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【α嫌いのΩ】2.α、連敗中
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翌日は一転して、朝から如月は仕事に追われっぱなしだった。
「要件聞いといてください…あ、アンドロイドのことなら笹原か佐々木へ」
回ってきた内線に応答すると、途端に、京都の電話が鳴った。もともとは如月と京都がツートップで開発をした医療用のアシスタントアンドロイドだ。一体で数人の看護師や薬剤師の仕事がこなせるため、構想通りに使用できれば、廃棄までに充分に元が取れる計算となっている。御堂のクリニックはサイガを2体使用している。如月が勤務するUs.corporationが、提携の条件でサイガの使用を申し出たものだが、実際クリニック側としては充分すぎる提案だったようだ。ことに御堂はUs.corporationの担当となってから、常にサイガを連れて歩いている。彼曰く、
「足し算から薬剤の組み合わせと副反応まで網羅、昨日までの文献データを持っていて、上場企業一社分以上の数のカルテを持ち歩ける。セキュリティも万全なのに、使わない理由があるか」。
如月は今日は朝から夕方までアポでぎっしりだ。重要な連絡は別として、私用電話に割く時間はない。
「佐々ー、応接Aにプロジェクター用意しといて。古倉さん、応接CにM病院の資料3部置いといてくれる?あ、京都」
一瞬目眩がして、如月が壁に手をついた。
「キサ?…ほら、5分あるからこれ食べて。朝も食べてないでしょ」
差し出されたのは、バナナマフィンと、ミルクティーだった。
「お茶は、お砂糖入れてないからね」
「うん。さっきの電話も、ありがと…あち!」
ミルクティーを一口飲み、マフィンを齧りながら如月が切り出せば、
「ああ、御堂先生からだったわよ。サイガ、メンテ入れないとダメね。話しかけた時の反応速度が遅れてるって。薬剤に関するデータが増えた分、ちょっとそっちを圧迫しちゃったかな。気になるから何とかしてほしいって」
「…怖いな。あの反応速度の差に気がつくなんて、やっぱ常人じゃない」
「そうは言っても、あれだけあの子を現場で使ってたら、そうなるのかも。できることなら何とかしたいけど、ラボにも代わりの子がいない」
「プロトタイプじゃ、サイガには追いつかないもんなあ…」
「代わりがいないと回らないって言ってたしね。とりあえずまだ支障は出てないって言ってたから、1週間先にマニワが戻ってくるから、それまで待ってもらうことにした」
「そっか」
実際のところ、御堂のサイガの使い方は如月たちの予想を遥かに超えていた。そのため、サイガ自身の学習成果が驚くほどのスピードで蓄積され、御堂とのやりとりで彼の癖や間までもを把握しているため、往診だけでなくクリニック内でもフル稼働だ。
「あ、あと、バッテリー容量上げてくれって」
「あれで足りないって?」
「もって半日、予備バッテリーも弱ってきて足りないって言ってたから」
「…嘘だろ?どーゆー使い方してんだよ…」
「悪いけど、帰りに届けてくれる?」
「は?」
「家、近いでしょ?」
ぽろ、と如月の口からマフィンのかけらが落ちた。
「何で俺が」
「今日は直帰なんだって。明日もフルで出るから、どうしても予備バッテリーが最低一つは欲しいんだって。4個在庫があったから、2つ持ってって。あ、ほら時間だ、キサ、行かないと!」
「え、ああ、…もう~…」
最後の一口を紅茶で流し込み、歯ブラシを取り出すと、如月は大きな溜息をついた。
会社での1週間で一番忙しい1日を終え、如月はソファに倒れ、ぐったりとしながら残る大仕事を考えて憂鬱になっていた。
「…これがなきゃ、気分良く帰れたのに…」
御堂宅へのお使い。
あれやこれやを思い出すと、更に気が滅入る。
「…てか、別に気にしなくていいのか」
別に、付き合えだの、番になれだのと迫られているわけでもない。あれは、単なる悪戯心でお遊びの一環だ。
「だよな。何を自信過剰になってんだか」
それに、このお使いは、仕事だ。
途端に気が軽くなり、如月はダウンジャケットを羽織るとオフィスを出た。
バッテリーは小型化されているため、やや重さはあるものの、一つが握り拳程度の大きさなので、背中のバッグに入れることができる。
駅を出ると、平日だというのに相変わらず人が多い。大なツリーも健在で、やはり如月の顔が曇った。
「今帰り?」
「うわ!」
斜め上から話しかけられ、如月が飛び上がった。
銀髪に、ピアスだらけの耳に、誰が聞いても耳障りの良い声、それに。
「目が、…紅い…?」
