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第三章 ベオルブイーターを倒せ!

第九百六十六話 アクソニスとルイン。半魂のヴィネとブネ

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 潜った湖から浮上して上方を見上げる。
 ……アトアクルーク湖に浮かんでいるこの巨大な神殿は、見るものを魅了するような、引き寄せられるような力を感じる。
 だが、わびしさが渦巻く建物にも思えてならなかった。
 
「悪いな。眠っているお前らの力、少し借りるぞ。ハルファス、マルファス。虚像の塔、建設……アルカーンよ、俺に力を……時の回廊」

 その神殿を四方系に包み込み、すっぽりとおおうような塔を目の前に生み出した。
 さすがにこれほど大きな虚像を生み出すのは大変かと思ったが……すんなりできてしまう。
 子の力はもう、神の力に等しいのだろう……そのままゆっくりと神殿内へと入る。
 外観は傷一つ見当たらない石のような、金属のような造りだ。
 大きな上り階段があり、音を立てて昇っていくと、吹き抜けた庭園のようなものが見えてきた。
 湖の水が静かに湧き上がっているような音が聴こえ、中央にはその水場が存在する。
 そこを抜け、さらに奥へと進むと今度はそこから下へ下へと続く階段の道があった。
 ……この先か。

 既に下には何者かがいる。
 そして、そのうち何名かは誰か分かっていた。
 はるか遠くの声が耳に聞こえてくる。

「なぁ母ちゃん。そろそろルインのとこ一緒に行こうぜ。なぁ」
「早く……もっと早く、もっともっと早く……」
「本当そればっかだな、母ちゃん」
「ぐっ……早く、幻術を、解かねば……」

 俺は下りの最終段を踏み終え、視界にそのすべてを入れた。
 正面には二つの棺。そこへ光が差し込んでいる。
 左手の棺前にアクソニス。右手の棺前にはシラ……とメルザ。
 手前中央にクリムゾン、ジェネスト、カルネを守る四幻。
 ルインズシップからここまで……止められなかったか。
 メルザはシラの持つ気持ち悪い玉に、自らの片手を引きずりこまれているのに、にこやかにシラにくっついて離れない。

「ようやく来ましたね。待っていました」
「主、さま……すみません。まるで引き寄せられるように……女王とカルネ様が。どうにかカルネ様だけお救いできたのですが……幻惑されているようです」
「ああ。お前たちは封印に戻れ。カルネ。おいで」
「あー。うー、うあーう」
「ああ。大丈夫。何も心配するな。よく泣かずにいい子でいたな」

 メルザは俺が声を発してもそれに気付かず、ずっとブツブツ言っているだけのシラにまとわりついている。
 ……残酷過ぎる。アクソニス、お前は俺の持つ怒りの許容を越えた。
 カルネを抱き上げ……ぼろぼろの四幻とクリムゾン、ジェネストたちを無理やりに封印した。
 
「退屈しのぎにもなりませんでした。さて、あなたの答えを聞きましょうか」
「答え?」
「ええ。あの娘があなたにとって全てなんでしょう? あの娘は見ての通り、かけがえのない本当の肉親を手に入れました。残念ながら父親は死んでしまいましたけどねぇ……」
「……お前には、あのメルザが幸せそうに見えるのか」

 メルザは嬉しそうに……母に語り掛けている。
 
「なぁ。母ちゃん。俺様久しぶりに、めっけのフライが食いてぇんだ。ルインにもよ。食わせてやりてーんだよ。だからさ。早く帰ろうぜ? 俺様、ちゃんと家があるんだ。いっぱい仲間がいてよ? 俺様、一人ぼっちだったけどさ。もう一人じゃねーんだ。だからさ。母ちゃんも一緒にさ」
「早く……もっともっと早く……しないと、いけない」
「ええ。メイアという女に見えているのでしょうからね。それはもう、幸せでしょう」
「幻にずっとしがみつくほど、メルザはおろかじゃない。おかしさに気付かないほど、メルザはバカじゃない。母への感謝を忘れるような、恩知らずな主じゃない。あいつは優しいから……分かっていてそうしているだけだ。幻影を解けばメルザは泣き崩れるだろう。でも、あいつは理解している。俺はそう信じている」
「この幻術は魂に直接作用するのです。このアクソニスがそうだと言えばそうなる。だからあなたは私の……私の……なぜだ。私の、私の私の私の私の! ……くっ。これは、なぜだ! 私の紫電級アーティファクトになったのに! なぜ、なぜだ。なぜ手に入らない。なぜカイオスが手に入らない! なぜ、なぜ私のものにならない! カイオスは私のもの。その小さな娘のものなはずがない。カイオスは私だけのもの。さぁカイオス。この魅惑的な私を見なさい。その娘の前で……愛しなさい」

