TSUTSUJI

結城 佑

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赤とピンク

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赤とピンクの章
高校一年生の春。入学式の日に珍しく寝坊をした。
「(も~!なんでこんな大切な日に限って?!)」
小高い丘の上にある高校へ続く一本道は、有名な桜並木で、今日の入学式を祝うように満開に咲き誇っている。
だが、桜を見てる余裕は今の自分にはなく、必死に走っていると、後ろから声をかけられる。
「あのっ⋯!」
息を切らしながら、声をかけてきたのは、髪の毛の伸びきった丸メガネの青年だった。
「これ、落としましたよ。」
「あ⋯」
彼が渡してくれたのは、お気に入りの梅の刺繍の入ったハンカチ。
「ありがとう!これすごく大事なものだったの!」
お礼を伝えて、ハンカチをもう落とさないようにカバンの奥のポケットにしまっていると、青年の手が頭に向かって伸びてくる。
「?!」
思わず身構えると、青年は、アタフタしながら掌を見せてきた。そこには桜の花びらがちょこんと乗っている。
「これ、頭に、ついてたので。」
たどたどしくでも伸ばしてきた理由を説明する姿がなんだか可笑しくて、思わず噴き出してしまった。
「ええと⋯」
「あ、ごめんね。何だかおかしくて。」
深呼吸を一つする。
「改めて、ありがとう。」
「いえ。あの、でも、急がないと。式始まります⋯。」
「あ!!」
そう言って私たち二人は桜並木を駆け抜けた。


あれから数日。偶然にも同じクラスだった彼のコトを色々知った。
まず、名前は文披七瀬くん。いつも自信がなさげで基本一人でいることが多い。
でも、何事にも真っ直ぐで、その一生懸命な姿にだんだん惹かれていった。

7月もそろそろ終わり、学校も夏休みに入った日。
翌日の夕方から開催される夏祭りに向けて、ショッピングモールで浴衣を選んでいると、文披くんと遭遇した。
「偶然だね。文披くんもお買い物?」
「はい、一人暮らしをはじめたばかりなので、調理器具を見に。⋯えーと、早緑さんは?」
「明日のお祭り用に浴衣を見に来たの。明日なのすっかり忘れてて。」
「そうだったんですね。」
「文披くんは、明日のお祭り行くの?」
「え?⋯いえ。予定は無いです。」
「なら一緒に行こうよ!」
「え?!」
「明日、友達は、みーんな部活のメンバーと行くって言ってて。お祭り好きだから行きたいけど、一人だとなーって思ってたんだっ!」
「そ、そういうことなら⋯。」
「やった!ありがとう!」
彼の両手を両手で握ると、顔を真っ赤にした。
「じゃぁ、まず、美容室に行こうか!」
「え?」
「ゆい、この後整えて貰いに行く予定だったから、一緒に行こ!」
そう言って半ば強引に彼を美容室へ連れていく。
初めてなのか、とても緊張した面持ちの彼を横目に自分の髪を整えて貰った。

「お、お待たせしました……。」
彼より先に施術が終わった為、待合席で待っていると、彼が施術を終えて声をかけてきた。
「?!」
綺麗に切りそろえられた髪達。そして、長かった前髪とメガネで隠れていた顔を見に、一瞬で心奪われた。
「へ、変でしょうか?」
「え?!いや、全然!」
「そうですか?良かった。」
安心したように笑った彼の笑顔に、気持ちが溢れて、パンクしそうになる。
「(こんなの反則だよ……惚れないわけない。)」


夏祭り当日。
待ち合わせ場所で待っていると、浴衣姿の彼が現れた。
「あれ?すみません、時間間違えちゃいました?!お、お待たせしてしまいました?!」
「ううん。楽しみで早く来ちゃったの。」
「そ、そうですか⋯。それでもお待たせしてしまいましたね。すみません。」
「ふふふ。紳士だね。じゃ、行こっか。」
神社に続く参道の両サイドに屋台が立ち並んでいる。
「凄いね⋯わっ!?」
人の波に飲まれてバランスを崩し、転びそうになる。
「おっと!」
ギリギリのところで彼に支えてもらった。
「あ、ありがとう。」
「い、いえ。」
顔を赤らめながら、視線を逸らす彼がちょっと可愛らしい。
「き、気をつけて、行きましょう。⋯あ、あの。」
「ん?」
「はぐれないように、て、手を繋いでも、いい、ですか?」
緊張で声が震えている。
「(ああ、可愛い。)」
なんだか意地悪したくなって、イエスの代わりに手を繋ぐ。
「!!」
彼の顔がりんご飴みたいに赤くなった。

