上 下
236 / 240
最終章 我が祖国よ永遠に……

第20話 冬の終わりが近づくノーザンランド

しおりを挟む
帝国暦323年 冬

 クリストファーは執務室で各領内から上がる書類に目を通していた。扉がノックされ湯浴みの用意が整いましたと侍従から声がかかる。

「もうそのような時間か…」
窓を見ると夜の帳が降りていた。

「雪がちらついております、廊下は冷えます故、ガウンをお持ちしました」

「どうりで冷える筈だ」

侍従はガウンをクリストファーに掛けると湯浴みへと案内しようと扉を開けた。

「その前にの部屋に寄る」

 クリストファーは毎日の日課である部屋に向かう。部屋の前には顔馴染みの護衛の騎士が立っていた。

「ご苦労」
レンはクリストファーに気付くと礼を取り、部屋の扉を開く。部屋の中にいた侍女ミーラも皇帝の訪れに頭を下げた。

「どうだ?」

「お変わりありません」
ミーラが静かに答える。

「そうか…」

ミーラは静かに頭を下げ、部屋を退室する。


 クリストファーはいつものようにベッド横にある椅子に腰掛けると手を伸ばし、青白い光に包まれ、人形のように眠るリーラの頬に触れる。 

「いつ目覚めるのだ…」


 クリストファーは1年前の戦いを回想した。

 リヴァリオン湖に駆けつけた時、口から血を流しながら倒れるリーラを受け止め、
「リーラーーッ」と彼女に声が届くように必死に叫ぶと、突如、眩い光の中から危機を感じ取った精霊王が現れ、命の灯火が消える寸前だったリーラを救ったのだ。

 リーラはリディアムによって穢された地を浄化するためにすべての力を出し切り、その反動で魂の器も完全に崩壊したのだ。

『魂は修復したがいつ目覚めるかわからない。生命の契約を果たすと身体が消滅するのだが、なぜ、存在できたのかは皆無だ』
と精霊王は言葉を残し、島へと帰って行った。


 精霊王に救われた少女はあの日から目を覚ますことはなく微動だせず精霊王が創った青白い光に守られながら静かに眠り続け、時だけが過ぎていた。

 家臣達もリーラが永遠に目覚めない可能性を指摘し、帝国の安泰のために早く伴侶を迎え、後継者を設けるよう打診を始めた。
 
 伴侶を迎えるか、
 後継者を弟に譲るか…

 しかし、クリストファーの胸の内では答えは決まっていた。リーラ以外傍に置くことを考えられないほど彼女を愛しているのだ。

「ウィリアムに譲位して、私と共に別宮で暮らそうか、そうすればおまえの目覚めをゆっくり待てる…」

 クリストファーはリーラの頬を優しく撫でると顔を近づけて、リーラの冷たい唇に自身の唇を合わせた。




◇◇◇


「リーラ…リーラ…」

青白い世界にいたリーラは誰かの呼び声に起き上がる。

「誰?」

「リンダよ」

「リンダ様…」
リーラは起き上がると真っ白ドレスをきた金色に輝く髪の美しい女性を見上げた。

「良く頑張りましたね…
 貴女のおかげで無事、国は救われたわ」

「良かった…」

「魂の修復が出来たわ、
 そろそろ元の世界に戻りなさい。
 貴女の目覚めを待っている人がいるわ」

「私を?」

遠くからリーラ…と呼ぶ声が聞こえる。

「あの声は、クリス…」

「さぁ、行きなさい」

「でも…私、死んだんでしょう?」

「いえ、死んでないわ。貴女と我が妹のリーリラの力で国の浄化がなされたのよ。リーリーラの力が湖に残っていたから生命の契約は実行されなかった。けれど貴女は力を使い過ぎ、魂の器が崩壊したわ」

「じゃあ…」

「命の灯火が消える瞬間に精霊王が現れ、器を修復してくれたのよ」

「私…生きてるの?」

「そうよ、生きているわ」

「私、生きているの…」
リーラに瞳から一雫の涙が流れる。

「リーラ……
 最後に神から預かった新たな神託を伝えるわ」

「神託……?!」

「…………………………………です」

「リンダ様………
 わ、わたしはその為に生かされたのですか?」

リンダはリーラを抱き締める。

「貴女を解放させてあげれずごめんなさい…
 あと、………返してね」

「リンダ様……」




◇◇◇



「むにゃ、むにゃ…リンダ様…」

青白い光は消え去り、今まで声を出すこともなかったリーラが寝言を言い出す。

バサッ!
片足を思い切り蹴り、寝返りを打つ。

 沈痛な表情でリーラを見つめていたクリストファーは突然のことに目を見開く。

「光が消えた……
 今、見間違いじゃなかったら足を蹴り上げていたような……
   ふふっ、あはははッ」

クリストファーはベッドに上がり、
「起きろ、リーラ、起きでいるんだろう?」
と切なる願いを込めながら耳元で囁く。

「うーん……なに……」
リーラは目をしょぼしょぼさせながら重い瞼を開く。

「リーラ…ようやく目覚めた…」
クリストファーは喜びの余りリーラを引き寄せぎゅっと抱き締める。

「うーん、ここは…」

「皇宮だ…」

「えっ……
 確かリヴァリオンにいたはずじゃ…」

「最後の戦いで倒れ、一年以上昏睡状態だったんだ」

「く、国は?国はどうなったの?」

「大丈夫だ。ビルとローズ夫人が立て直している」

「姉上が…」

「ダリル殿やハルクもリヴァリオンを立て直している」

「良かった……」

リーラはクリストファーはじっと見つめると涙を流す。

「ク、クリス……
 うっ、うっ、ううっ……わ、わたし……
 死にたくなんてなかったの…」
クリストファーはそっと引き寄せ、リーラの背中を優しく撫でる。

「辛かったな…リーラ一人に背負わせてしまったな……」

「うっ、うん、うっ…離れたくなかった…」

 リーラの瞳から溢れる涙をクリストファーの手で拭ってやる。
「これからは一人じゃない、私がいる。
 もう一人で背負うな、リーラ」

「うっ、ううっ…わ、わかったっ……
 クリス……クリス、好き、好きよ……」

「リーラ……
 ようやくリーラからその言葉が貰えたな…
 私も好きだ、いや、愛しているよ」

「クリス……わたしも愛してる」

 二人は見つめ合うと深く、深く口唇を合わせ互いの感触を確かめ合った。


◇◇◇


 部屋から聞こえるリーラの泣き声から長い眠りから姫が目覚めたと城中に知らせが走る。
 翌日にはこの朗報が各領の友人達に届けられたのは言うまでもないだろう……






しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...