見上げた顔は、見たことがない美しい紅だった。それ以外の言葉を失い、自分をただ見つめる如月の背中を御堂がポンと叩いた。は、と如月が気づいたように目を瞬く。
「…買い物に出たらコンタクトが落ちちまったの。予備持ってなくて片方だけ紅いと余計に気味が悪いから、片方は捨てた」
「そっちが地なんですか」
「そうですよ。白うさぎと一緒」
「そんなかわいいものじゃないですけどね」
一瞬、御堂が如月を真っ直ぐに見つめた。
「…お前、相当根に持ってるだろ。こないだの」
「買い物…、車じゃなくて、ですか」
「今日はね」
歩いていたら、如月を捕まえられるかもしれなかったから、とは言わなかった。
にこりと微笑むと、御堂は手に持ったスーパーの袋を少しだけ上げてみせた。
ネギと、白菜と、キノコ類に、肉類。
「鍋。牡蠣も入るけど。食ってく?」
「遠慮します」
「遠慮すんな」
「お断りします」
「断るな」
「あ」
「…何だよ」
「ちょっと…」
如月は周りを見回し、空いているベンチを見つけるとそこで背中のバッグを下ろし、中からサイガのバッテリーを取り出した。
「はい。とりあえず、2個で何とかなりますか。必要ならあとはこれから発注するので後日のお届けになりますが、どうします?」
一瞬驚いて目が丸くなった御堂だが、すぐにそれは微笑に変わった。
「ありがとう。助かった…、嬉しいな。まる1日使おうと思うと、追加1個じゃ心許なかったんだよな。笹原にも礼言っといて」
自然に出た感謝の言葉は、何の飾りもなく、すとんと如月の心に吸い込まれた。
「2個もあれば充分だ。来月の請求に配達料と一緒に乗せといて」
「あ、請求はしませんよ」
「は?何で」
「予想以上の使用に加えてデータ提供までしていただいていますので、俺の判断で消耗品は差し上げるようにと指示をしています。メンテ時の交換部品も、消耗部品は請求していない筈です」
「確かに、…言われれば、確かにそうだな。じゃあ、ありがたく」
如月がバッグをもう一度背中に背負って歩き出すと、
「下心抜きで、誘うけど」
御堂が隣で真っ直ぐに如月の背中を前を見ながら言った。
「le brouillardの試食依頼が来てるんだけど。スイーツ食いに来ない?ついでに鍋も」
「行きません。試食なら、le brouillardへ直接行くから、俺に連絡してって言ってください」
「じゃ、連絡先」
「…明日、le brouillard行ってきますからいいです。電話番号を御堂さんに教える必要性も緊急性も感じません」
「あのなあ…」
「要件聞いといてください…あ、アンドロイドのことなら笹原か佐々木へ」
回ってきた内線に応答すると、途端に、京都の電話が鳴った。もともとは如月と京都がツートップで開発をした医療用のアシスタントアンドロイドだ。一体で数人の看護師や薬剤師の仕事がこなせるため、構想通りに使用できれば、廃棄までに充分に元が取れる計算となっている。御堂のクリニックはサイガを2体使用している。如月が勤務するUs.corporationが、提携の条件でサイガの使用を申し出たものだが、実際クリニック側としては充分すぎる提案だったようだ。ことに御堂はUs.corporationの担当となってから、常にサイガを連れて歩いている。彼曰く、
「足し算から薬剤の組み合わせと副反応まで網羅、昨日までの文献データを持っていて、上場企業一社分以上の数のカルテを持ち歩ける。セキュリティも万全なのに、使わない理由があるか」。
如月は今日は朝から夕方までアポでぎっしりだ。重要な連絡は別として、私用電話に割く時間はない。
「佐々ー、応接Aにプロジェクター用意しといて。古倉さん、応接CにM病院の資料3部置いといてくれる?あ、京都」
一瞬目眩がして、如月が壁に手をついた。
「キサ?…ほら、5分あるからこれ食べて。朝も食べてないでしょ」
差し出されたのは、バナナマフィンと、ミルクティーだった。
「お茶は、お砂糖入れてないからね」
「うん。さっきの電話も、ありがと…あち!」
ミルクティーを一口飲み、マフィンを齧りながら如月が切り出せば、
「ああ、御堂先生からだったわよ。サイガ、メンテ入れないとダメね。話しかけた時の反応速度が遅れてるって。薬剤に関するデータが増えた分、ちょっとそっちを圧迫しちゃったかな。気になるから何とかしてほしいって」
「…怖いな。あの反応速度の差に気がつくなんて、やっぱ常人じゃない」
「そうは言っても、あれだけあの子を現場で使ってたら、そうなるのかも。できることなら何とかしたいけど、ラボにも代わりの子がいない」
「プロトタイプじゃ、サイガには追いつかないもんなあ…」
「代わりがいないと回らないって言ってたしね。とりあえずまだ支障は出てないって言ってたから、1週間先にマニワが戻ってくるから、それまで待ってもらうことにした」