人のたくさんいる参道を抜け、何十段もある階段を上がり、神社の鳥居を抜けると、先程の人混みが嘘のように閑散としている。
「ここからなら⋯あ、ほら!」
丁度花火が夜空に大輪の花を咲かせた。
「綺麗だね!」
「はい⋯」
ふと、彼の方を見る。
すると、何故か目が合った。
「綺麗です。早緑さん。」
顔から火が出るんじゃないかと思うくらい暑くなる。
「⋯あ、ありがとう。文披君。」
何だか気まずくて、視線を逸らした。
その間も空には次々花火が打ち上げられ、ゆい達を照らしている。
花火が一段落した時、文披君が声を発した。
「あの、早緑さん。」
「は、はい!」
反射で彼の方を見る。いつの間にか彼は真っ直ぐこちらを向いていた。
「好きです。付き合ってください。」
いつになく凛々しい彼に、最大限の笑顔で答える。
「はい!」
花火が再び打ち上がり始めた。
どちらからともなく、手を繋ぎ、二人で大輪咲く夏の夜空を眺める。
ずっと胸がドキドキして、鼓動がうるさかった事を鮮明に覚えている。

◇◇◇

退院して、学校に通えるようになってから、なな は、毎日お昼休みは屋上へいってしまう。
数日前の一件があってから、行くのをやめて欲しい。と、言う訳にもいかなくなってしまった。
こちらはこちらでお友達と食べるからいいのだけれど、なにぶん面白くない。
なんて、そんなことを考えていたある日。
今日は彼が日直で先に学校にいたのだが、その姿を見て驚いた。
「なな⋯?」
「おはよう。優一菜。」
「⋯メガネ。」
あの夏祭りの前日から外していた眼鏡をしていた。
「?うん。」
「コンタクト入れるの痛かったとか?」
「え?コンタクト⋯?」
背筋が凍っていく。そんな感覚を覚える。
「そういえば、コンタクトにしてたかも⋯?でも、何でだっけ⋯。」
「(美容室の後、一緒にコンタクトを買いに行ったことを忘れてる⋯?何で?)」
夏祭りの後も、「優一菜が一緒に選んでくれたものだから」そう言っていたのに。
「優一菜⋯?」
こちらを不思議そうに見ている彼。
その場にいることが耐えられず、教室を飛び出した。

宛もなく走って、気が付いたら屋上へ続く階段の前にいた。
導かれるように屋上に出ると、そこには春惜 芙三香がいた。
「早緑優一菜?」
名前を呼ばれただけなのに、何故か足が迷わず彼女の所へ向かう。
自分でももう、何が何だか分からなくなるくらい、気持ちがぐちゃぐちゃだった。
「⋯少しの間だけ、背中貸して。」
彼女の背中に頭をトンッ。と、くっつける。
そこからは早かった。直ぐに涙が溢れてきて、しばらくの間、子どものように泣いた。
その間、彼女は何も言わず、前を向いたまま。


「わぁああああああああん!!」


涙が枯れるまで泣いた。
こんなの幼稚園児か小学生以来だ。
「落ち着いた⋯?」
「⋯うん。ありがとう。」
預けていた頭を離し、一歩後ろに下がる。
「じゃぁ、ゆいはこれで⋯。」
気まずくなって、立ち去ろうと扉の方に歩き始めると、突然腕を掴まれる。
「?!」
しかし、そこに居たのは、春惜芙三香では無く、黒いロングコートのフードを被った青年だった。
「⋯。」
彼の夜空を閉じ込めたような瞳の虜になって、手を振り払おうなんて気さえ起きない。
「早緑優一菜。アンタに話しておきたいことがある。」
「え⋯?」

◇◇◇

放課後。七瀬に校舎裏に呼び出された。
「優一菜。急に呼び出しなんて、ごめん。」
「ううん。朝はごめんね。」
お互いが醸し出す気まずい雰囲気の中、七瀬が口を開いた。
「アリエス⋯芙三香から、事情を聞いたって、聞いたよ。」
「⋯うん。」
屋上で散々泣いた後、春惜芙三香もといアリエスの口から、自分が人間ではなく死神だということ、七瀬がゆいを助けるために記憶を対価として払っていることを告げられたのだった。
七瀬が少し気まずそうに、でも、強い意志を持った目でゆいの方を見る。
「⋯優一菜、別れよう。」
「え?」
全く予想もしていなかった言葉に、突然殴られた気持ちになった。
「なんで、そんなこと言うの?」
「これからも僕は君との思い出を忘れていく。このままお付き合いを続けていけば、再び確実に君を傷付ける。」
「それは⋯」
言い返せない。
だって、七瀬がメガネに戻しただけであんなにも動揺して泣いてしまったのだから。
「優一菜の事、愛してるからこそ、これ以上辛い思いをさせたくないんだ。」
不思議と涙は出なかった。彼の『愛してるから』という言葉を疑う余地はなかったから。
「⋯分かった。でも、全部記憶を無くして、もう一度ただのクラスメイトに戻ったら、もう一回アタックする。」
「優一菜⋯」
「絶対もう一回惚れさせてみせる。恋させて、愛させてみせるから!」
「⋯うん、ありがとう。」

この愛の喜びも恋の喜びも、ゆいの中から消えることは無い。
だから、絶対もう一度、貴方と⋯。
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