 そう言って、タルタロスより奪った紫電級アーティファクトを何度も動かそうとするが、反応がない。
 当然だ。この中の時は……止まっているのだから。

「無駄だ。お前は醜い。全てにおいて醜い。俺は目が見えない。外見的な美しさなど意味をなさない。そのような幻術など、生まれたときから一切効果が無い。いや……世界は美しいものであふれていたよ。自然も、女性も、建造物も、神も、魔族もだ。けどな。何よりも美しいと感じたのは……たった一人の暖かい女性の心だった。メルザの心より愛せるものなど、存在はしない」
「……私があなたを手に入れるために取引をしましょうか。ふふふ……あなたはそれを分かっていて私を醜いと言ったのでしょう? さぁ……あの娘、メルザ・ラインバウトを解放して欲しくば、私のものになりなさい」
「ああ。いいだろう。だが、条件はある」
「条件? 条件など出せる立場だと思っているのですか?」
「ああ思ってるね。お前がカイオスの寵愛を望むなら、どんな条件でも飲むだろう」
「……聞いてみましょう」
「カイオスはやってもいい。だが、ルイン・ラインバウトはメルザ・ラインバウトの夫だ。そっちはくれてやるわけにはいかないね」
「バカなことを。あなた自身がカイオスでしょう!」
「いいや。俺の名前は一宮水花。メルザからもらった名はルイン・ラインバウト。カイオスだなんだとよく分からないことをお前らは言うけどな。それはお前らが持つ魂の記憶の話だろう? 俺には関係ないね。人をカイオスカイオスと呼ぶな。俺には二つの魂の名前しかない。だからお前がカイオスをどれだけ望もうと……そうだな。あーあいしてるよーアクソニスー。これでいいか? この程度しか言ってやれん」
「……少しだけ昔話をしましょう。私は、カイオスと戦ったことがあるのです。当時、私はヴィネという名前でした。ソロモンの軍団を率いるに至るよりずっと前の話です。ゲンドールに生まれた小さな生命でした。絶対神がゲンドールにやってきて、地底を構築し、地上には多くの魔族や人が現れました。彼らは繁殖を、領土を、世界を欲しました。そんな彼らと交渉したのが、アルカイオス幻魔、カイオスでした。そしてカイオスは失敗し、大きな戦いが起こりました」
「ヴィネ……それがお前の本来の名前か」
「ええ。私の部族は散り散りになりました。アルカイオス幻魔を信仰していた部族だったのです。私は、恨みに恨みました。苦汁を舐め、生き残り、彼を殺そうとしたが敵わなかった。あまりにも勇ましく、輝かしい彼を、いつしかしつこく追い回している間に、彼を越えることは不可能だと悟りました。ならばと彼を我が夫とし、その子供に彼を越えさせようと……なのに彼は……その前に死にました。私は彼の魂を追いました。随分と長く……探したと思います。私も死に、魂は半分にされました。そのかたわらの力は、その娘から感じられました。だから、返してもらったのです」

 メルザの体……そういうことか。

「ブネがお前の半魂だったのか」
「そうです。私は死ぬ前にある仕掛けを魂に施したんです。半魂はとても清らかで無感情な魂。そして半魂は憎悪とカイオスを渇望する魂。片方は簡単に見抜ける仕掛けを、もう片方は絶対に見抜けない仕掛けを作って。それがこの……アクソニスです。先ほどのあなたへの感情は……半魂を取り戻したがゆえのものです」
「相手がたとえブネの半魂だとしても、お前を俺は斬らねばならない」
「言ったはずです。あなたは私のもの。それともメルザという娘はこのまま死んでもいいと?」

 悪いな……すでに手は打った。
 ヴィネよ。お前ほどのものでも、俺の力に気付かないのか。

「闇。最も深い闇よ。闇の賢者ブレアリア・ディーンの名において命ず。黒に染まりし者を引きずりこめ。ダークトゥドラッグ……魂の支配者、タルタロス・ネウスの名において命ず。結びつく魂を引きはがせ。スピリットティアー」
「これは!? 管理者の力!」

 ずぶりとシラとメルザが地面に吸い込まれた。
 俺はずっと悟られないように行動していた。
 ただのルイン・ラインバウトであると。
 昔のように、メルザのピンチに飛びつくような、考えなしの俺じゃないんだ。

「さぁ、戦いを始めよう。そうだな……カイオスとして勝負を挑もう。ソロモン七十二柱。ヴィネよ」
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