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ホーホーと遠くでフクロウが鳴く声が聞こえる
デナム国の市街に建てられたこの邸宅近くが自然に溢れている証拠だ


時刻は午後9時


怒涛のあの話し合いから既に数時間は経っている


私はいつものように寝室のベッドの上に座っている
真正面にはアレクも座っている



「………別に私たちはその時期に婚約していたわけでも、恋人だったわけでもないわ」


静まり返った寝室に私の声が反響する
居心地悪そうに姿勢を整えるアレクを見つめる


思い出すのは数時間前のことだ




ーー



「…リーナさんはどうしたいのですか?」


私のその問いかけに、ニヤリと笑う彼女

「生活の保障を。アレックス・テンパートンと付き合いがあるってだけで仕事の量が違うのよ」

何個目か分からないマカロンを口に放り込んだ彼女はそう話した

「アレックスさんへの未練は?」


「別に。3年前ならいざ知らず、今はこんなロリコン男願い下げよ」



ふんっとそっぽを向く彼女
ロリコン男の発言に私は少し笑ってしまった
私たち夫婦は10歳も歳が違う
貴族の世界なら当たり前の年齢差だったから意識してなかったが一般の人からみたらそう感じるのか、と思ったからだ


ここまで話していて最初は印象が悪かった彼女だったが、話すうちにサバサバとした彼女への印象は180度変わっていた


「それではリーナさん。私が貴方のパトロンになりましょう」

「フィー?!何を言って」

「アレックスさんは黙ってて。」

大口を叩いた私は心の中で「パトロンって言ってもそのお金はアレクのなんだけどね…」と思いながらも黙っていた


アレックス・テンパートンの妻が懇意にしている歌手



それだけでも彼女にかかる声の量は違うだろう


「……いいわね。それ。」


「では契約書を。帝国とデナムの行き来になるけど構わないかしら?」


大丈夫よ。とニヤリと笑う彼女は清々しい顔で簡易的に用意された契約書にサラサラと名前を書いた


「それじゃあ、私帰るわね」


真っ赤なドレスを捌きながらリーナさんは立ち上がり扉の方へと歩き出した
見送りはいらないわ、と話す彼女の背中を見つめた


「…せいぜい、若奥様に見限られないことを願ってるわ」

扉から出るその時
アレクの方を見てそう言い放つ彼女の顔はどこか吹っ切れたような清々しい表情だった




ーー



それが数時間前の話


今は夫婦2人で寝室の中にいる



「……私が前からフィーのことを知っていたって話はしたよね」

「えぇ」

「フィーに一目惚れだったんだ。でも君はまだ15歳。学院にも通っていない君にプロポーズすることはできなかった」


未就学の男女は婚約はできても結婚はできない
その壁があったからアレクは私への婚約も躊躇していたらしい


なんでも、婚約したら歯止めが効かなくなるんじゃないかと思ったから、らしい


「でも君を他の男に取られたくなくて、伯爵には話をしたんだ。そしたら、フィーが卒業までに恋人も、就職先も見つけられなかったら結婚を許そうって」


不安そうに揺れるその瞳をみて絆されそうになる心を必死に律する
そして、アレクのその言葉に私は違和感を感じた


「まさか、私が就活連敗と、告白してもらったのにすぐ振られたのって…」


「…すまない」


「えぇー…」


アレクの謝罪を聞いてがくりと項垂れる
そりゃあ大陸1の商会の会長が圧力をかけていたのならどこも雇ってはくれないはずだ
私の1年間の頑張りを返してほしい


「じゃあ、我が家の借金の話は?」

「伯爵家の借金は確かに私が返済したよ。…それを理由に伯爵を納得させたからね」


「用意周到…」


お父様は私たち兄妹をすごく可愛がってくれていた
本来なら借金のカタに私をどこぞの後妻や豪商に嫁がせてもよかったのにそれをしないのはお父様なりに、私には幸せになってもらいたい気持ちがあるのだろうな、と娘心に思っていたからだ
そんなお父様が借金返済を理由に結婚を許したのは、少なからずアレクの思いに心動かされたからかもしれない


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