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第五章 親愛なるものたちのために

第七百八十七話 今一度、顔を見せて

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 こうやって領域へ戻るのは何時ぶりか……そして、こうやって迎え入れ
られるのも何時振りなのだろうか。

「……ほらね。私の勝ちよ」
「今度こそ普通に来ると思ったのにぃー。ルインは期待を裏切ら
ないよね、悪い方で」
「まったくよ。どうして女抱えて帰って来ないと気が済まないわけ?」
「でも無事に帰ってきてくれて、ひとまずほっとしてるっしょ」

 ……俺を出迎えてくれたのは、妻たちです。
 そして、反論したいけど出来ない! 
 仕方ないだろ、失神してる鍛冶師をその場で放置しておくわけにいかない
んだから! 

「本当、最低ですね」
「お師匠様、悪気ないのになぁ」
「くすくす。愉快なー、場所ですねー」

 後から続いて入って来たエンシュに同情され、ミレーユは相変わらず
俺に冷たい。ラルダさんはほんわかしたままだ。
 
「えーっと。まずは、ただいま……だな」
『お帰り! 待ちくたびれたわ!』
「あれ? 全員出産が近いって話してませんでした? お師匠様」
「そのはずなんだが、お腹はそれ以上大きくならないのか?」
「そうみたいよ。ずっとお兄ちゃんの領域にいたから暇で暇でしょうがなかったわ」
「でも、お陰で出産はこれからよ。いい案だったわね」
「あの領域、面白かったよ? ニニーちゃんのアイ活にはちょうど
よかったしぃー?」
「アイ活って何っしょ。私たちに変な服あてがってただけだし」
「あー、それよりもだ。まずはお土産と……子供の名前、どうだった?」
「気に入ったわ。どっちも」
「最高っしょ。早く産まれてこないかなー」
「うーん。アイドルっぽくないのがちょっとなぁ」
「なんでアイドルっぽい名前をつけようとしてるわけ?」

 久しぶりに帰って来たなという感じがする。全員変わってないようで、元気そう
だしよかった。
 でも、やっぱり全員どことなく寂しそうだ。それもそのはず。
 ブネがいない。

「あれ? ブネはどうしたんだ?」
「そう! それが……動けないのよ。私たちも泉の外で待ってようと思った
んだけど、産まれたら困るでしょ。だから探しに行けなくて。ベルディスさん
とハーヴァルさんが探しに行ってくるって出てったけど、会わなかった?」

 ……あの二人、とっくに忘れてるな。
 いや、悪気はないだろうから会わなかったことにしよう。
 そういえばライラロさんもいないな……。
 あの人の破天荒は今に始まった事じゃない。放っておこう。

「急いでブネの下へ行く。ミレーユ王女、それからエンシュにラルダさんも。
大きな木が見えるだろう。あそこが食事処だ。誰か案内を……って皆
忙しいか」
「大丈夫よ。私たちは自由に行動できるから。子供じゃないんだし。
知ってる人見かけてどうにかするから、行ってあげなさい。
あなたの……一番大事な人なんでしょ」
「俺の……主を預けている者だ。すまない。行ってくる」

 俺はいてもたってもいられなかった。
 ブネが動けない? どういうことだ。神の遣いって調子が悪くなる
事もあるのか? 
 一体どこに……聞いてから行けばよかった。
 何をそんなに焦ってる。
 今までずっとブネを信じて預けられていたから心配じゃなかっただけなのか。
 
 心がはちきれそうだ。メルザ……ずっと会いたかったんだ。
 ルーンの安息所まで行くがブネはいない。
 温泉、シュイオン先生の場所、アルカーンさんの個室、訓練場、どこにもいない。
 すれ違いざま多くの者に挨拶だけした。
 どこだ? もう一度戻ってファナに聞いた方が早いか? 
 いや……カカシのところへ行こう。
 あそこかもしれない。一番落ち着く場所だ。

 ――やっぱりここか。カカシのすぐそばで座っている。
 カカシも動かず佇んでいる。

「戻ったか。久しく見ぬうちにまた、成長したようだ。人の子は直ぐ
成長する。羨ましいものだな」
「動けなくなったってきいて。カカシが見てくれていたのか」
「こやつは死んだぞ」
「……えっ? 今、今何て言った」
「死んだと。マジックアイテムとしての寿命が尽きたようだ」
「嘘だ……嘘だろ? やめてくれよ。そんな冗談」
「自分で確かめるがよい。最後に……主をちゃんと守ってやれと
言っていた。よき話し相手になってくれた」
「そんな……何とかしてやれないか。あんた、神の遣いなんだろ。
頼むよ、カカシを……戻してくれよ」
「無理だ。一度失った力は戻らぬ。意思ある道具は何れ動かなくなる。
こやつはその道具で生かされていたようだ」
「それは……落月のナイフ……ああ……嘘だ、嘘だーーーーーー!」

 俺は……メルザが戻る前に大切な者を一つ失ってしまった。
 カカシ……今まで作物を育ててくれていた。
 自分の事を良く、マジックアイテムだといっていた。
 俺はそんなことはないと思っていた。
 ずっと、生きてる仲間と変わらないように。
 でも、幾つか異変は……前兆はあった。
 なのに俺は……。

「悲しいか」
「当たり前だ! 俺の……家族だと思ってたんだ。俺がまだ、メルザと
会って間もない頃からの付き合いだ」
「ならばここが最大の弔い場所だろう。手を合わせ、拝んでやれ」

 俺は……かかしの前に立ち、手を合わせ……カカシを強く抱きしめていた。
 何らかわらぬカカシの体。残っているのは本当に、カカシのような体だけだ。
 どうにか助けてやる方法はないのか。
 俺は諦めたくない。

 そうだ、ホムンクルスの体ならどうだ? 魔力を注いで生き返ったり
しないのか? 
 どうしたらいいんだ? どうしたら……アルカーンさんなら
どうにか……。

「ルインよ。どうにかしてやりたいのだろうが、それは叶わぬ事。
安らかに眠りにつくものを、揺り動かすのは生きている者の都合だ。
幸せそうであった。かつてのランスのように」
「でもさ。俺は、何もしてやれないのが悔しくて……悔しくて」
「それはこのブネの中にいるメルザも同じであろう。そして……このブネの
寿命もまもなく訪れる。ルインよ。今一度顔を見せてくれ」
「え……? 今、何て言った」
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