが高いので月に1度、3枚までと王宮教育係から言われております。が、それももう無視して良いでしょう。
チョコクッキーを幸せそうに頬張るお嬢様を見て使用人一同ほっこりとなります。
お嬢様の笑顔こそが私たちの活力になるのですから。




ーー




「結局、殿下は来ないのね。」

夜会当日でございます。
本来であれば夜会の前日には何時にどこに迎えに行く。という通達をするのがマナーです。ですがあのクソ殿下は通達もしない上に、夜会の始まる30分前に「エスコートはしない」と紙切れ一枚のみ渡してきたのです。
怒りに震える使用人をよそに、お嬢様は落ち着いておられます。薄々、こうなることを予想していたのでしょう。


「また後でね」

「はい。会場でお会いしましょう」


会場の扉の前に1人立つお嬢様をお見送りします。
お嬢様の名前がお一人分呼ばれた瞬間に会場中が騒めきます。
私はそっとその場を離れ、入口で待っていてくれたアドルフと合流致します。

『素敵だ』

『あら、本当?』

『さて、行きましょうか。俺のお嬢様』

『えぇ、行きましょう』


本日私は、バステン子爵令嬢として夜会に出席致します。弟が在校生で本日の研究発表会の一員ということで出席を許可されました。
会場にそっと入った私たちはすぐにシェリルお嬢様の元へと参ります。お嬢様に話しかけることなく斜め後ろにそっと寄り添います。
お嬢様はご友人方と楽しそうに話をされています。


「それでは、生徒会長の挨拶です」

ざわざわと騒々しい会場中にアナウンスが響き渡ります。
曲がりなりにも王太子であるクソ殿下は3年生となった時から生徒会長に就任しております。もちろん副会長はお嬢様です。
みなさんが想像している通り、クソ殿下は生徒会の仕事など一切しておりません。全て、お嬢様が行っていたのです。


そんなクソ殿下が壇上に上がります。白を基調としたフロックコートを着用して、胸元には桃色のスカーフを身につけております。
……忌々しいことです。


「夜会を始める前に、皆に伝えたいことがある!……ユリアン・フンベルト・エーゲ・エンゲルベルトは今日ここに、シェリル・サマンサ・リース・ブリジットと婚約を破棄することを宣言する!」


会場中に響き渡るクソ殿下の声に全ての貴族たちが固まります。
チラリとお嬢様を見ると静かにため息をついております。


「そして、パウラ・ヘルマンと婚約を新たに宣言する!」


決まった!と言わんばかりのドヤ顔でいらっしゃる殿下とは対照に会場は冷ややかな空気です。
それもそうでしょう、侯爵令嬢に無礼を働いた上に、男爵家の娘と婚約を結ぶなど言語道断でございますから。


「婚約破棄の件は了承致しましたわ。ですが、このような場で行うことではありませんことよ?」


誰もが声を上げられない空気を我らがお嬢様が霧散させます。
その凛としたお声は一気に会場中を駆け巡りました。


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