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第五章 親愛なるものたちのために

第七百八十二話 赤文字の道

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 ギオマの背に乗った俺たちは、快適な空の旅を期待していた。
 距離としてはそこそこ。ギオマにとってはひとっとびなのだろう。
 紅葉洞に向かってもらった時よりは、大きいサイズに見えるギオマ。
 大きさを調節するのは難しいらしいのだが、大きければ大きい程ギオマにとっては
楽なようだ。
 グレンさんは腰を抜かしながらも、ギオマに乗って空を飛ぶことに感激している。

「まさか、竜の背に乗って空を飛ぶ日がこようとは思わなかった。レオに自慢しよう」
「おじさんって凄かったの。モジョコは知らなかったの」
「伝説の竜の背に乗って、伝説の鉱石を探しに行く……悪くない、むしろ凄くいい!」
「君たち。落ち着きなさい。こういう時は感嘆の声に留めておくのが良いものだ」
「さすがに冷静すぎやしませんか、ランスロットさん……いや、それも経験則から
なんですね、きっと」

 一人落ち着きを払い、景色を堪能しているランスロットさん。
 グレンさんはおじい様と呼んでいるが、見た目ほど老人ではないように思える。
 髪も整え腰も曲がっておらず、鋭い眼光は健在だ。
 最前線で働くと、意欲的なものが違うのだろう。

「グッハッハッハァ! 当然であろうがァ。誰の背に乗っていると思うておるのだァ。
貴様らが乗っているのは魂吸竜ギオマァアアアアア!」

 突然の事だった。ギオマが咆哮したのかと思ったが、突如として一筋の雷撃が
ギオマの翼を撃ち抜いた! 
 放たれたのは、間違いなくあの雷が降りしきる方角からだ! 

「おいギオマ! 大丈夫か!? げげっ……落ちてる、落ちてる落ちてる!」
「キャアアアアアアアアアアアアアア!」
「あーーーーー、まだ死にたくないーーー! お嫁に、お嫁にーー!」
「これはまずいようだね」

 ギオマは耐えられず落下し、人型へと戻っていく。
 嘘だろ……このままじゃ全員死……なせるわけない! 
 頼むぞ。「キュピィ?」なんて可愛らしく出てくれるなよ! 

「トウマ! 頼む!」

 俺は急いでドラゴントウマを封印から呼び出した。
 地面に巨大な竜のトウマさんが登場してくれる。
 ……本当、いつも助かってます。領域に戻ったらよく洗ってやるぞ、トウマ。
 もしベルトまでパモに預けてたら本当お陀仏だったかもしれない。

「下にも竜!? もう終わりだ!」
「あの竜、なんで突然……動かないから死んでる?」
「これは驚いたね。ルイン君にはまだ隠された秘密があるようだ」

 驚くのはごもっともです。ゆっくり説明してびっくりさせないように
したかったんだけど。
 こんなでかい竜を俺が呼び出したなんて知れたらそれこそ大ごとだよ。
 他にもエルバノやらプリマやらも同行中ですなんて言ったら、ドン引きされるのは
間違いないだろう。
 着地はグレンさんがモジョコを、ランスロットさんがカーィを、俺がギオマを抱えて
トウマへと着地した。
 こんなところ誰かに見られたらまずいので、直ぐにトウマを封印に戻す。

 それはおいておいて……「おいギオマ! 大丈夫か?」
「グヌウウウウウウ! 許せぬゥ! あの洟垂れ娘のいたずらに違いないぞォ! 
許せぬゥ! 噛み砕いてくれるわァ!」
「落ち着けって。傷は痛むか? 急いで戻って治療しよう。片腕が酷い状態じゃないか」
「グヌゥ。我には痛みなど無いわァ。しかしこの状態、飛ぶこともままならぬゥ。
おのれェ……」
「あれは間違いなく雷城からの攻撃だろう。ベルベディシアの逆鱗に触れたか……この
位置まで攻撃してくるとは。やはり……均衡は保たれていないようだ」
「本当に空から向かおうとすると、撃ち落とされるのか……おじい様、これは
町にも警告しておいた方がいいかもしれません」
「幸い落下したのが紅葉洞まで遠くない位置だ。急ぎレオに手紙を書かせよう」
「ギオマは俺が担いでいく。グレンさん。モジョコをお願い……するまでもないな」

 ギオマから落下するとき、一早くモジョコに手を伸ばしたのだが、グレンさんが
あっという間に抱えてかばっていた。俺より速い! と一瞬怯んだ程だ。
 ちなみにちいさいスライム、コラムは頭飾りのようにモジョコの頭に乗っていたり
肩に乗っていたり服に入ったりして片時も離れていない。
 あのサイズのスライム、俺も欲しいな……どう見ても珍種だ。

 ギオマを担ぎ上げ、全員その場から移動を開始する。紅葉洞が近いのはわかるが、モン
スターに襲われたら……いやいや、ランスロットさんがいるんだった。
 この人の力は間違いなく本物だろう。
 ……と考えていたら「少し疲れてしまうが、事態が事態なだけに急ぐとしよう。
紅葉洞には傷薬もあるはずだ。ギオマさんの容体が悪化するといけない」

 紅葉洞方面へ向け手をかざすランスロットさん。
 一体何をするつもりだろう。

「我を導け、通れぬ道などいらぬ。アドミムの力を見よ!」

 すると……赤い文字の紋様がランスロットさんの手に集約され、ランスロットさんが地面に
両手のひらをつける。すると……文字が前へ前へ流れる川のように動き、ランスロット
さんの正面は 文字の川となった。
 これはまさか……動く歩道のようなものか!? 
 ランスロットさんは頷くと、グレンさんは経験済みなのか、その場所に真っ先に
足を踏み入れる。
 すると――グレンさんは歩かずにそのまま移動していく。
 何これ……凄すぎだろう。岩の上まで伝う文字があるってことは……。

