私を雇って下さい!ー逃亡王女の就職放浪記ー

京極冨蘭

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第7話 財務室のマドンナ

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 ジュリアンヌは17歳となり、ラッセルブルク国の官司の試験の日となる。

 マリアンヌ夫人はジュリアンヌを一人で国に向かわせるのは心配だと共に国へ行くことを申し出てくれた。
ミッテン領からラッセルブルクの首都へ1日馬車で向かう。

「奥様、わざわざご一緒に来て頂きすみません。」

「ふふふ、大丈夫よ。気にしなくていいわ。ジュリーは娘のような者だから
お世話したくなるのよ。一人で馬車に乗るのもつまらないでしょう。二人で旅もいいじゃない。」

「ふふふ。そうですね。」

 のどかな風景から首都に近づくにつれ、建物が増えてきた。

「ラッセルブルク国、栄えてますね。」

「そうよ、国土も広いからそれぞれの領が特産を持っているのよ。」

マリアンヌ夫人から各領の話を聞きながら夕刻にようやく侯爵家に到着した。

 カルヴァス国の屋敷とは異なり大きな白い建物に青い屋根が特徴的な壮美な屋敷だった。馬車の扉が開くとすでに屋敷の使用人達がずらりと並んでいた。

「奥様、お帰りなさいませ。」

 黒服の執事らしき男性がマリアンヌ夫人に声をかけてきた。
「今帰ったわ。」


 ジュリアンヌは、マリアンヌ夫人の後を追いかけるように屋敷に入ると茶色髪の優しいそうな壮年の男性が優しくマリアンヌ夫人を抱きしめた。

「おかえり。マリアンヌ。」

「今、戻りましたわ、あなた。
 話をしていたこの子がジュリーよ。
 明日の官司試験を受けるのよ。」

ケーブル侯爵はジュリアンヌににこりと笑いかけ、
「はじめまして。ジュリー。
 なかなか、かしこそうな子だな。
 合格したあかつきは財務室で働いてもらうおうかな。」 

「財務室で働きたいです!
 合格したら是非雇ってください!」

 頼もしいなとケーブル侯爵は期待しているよとジュリーに笑いかけてくれた。

 そして、ジュリーは、ケーブル侯爵の期待通りにトップ成績で官司試験を合格し、見事に官司になることができた。
 その後、成人した息子はいるが娘がいなかったケーブル侯爵と夫人にも懇願されジュリアンヌは養女とて迎えられる。自分の身分もあり迷いはしたが心優しい二人に温かな家族の愛情に飢えていたジュリアンヌは絆される形となった。
 
 こうして、ジュリアンヌはケーブル侯爵の娘として財務室へ迎えられたのだ。

 

 

 机を指でコン、コン、コンと叩きながら書類をチェックする緩やかな栗色の髪を一つにまとめた女性がいる。
 女性は立ち上がり、書類を待っていた男性に渡す。
「あのねぇ、何回言ったら書類まともに出せるんですか?」

「は、はい…。」

「いつも、署名忘れてるし、ここ!日付が一か月前になっていますよ。
 付箋張っておいたからすぐに直して持ってきて!
 今日中だからね!
 そうでないと金出さないわよ!」

「ひぃー。わ、わかりました!
 いつも訂正ばかり申し訳ありません!」

「謝る前に書類を確認してから来てください!」

「はい!!失礼します!」
と書類を叩き返された男性は急ぎ足で出て行った。

財務室から同僚達からパチ、パチと拍手をされる。
「ジュリー嬢!さすが!」

「外務室の奴らいつも書類が訂正だらけだからな。」

「それにしても付箋便利だよな。」

「ふふふ、そうでしょう。」

 この世界にはまだ付箋と呼ばれるアイテムは生まれていなかった。私はケーブル侯爵にお願いをして仕事の効率化のはかる為に作って貰ったのだ。
 なかなか付箋の糊部分の開発に苦心させられた。付けたり剥がしたり出来ないと付箋の意味がないのだ。侯爵家の豊富な財力使い研究に研究を重ね作ったもらったのだ。

 私がラッセルブルク国の官司としても働き始め、気づいたことは業務も効率が悪かった事だ。
 私が財務室に入った時、ある程度仕事内容を覚えると、皆同じ仕事するのではなく、各担当を決め書類を分別するように決めさせた。
 また、書類が訂正箇所が多いこと、多いこと。今までは書類をまとめて預かりチェックをして、訂正書類をまとめて返し、やり直しをさせていた為に書類の処理が大変効率悪かったのだ。書類を受理した段階でチェックし間違いがあればその場でやり直しをさせれば処理速度も上がる訳だ。

