私の愛すべきお嬢様の話です。

Ruhuna

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『メアリー。旦那様がお呼びだ』


和やかにディナーを終えた後、お嬢様の湯浴みの準備をするために廊下を歩いていますと、執事長からお声がけいただきました。
アルストローム語で話すということは、そういうことでしょう。
執事長の後をついていき、執務室へと足を踏み入れました。
そこには旦那様と奥様がいらっしゃいました。


『メアリー、学園での様子を聞いても良いか?』

旦那様がそうお話しされます。本来であれば学園から帰宅したその日にお話しすべきことでしたが、アーベル皇太子殿下を迎え入れる準備のために侯爵ご夫妻含め屋敷中が慌ただしくしていたからです。
私は特に怖気付くこともなく、学園でのお嬢様のこと、王太子殿下のことについてお話しします。


『そうか…やはり王太子殿下はダメか』

『正直に申し上げますと、かなり男爵令嬢に惚れ込んでいるかと。アポイントなしでお嬢様のお部屋に怒りながらくる程ですから』

『なんだと?!あの青二才が…!!調子に乗りやがって…!!』


旦那様がお怒りになります。
奥様は静かに扇子を口元に当てて黙っておられます。

『確かにお嬢様は男爵令嬢に注意はされています。ですが、「婚約者のいる殿方に近づかない」「王族に勝手に触れてはいけない」「正しい言葉を使いなさい」「勉学は真面目にしなさい」などの至極真っ当なお言葉をかけております。それに反発してるのが王太子殿下と男爵令嬢です。他のクラスメイトの方たちはそんな2人を見て呆れている状況でございます』

私はありのままの現状をお伝えしました。
もちろん、お嬢様には侯爵家お抱えの影がついています。なので旦那様はこのことをもちろんご存じです。私の報告はきっとあの方へ聞かせるためだと思われます。


『シェリルが1ヶ月学園を休んでいる事はあいつは知っているのか?』

『はい。……こちらに、記録が残っております』

私は胸元につけているリボンを外します。
リボンの中央にあしらわれた魔法石は私が見ている場面を映像として残すものです。
何かあっては遅いから、と旦那様から支給されているものです。
そのリボンを執事長に渡します。
壁に向かって再生ボタンを押せば私と殿下が会話した映像が流れます。


『よし。これなら文句は言われまい』

旦那様が納得されました。
私は執事長から受け取ったリボンを改めて胸元に付け直します。

『ねぇ、あなた。私、我慢の限界よ。さっさと婚約破棄しましょう』

今まで静かにしていらっしゃった奥様が話し出しました。
奥様はアルストローム帝国の公爵家出身のお方。旦那様に一目惚れして押しかけ女房してきたという史実が残っているお方です。
エンゲルベルト王国よりも大国であるアルストローム帝国の公爵家出身という事はこの国での王族並みに発言権を持っていらっしゃいます。なので、アルストローム帝国と仲良くしたい我が国はお嬢様と王太子殿下の婚約をまとめたわけなのです。


『ちょっと今から王宮に行ってこようかしら』

『アルビーナ…すまんがもう少しだけ我慢してくれ』

『もうっあなたはいっつもそればっかりなんですから』


プンプンと怒っていながらも可憐さをもつ奥様の特徴をお嬢様はしっかりと受け継いでおります。
奥様を大事にされている旦那様は、奥様が「我慢の限界」とおっしゃったので重たい腰をそろそろ上げる頃でしょう。


そんな経緯も知らず呑気に男爵令嬢と乳繰り合っている殿下の末路は一体どうなるのか。今から楽しみで仕方がありません。





「メアリー、明日はアーベル様と王立公園に行くのよ」

「では、動きやすいワンピースがよろしいですね。以前アーベル殿下に頂いた白いワンピースがありますからそれに致しましょう」

湯浴みを終え、お嬢様の立派な御髪を整えている私に向かってお嬢様が楽しそうに話されます。
白のワンピースを思い出したのかもっと笑顔になるお嬢様が今日も可愛いです。



「メアリー、ちょっと聞いてくれるかしら」

「何でございましょうか」

御髪をを整えたお嬢様はベッドに入られます。私はシーツをお嬢様が寝やすいように整えます。
そんな私にお嬢様が顔を赤くしながら話しかけてきました。


「アドルフとは、その、どこまでの、関係なのかしら…?!」

「普通の一般的な恋人関係でございます」

「違うわ!そうじゃなくて!キ、キキキキキスとかはしてるのかしら?!」

「はい。まあ普通に」

「ええええええ?!!!」

「お嬢様?」

大きな声を出すなんて珍しいですね。

「キス…キス…」

「はい。キスです。どうされました?」

「いえ、なんでもないわ…」


おやすみなさい、とシーツを頭までかぶったお嬢様にそれ以上言及する事なく私は部屋を後にしました。






ーー




お嬢様は恋、というものを知りません。
8歳の頃より婚約者を決められて、教育と称した厳しい指導を受けて育ったお嬢様は恋心、というものに疎くなってしまうのも仕方がないのかと私はずっと思っていました。

きっと王太子殿下のことを愛していますか?ときけば是、と答えるでしょう。それが恋ですか?と聞けば何が違うの?と答えるのは明白です。

ですが、お嬢様の本能は違うのでしょう。
アーベル殿下とユリアン殿下に対しての態度は大きく違うのです。
ユリアン殿下に対しては王妃教育で学んできた淑女たるもの、という態度で接しております。そこにプライベートはありません。
ユリアン殿下からのプレゼントはお礼は述べますが喜んだりは特にしておりません。
逆にアーベル殿下と接している時は乙女なのです。嬉しそうに、でも恥ずかしさもあるのか頬を赤く染めてお話ししているお嬢様はそれはそれは妖精のように美しいのです。
アーベル殿下からのプレゼントは常に最前列に置かれ、喜びを全面に押し出しております。
そんなにもわかりやすい態度ですのに、当の本人は気づいていないのです。謎ですね。
きっとユリアン殿下はそんなお嬢様の気持ちを無意識に感じてあんな行動をとっているのでしょう。なぜなら、男爵令嬢といる時にチラチラとお嬢様の方を見ているからです。
そんな嫉妬拗らせ男の話などどうでも良いですね。今は目の前に広がる美しき世界を見ていきましょう。

『花の中に佇む貴女は本当に美しい』

『アーベル様っそんなお恥ずかしいことをおっしゃるなんて…』

『真実を話しただけです』

『アーベル様…』


糖度100%とはまさにこのことでしょう。
黒髪同士、麗しいお二人が佇んでいるだけでも眩いというのに…

『メアリー、鼻血でてるぞ』

『仕方がないわ。拭いてくれるかしら』

『まったく…』

隣にいたアドルフがすぐに私の鼻を拭いてくれます。
やれやれ、と言いながらもどこか嬉しそうにしている彼のことを私はわかっております。
鼻血を拭いた私はすぐにお嬢様たちをみます。普段は縦ロールに仕上げている御髪を今日はゆるふわカールでゆったりとハーフアップしているお嬢様の姿は大変美しいのです。
その可愛らしい姿をみてアーベル殿下が固まっていたのは内緒ですよ?
仲睦まじく花冠を作り出したお二人をそっと見守ります。
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