「さぁ急いでくれ。長く継続出来る力ではない」

 急いで俺とカーィもそれに乗ると、最後にランスロットさん自身も続いた。
 ……この力は確かに強力だ。集団を容易く避難させられるし、物を運ぶのにも便利だ。
 だが、ランスロットさんは疲れるといっていた。
 相当な労力を要する力か……。

 岩を飛び越え、段差もものともせずにすいすいと移動していき、あっという間に
紅葉洞前まで到着してしまう。
 アドミムの力を解いたランスロットさんは、少し汗をかきつつも、苦笑している。

「この人数を運ぶだけで疲れるとは、私も少しなまっているようだ」

 十分過ぎるくらい助かった。俺たちが来たことで、入り口を見張っていた人たちが
こちらに駆け寄って来る。

「ランスロット総督!? それにグレンさんまで! おい、レオ殿に知らせろ」

 急いでレオさんを呼びに行く見張りの人。
 この人たちが裸でテントにこもっていた人たちか? 
 いや、何も言うまい。俺は何も見ていないのだから。
 
 ――直ぐにレオさんが走ってくる。
 そもそもここに来る予定だったんだけど、大幅に狂ってしまった。
 まずはギオマを見てやらないと。

「ギオマ殿!? 酷い怪我です。大丈夫ですか? あのお強いギオマ殿がそんな
怪我をなぜ……いやいや、それよりも、マーグ先生がいます。急いで診てもらって
ください」
「マーグ先生がここに?」
「はい。他の者をテントに入れっぱなしだったので、体調不良を引き起こしている者が
いるだろうとお呼びしておいたのです」
「それは有難い。先生ならしっかり診てもらえるだろう」
「我に医者など不要だァ……ウグッ」
「無理すんな。痛いもんは痛いだろ」

 ――やせ我慢を言うギオマを担いで、直ぐに先生の下へと向かう。
 俺の来訪に先生も驚いていたが、ギオマを見て直ぐに診察してくれた。

「これは……うむ。ルイン君だったね。君意外は人払いを」
「はい……皆ちょっとだけ外してくれるか?」

 そう言うと、全員気を遣って外に出てくれる。

「彼の体は普通じゃないね」
「ええ……ホムンクルスです」
「そうか……いや、皆まで言うまい。我々人間においては禁忌とされるものだ。
君は魔族なのだろう? 診察した時には既にわかっていた」
「そうだったんですか……秘密にしていてくれたんですね……」
「患者の秘密を漏らすような事は医者としてするはずがない。この体は徐々に
だが、戻り始めている。だが、痛みは伴うようだね」
「痛覚自体はしっかりとあるんですか?」
「ああ。再生能力が尋常ではない。君の体も恐らくそうなのではないか? 魔族に流れる
血液は、人のそれとは異なる」
「そういえば、結構血を流しても平気でいられますね。先生は信じるかどうか
わかりませんが、俺は元々人だったんです」
「それは魔族覚醒が起こったということかね?」
「いえ。一度死んで……転生したと言えばいいでしょうか」
「ふうむ。そうすると神の力の類かね。何れにしても、患者が健康であれば
私はそれで構わんよ。医者を長く続ければ、色々なものを診てくるからね。
ギオマ君には注射をして……」
「我は注射などいらぬゥ! もうじき傷は治るのだァ!」
「おい。一応打っておけって」
「そういって我を眠らせるつもりだなァ! もう騙されぬぞォ!」
「何言ってんだ、お前。昔何かあったのか? あ……ギオマ。ちょっとこれ
見てくれ」

 先生が注射針をギオマに刺そうとしているのが見えたので、俺はギオマの視線を
違う方向に誘導して見せた。
 先生もそれに気づいたのか、さっとぶっ刺して処理する。
 ……やるな、先生。
 マーグ先生と華麗に連携プレイを決めたみたいだ。

「ぐわっ! ちくっとしたァ! 何をするゥ! 己ルイン。図ったなァ!」
「はいはいこういうのはちゃっちゃと済ませる方がいいんだって」
「はっはっは。君たちは仲が良くていいね。それにしてもルイン君とは縁がある。
私はこれから町に戻るが、また何かあったら来てくれよ」
「ええ。マーグ先生、お金は?」
「今日はいい。薬も余り分だ。珍しいものを見せてもらったからな。ではね、ギオマ君。
あまり無茶はしすぎないように」
「ギオマ君だとォ。この魂吸竜ギオマに向かってェ!」
「こらギオマ。心配して診てくれたんだ。礼は言うべきだろ」
「グヌゥ。我は礼儀を重んじる竜だァ。礼は言う。すまぬなァ。人間よォ」

 こういうところは結構しおらしいんだよな。
 俺もギオマと一緒に礼を告げる。
 ギオマは痛みが引いたのか、自分でもう歩けるという。
 本当に驚異的な回復力だな。さっき先生が打ってくれたのは痛み止めも含まれてた
のかな? 

 ――治療した場所から外へ出ると、皆心配そうに待っていた。
 レオ殿がナチュカーブを用意してくれていたので、俺たちは紅葉洞から
ナチュカーブに乗って、死霊族の住まう場所へと再び旅立っていった。
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