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しおりを挟む「メアリー!今日も殿下はあの女と一緒にいましたわ!」
私より頭半分ほど背が低いお嬢様が泣きながら部屋へと帰ってきました。
私はブリジット侯爵家のシェリル・サマンサ・リース・ブリジットことシェリルお嬢様の侍女をしています。メアリーでございます。
ここは王立学園の女子寮
高位貴族に振り分けられる個室部屋となっています
現在、エンゲルベルト王国には王女様、公女様はいらっしゃらないため、必然的に筆頭侯爵家であるブリジット侯爵家のシェリルお嬢様が最も格式高いお部屋に居を構えております。
「メアリー!私の話を聞いてまして?!あの女、今日も殿下の横に座って…思い出したら腹が立ってきましたわ!」
この国では珍しい黒髪にブルーサファイヤのような透き通った青い瞳を持つお嬢様は宝石の如く美しい輝きを持つ女性です。
今もプリプリと怒りながらも優雅な手つきでクッキーと紅茶を嗜んでおられます
そんなお嬢様はエンゲルベルト王国、王太子殿下のユリアン・フンベルト・エーゲ・エンゲルベルト殿下の婚約者であられます
8歳の頃から血の滲むような王妃教育を学ばれているお嬢様は婚約者であるユリアン殿下を愛しておられますが…
「パウラ・ヘルマン…!!男爵家の娘如きがこの私に喧嘩を売るなんて…!!」
お嬢様の婚約者は現在、男爵家の御令嬢にお熱でございます。
「お嬢様。旦那様からのお手紙でございます」
「お父様から?なにかしら…まぁ!アーベル様がいらっしゃるそうよ!こうしてはいられませんわ!メアリー、すぐに休学届けを」
「かしこまりました。1ヶ月でよろしいでしょうか?」
「よろしくてよ。さあ!すぐに帰る準備をして頂戴!」
私たちの雇い主でもあるブリジット侯爵閣下である旦那様からの手紙には隣国の皇太子アーベル・エーリク・アルストローム殿下が我が国に滞在されるとの情報が書かれていました。旦那様はこの国の宰相を務めております。その関係で他国からの来賓をもてなす仕事も含まれているのです。
なので、お嬢様は成績優秀で5ヶ国語を操る才女でもございます。
こんなにも才色兼備なお嬢様を邪険にする婚約者なんて…この国の行く末も危ういですね。
お嬢様の指示通り、私たちは素早く荷造りを始めます。
私はお嬢様の侍女頭も務めておりますので、的確に他のメイドたちに指示を飛ばします。
「メアリー様。お嬢様にお客さまが…」
「どなたですか?今は忙しいと言いなさい」
「それが…王太子殿下でございまして」
「…わかりました。貴女は中で引き続き準備を。私が対応いたします」
お嬢様に気付かれないように扉へと向かいます。扉を開けると眉間に皺をよせた男、ユリアン王太子殿下がいらっしゃいました。
「シェリルを出せ」
「申し訳ございません。アポイントなしの訪問はいくら殿下といえどもお取次できません。日を改めていらして下さい」
「なっ…!王太子の私に向かって生意気な!」
「殿下。ここは王宮ではなく学園でございます。規則はお守りください」
私の言葉にさらに眉間に深い皺を寄せる殿下を見て心の中でため息をつきます。
エンゲルベルト王立学園では生徒は皆平等、と謳っております。
もちろんそんな事はなく、基本的な上下関係はありますが、上位のものが横暴に下位のものへ接する事は許されておりません。
「……チッ」
「王太子殿下。シェリルお嬢様は本日より1か月ほど侯爵邸へと戻ります」
「そうか!あいつの顔を見なくて済むならせいせいする!」
悪態を吐きながら扉の前から去っていく殿下の背中に向けて静かに中指を立てます。
このぐらいをしても、まあ許されるでしょう。
さて、荷造りの指示に戻りましょう。
~~~~
『シェリル嬢、久しぶりだね』
『はい!アーベル様もお元気そうで何よりですわ』
お嬢様が侯爵邸に帰ってこられて3日後
無事にアーベル皇太子殿下が侯爵邸へと到着されました。
なぜ、王宮ではなく侯爵邸に?と疑問を持つ方がいらっしゃるかと思います。王宮でアーベル殿下の母国語を話せる方が少ないのです。
侯爵家では使用人含め全員がアルストローム語を話せるから。というのが表向きの理由でございます。真の理由は…まあそのうちすぐにわかるかと思います。
アーベル皇太子殿下は旦那様たちに軽く挨拶をしたのち一直線にお嬢様の元へとやってきます。はい。お察しの良い方ならもうわかったと思います、アーベル皇太子殿下はかねてよりお嬢様へ恋焦がれているのです。
『シェリル嬢が見たいと言っていた東の国の陶器を持ってきたよ』
『まあ!楽しみですわ。ありがとうございます』
アーベル皇太子殿下にエスコートされお二人は応接間へと行かれます。
旦那様が「いつもの様に」と使用人たちに声をかけ、それぞれが仕事へと戻ります。
私は数名のメイドと、騎士たちを連れてお嬢様の後に続きます。
応接間では扉を開け、お嬢様の後ろに私たちメイドが、皇太子殿下の後ろには騎士たちが立ちます。
『ねえメアリー。ずっと私のそばにいなくてもよろしいのよ?その、こ、こここ恋人と一緒にいても良いのよ?』
皇太子殿下が滞在されている間は侯爵邸の言語はアルストローム語になります。なのでお嬢様も私たちにはアルストローム語で話しかけてきます。
『ご配慮ありがとうございます。ですが、今は仕事中。後ほどお時間はいただきます』
顔を真っ赤にさせ私に配慮してくださるお嬢様に自然と口角が上がります。
お嬢様は使用人思いのお優しい方なのです。
『だ、そうだよアドルフ。お前の彼女はしっかりしてるなぁ』
『我々は公私混同は致しませんから』
『少しぐらいかまいませんことよ?』
『シェリルお嬢様、お戯が過ぎます』
皇太子殿下の後ろに控える騎士の中の1人が私の恋人であるアドルフ・ブランジェ
アルストローム帝国のブランジェ伯爵家の嫡男である彼は皇太子殿下の側近として付き添っています。
詳細をお伝えしておりませんでしたね。私の名前はメアリー・バステン。バステン子爵家の長女でございます。なのでアドルフと恋人関係になっても何らおかしくはありません。
婚約者ではないのは、色々と理由があるからでございます。それは後ほどお話しできればと思います。
『さて、そろそろディナーの時間かな?』
『ええ。そうですわね。ご案内いたしますわ!』
私とアドルフを揶揄った皇太子殿下は満足気にされています。長旅の影響で殿下は到着してすぐに夕食を召し上がられます。
もちろん準備万端です。お嬢様が先頭に立ち皇太子殿下をご案内します。
その背中は後ろから見ていてもわかるほどウキウキとされています。
ディナーの席にはブリジット侯爵一家とアーベル皇太子殿下が座ります。
私たちは優雅に、そして機敏にフルコースを各個人の前に配膳していきます。
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