 書類に印鑑を貰えない官司達は手強い私を恐れている。迂闊にチェックせずに書類を持ってきた暁には私にみんなの前で無能さを暴露されるのだ。

 また、何も知らない長身の黒髪の官司がやって来た。私は心の中でクスリと笑い、今日もコテンパンに自尊心を傷つけてやろうと意気込み。

「失礼する。
 長官から預かった書類だ。
 よろしく頼んだ。」

「官司様、お待ちになって。
 すぐに確認致しますので掛けてお待ちになって下さいませ。」

「私は暇じゃないんだ。 
 宰相が自ら作成した書類だ。
 黙って印を押していればいいんだよ。」

ジュリアンヌは椅子に腰掛け書類に目を通すと付箋を手早くパパっと付ける。

「お待たせしましたわ。
 ご覧に下さい。
 完璧な筈の書類が長官のサインも抜けているわ、予算内容の詳細も全く書かれてないわ。
 金額だけ書かれてもこれでお金が落とせると思って??」

さぁ、目ほじくって見な!と言わんばかり書類を顔に当ててやる。
「失礼な奴だ!
 大切な書類を顔にあてるんじゃない!
 そんな事しなくても見れる!」

 男はじっと書類を眺めると急に顔色を変え始めた。
「こ、これは…。
 すまない。
 こちらのミスだ。
 改めて書き直してくる。
 失礼した。」
 ジュリアンヌは腕組みをしながら理解したらさっさと訂正してきなと言わんばかりな顔で男を見送ったのだ。

 

男は急いで宰相室へと舞い戻る。
「父さん、どういうことだ!この書類全くできていないじゃないか!!」

宰相室には宰相とこの国の皇太子が話をしていた。

「どうした、アシュレイ?そんなに慌てて。」

「どうもこうもないすよ。この書類、全く出来ていないじゃないですか?!」

「あっ、すまない。
 間違えた。
 書類はこっちだ…。
 今日はジュリー嬢に怒られないようにばっちりにしたのに。」

「父さん、常習犯だったんですか…。
 おかげで恥をかきましたよ。
 書類見せてください。」

アシュレイは書類を確認すると、
「では、こちらの書類を待って行きます。」
部屋から出ようとした。 

「待て。」

「どうかされたましたか?」

「アシュレイ、おまえ、財務室のジュリー嬢に怒られたのか?」 

「……。そういうことになりますね。」

この国の皇太子であるアルバートはあはははと笑い出す。
「完璧主義のアシュレイが一本取らたのか。」 

「まぁ、そういうことになりますね。」

「面白い。私が財務室にいこう。」 

「えっ?アルバート様がですか?」


「頼む、行かせてくれ。」
「いいですけど。」 

「宰相、財務室のジュリー嬢とはどういう官司なのだ?」

「財務室のマドンナと呼ばれてまして。
 唯一、財務室の紅一点の官司です。
 新人にしては仕事もでき身分が上だろうがミスがあったらが容赦なく叱咤されますよ。身元の詳細は知りませんが平民の子をケーブル侯爵が養女に迎えたとか聞きましたが…。」 

「財務室のマドンナね…。」

白色の高貴な装いを脱ぎシャツ姿になったアルバートはアシュレイに紺色の官司服を貸すように言う。

「顔が知れてるのにわざわざ着替える必要あるんですか?」

「ジュリー嬢とは新人の官司だろう。
 恐らく私の顔は知らない筈だ。
 早速行ってくるよ。」 

軽やかに部屋をアルバートが出て財務室に向かう。

 財務室の扉をノックし、部屋に入ると紺色の官司服を来た女性が顎に手をつきながら書類を眺めていた。

ーやはり、あの時会ったあの子だ。

アルバートが少し胸が躍る気がした。
女性は顔をあげると不機嫌そうに口を開く。

「今、昼時なので皆、食事に行きましたが何か御用?」

「先程、宰相室の官司が持参した書類に不備があったらしく、正した書類を持って来たんだ。」

「いつも言っていますが、業務時間外に持ってこないでください!
 あなたのように何も考えずにこられるから他の官司も真似てこちらの都合を考えず来るんです。」

ーよくもまぁ、王族に向かって偉そうに
 言えるもんだ。

 アルバートはこんなにはっきりと物言いするジュリーに好感を抱いた。

奥の部屋からケーブル侯爵が出てくるとジュリーに話かけた。 

「ジュリー、いいじゃないか。書類を受け取ってやれ。えーっ!」

 アルバートは口に人差し指をあて静かにしろと合図を送る。

「お父様が仰っるなら仕方ないですね。」

と書類奪い取り確認すると、
「はい、問題ないようですから受理しますわ。」

「助かったよ。ありがとう。ジュリー嬢。」
アルバートは目線で皇太子であることを言うなよとケーブル侯爵に訴えた。

「あっ…。」

「お父様、どうかしました?」

「いや、なんでもない…。」

 この日を境にアルバートが財務室に度々訪れることになるとは誰も思いはしなかったのだ。


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