「そっか」
実際のところ、御堂のサイガの使い方は如月たちの予想を遥かに超えていた。そのため、サイガ自身の学習成果が驚くほどのスピードで蓄積され、御堂とのやりとりで彼の癖や間までもを把握しているため、往診だけでなくクリニック内でもフル稼働だ。
「あ、あと、バッテリー容量上げてくれって」
「あれで足りないって?」
「もって半日、予備バッテリーも弱ってきて足りないって言ってたから」
「…嘘だろ?どーゆー使い方してんだよ…」
「悪いけど、帰りに届けてくれる?」
「は?」
「家、近いでしょ?」
ぽろ、と如月の口からマフィンのかけらが落ちた。
「何で俺が」
「今日は直帰なんだって。明日もフルで出るから、どうしても予備バッテリーが最低一つは欲しいんだって。4個在庫があったから、2つ持ってって。あ、ほら時間だ、キサ、行かないと!」
「え、ああ、…もう~…」
最後の一口を紅茶で流し込み、歯ブラシを取り出すと、如月は大きな溜息をついた。
会社での1週間で一番忙しい1日を終え、如月はソファに倒れ、ぐったりとしながら残る大仕事を考えて憂鬱になっていた。
「…これがなきゃ、気分良く帰れたのに…」
御堂宅へのお使い。
あれやこれやを思い出すと、更に気が滅入る。
「…てか、別に気にしなくていいのか」
別に、付き合えだの、番になれだのと迫られているわけでもない。あれは、単なる悪戯心でお遊びの一環だ。
「だよな。何を自信過剰になってんだか」
それに、このお使いは、仕事だ。
途端に気が軽くなり、如月はダウンジャケットを羽織るとオフィスを出た。
バッテリーは小型化されているため、やや重さはあるものの、一つが握り拳程度の大きさなので、背中のバッグに入れることができる。
駅を出ると、平日だというのに相変わらず人が多い。大なツリーも健在で、やはり如月の顔が曇った。
「今帰り?」
「うわ!」
斜め上から話しかけられ、如月が飛び上がった。
銀髪に、ピアスだらけの耳に、誰が聞いても耳障りの良い声、それに。
「目が、…紅い…?」
見上げた顔は、見たことがない美しい紅だった。それ以外の言葉を失い、自分をただ見つめる如月の背中を御堂がポンと叩いた。は、と如月が気づいたように目を瞬く。
「…買い物に出たらコンタクトが落ちちまったの。予備持ってなくて片方だけ紅いと余計に気味が悪いから、片方は捨てた」
「そっちが地なんですか」
「そうですよ。白うさぎと一緒」
「そんなかわいいものじゃないですけどね」
一瞬、御堂が如月を真っ直ぐに見つめた。
「…お前、相当根に持ってるだろ。こないだの」
「買い物…、車じゃなくて、ですか」
「今日はね」
歩いていたら、如月を捕まえられるかもしれなかったから、とは言わなかった。
にこりと微笑むと、御堂は手に持ったスーパーの袋を少しだけ上げてみせた。
ネギと、白菜と、キノコ類に、肉類。
「鍋。牡蠣も入るけど。食ってく?」
「遠慮します」
「遠慮すんな」
「お断りします」
「断るな」
「あ」
「…何だよ」
「ちょっと…」
如月は周りを見回し、空いているベンチを見つけるとそこで背中のバッグを下ろし、中からサイガのバッテリーを取り出した。
「はい。とりあえず、2個で何とかなりますか。必要ならあとはこれから発注するので後日のお届けになりますが、どうします?」
一瞬驚いて目が丸くなった御堂だが、すぐにそれは微笑に変わった。
「ありがとう。助かった…、嬉しいな。まる1日使おうと思うと、追加1個じゃ心許なかったんだよな。笹原にも礼言っといて」
自然に出た感謝の言葉は、何の飾りもなく、すとんと如月の心に吸い込まれた。
「2個もあれば充分だ。来月の請求に配達料と一緒に乗せといて」
「あ、請求はしませんよ」
「は?何で」
「予想以上の使用に加えてデータ提供までしていただいていますので、俺の判断で消耗品は差し上げるようにと指示をしています。メンテ時の交換部品も、消耗部品は請求していない筈です」
「確かに、…言われれば、確かにそうだな。じゃあ、ありがたく」
如月がバッグをもう一度背中に背負って歩き出すと、
「下心抜きで、誘うけど」
御堂が隣で真っ直ぐに如月の背中を前を見ながら言った。
「le brouillardの試食依頼が来てるんだけど。スイーツ食いに来ない?ついでに鍋も」
「行きません。試食なら、le brouillardへ直接行くから、俺に連絡してって言ってください」
「じゃ、連絡先」
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「あのなあ…」
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