上 下
927 / 1,085
第五部 主と建国せし道 第一章 ジャンカの町 闘技大会

第八百三十三話 死の管理者、タナトス

しおりを挟む
「闘技大会ぶりだね。実に煩わしい奴らが多くてなかなかこうして君を誘えなかった」
「ここは……俺を一体何処に連れて来たんだ。神兵と名乗っていたが、あんたがタナト
スで間違いないんだろう?」

 俺はベッドの上で寝ていたはずだ。
 だが、ここは既に治療室のベッドじゃない。
 夕闇に染まる枯れ果てた森のような場所。
 上空からは黒い鳥が無数に俺を見下ろしている。
 その先にはテーブルと椅子があり、木の椅子に腰かけ、茶をすすっている男がいる。

 初戦のバトルロイヤルにいたあの男。
 そしてその傍らには織があり、頭飾りの女性が閉じ込められている。
 まるで死んでいるかのように動かない。

 ゆっくりとその場から起き上がるが……ほぼ裸に近い格好だ。
 俺の恰好が場に似つかわしくないのを見てか、黒衣を一枚俺へ投げて寄越す。

「それに着替えたらこっちの椅子に座ってくれ」
「もし断ったら?」
「大丈夫だ、君には何もしない。そんなことをすれば他の管理者に何されるか分からない
からね」
「……分かった」

 黒衣に着替えると……明らかに可笑しな素材で出来ているのが分かる。
 これは……「心配しなくていい。身に着けたからといって死んだりしない」
「ああ、そういう心配はしていない。俺を殺したところで何の損得もないだろうから
な。それよりこの素材……」
「君の知る世界のものをエーテルに付け込んだ素材。違いが分かるかい?」
「これ、まずくないか」
「まぁいいから。今は早くこっちへ来なよ。それも必要なことなんだ」

 着替えてからテーブルと椅子の方へ近づくと、頭飾りの女性は生きていることが分
かる。
 こいつが連れ去っていたのか……この女は何者で、こいつは一体何しに来た
んだ? 
 気になることだらけだが、ひとまず危害を加えるつもりはないらしい。
 椅子に腰を掛けると、黒色の飲み物を差し出してくる。

「何だ、この飲み物」
「ブラックティー。美味しいよ」

 ブラックティーと聞くと、本来紅茶を連想するのだが……これは明らかに黒い。
 まるでブラック珈琲のような色だ。
 しかし香りは悪くないが……こんな怪しいもの、飲んで平気なのだろうか。

「管理者っていいだろ? こういった領域を構築出来るんだから。この能力はゲン神側の
管理者より優れていると思うね」
「ゲン神側の管理者? 一体どういう……いや、それよりもあんたの要件を言ってくれ」
「君に着せたその黒衣ってところかな。他にもあるけど」
「……これ? こんなものを着せるために俺を可笑しなところへ連れて来たのか?」
「そう。君はこちらの獲物。あっちには渡さない」

 そう言いながら織に入れられている頭飾りの女性を指し示す。

「獲物ってことは俺を殺しにきたのか」
「違う違う。死を司る管理者が誰かを殺したりなんかしない。獲物って言い方だと分かり
辛いのかな。標的……同じ意味か」
「だから、一体何のために……」
「おっと。それに君はもう気付き始めているんじゃないのかな」
「俺が気付き……あんたも俺がカイオスの生まれ変わりだとでもいいたいのか」
「その通り。カイオスの死がどうだったのか、知りたくない?」
「それは、知りたいが……あんたのその顔。冷徹な目。他の管理者とまるで違うその表情
に、少しぞっとする」
「ふふふ、いいね、その顔。鋭い読みと勘。私は四人の管理者で最も冷酷だ」
「その冷酷な奴が俺に見返り無く何かを教えるわけがない……か。アルカーンは時計を望
み、ブレディーは光を求めた。タルタロスは俺にベリアルを託し……あんたは俺に何を望
むつもりだ」
「ふふふ、やっぱり大きな勘違いをしているね。君の魂そのものの根本はベリアルだよ」
「……どういう意味だ」
「誰かに聞かなかったかい? タルタロスによって魂を移す先を変えられたと。君の器は
ベリアル。ベリアルが本体。君の方が……分体だったんだよ」

 確かにそんな話を聞いた。それじゃそもそもこの体で目が見えず苦しむのはベリアルの
方だったってことか? それがベリアルの罪だとでもいうのか。

「君ら二人はやがて知り合い、破壊の限りを尽くす魔として君臨するはずだった。それも
必要なことだからね。死の螺旋のためには」
「ふざけるなよ。俺も……ベリアルだって好きで戦ってるわけじゃない」
「だからタルタロスは捻じ曲げた。ベリアルの魂を裂いて、カイオスの家系である君を用
いて。神々にはばれないようにね」
「つまり、絶対神すら俺がカイオスの家系だと知らない……?」
「その通り。いや、イネービュだけは気付いているかもしれないね。今君に与えた黒衣は
それを隠すものだ。君がこれ以上誰かに、カイオスの家系と悟られることがないように
ね」
「それはあんたの意思で……なのか?」
「まさか。私は確かめに来た。依頼を受けて。半信半疑だったよ。だが、確定した。君は
間違いなくカイオスの家系だ。依頼者はタルタロス、ネウス。といっても、もう会えない
だろうね」
「どういう意味だ。俺はタルタロスこそ諸悪の根源かと考えていたのに」
「いいや。彼はひたすらに君を見守り、助けようとした唯一の救い手だろう。君、破壊神
になりたかったかい?」
「そんなはずは……なぁ、あんた死の管理者だろう? 人は、魔族は、獣は死ぬと、誰に
その道を決められるんだ? 死って一体、何なんだ」
「それは生物が理解出来るものではないよ。君たちは自由に生きるといい。自らの成した
いこと。思う通りに進めばいいだけだ。死について考える必要などない。その先にあるも
のは我ら管理者の役目だ。そうそう、君の娘……彼女は既に管理者ではないから安心する
といい。賢者の石を宿しているようだが、深淵から覗く程度の特殊能力となるだろう。そ
の程度であればスキアラも許すだろうし」
「……今日は一度に色々なことがありすぎた。もう帰してくれないか」
「待った待った。まずは茶を飲んでくれ。これからが大事な話だ」
「分かった飲むよ……見た目と違って結構美味いな。少し甘みも感じる」

 真っ黒い茶を飲みながら、もう少しだけ付き合うことにした。

「君とメイショウを戦わせたのは私の手によるものだ」
「なんだと? 大会の対戦相手はランダムに決まるように設定したんだぞ」
「案外簡単だったけどね。ほら」

 眼前に数字を表示させてみせるタナトス。
 数字を光で屈折させてるのか? くそ、こいつの能力がさっぱり分からない。
 
「戻ったらまた検討しないとな……それで、なぜ俺をメイショウと戦わせた」
「君を覚醒させるため。バランスを崩し、他の絶魔王を刺激するためだ」
「それなら目論見が外れたんじゃないか。俺は覚醒してない。絶魔王とやらにもなって
いないだろう?」
「引っ張られて制御が掛かってるのさ。もうじき、出てくるから」
「はっ? 何が出て来るって……」

 すると、ボトリと俺の黒衣から何かが地面に落ちて来た。
 ……何だ? これは。まさか、幻魔と闘魔の宝玉か? 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

処理中です...