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第五章 親愛なるものたちのために

第七百七十一話 狙われたのはやっぱり

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 扉を開いて入って来たそいつは、見た事が無い奴だった。
 青色の濃い髪に指輪をめいいっぱい装着し、眼鏡をかけた一人の男。
 服装からして、お偉いさんって感じだが……。
 早速俺を目の当たりにしたそいつの表情は、驚きに満ちている。

「信じられん。もう目を覚ましているのか。高い抵抗力を持っているのか或いは……
いや、起きているなら話は早い。まだ動けないだろう? 口も動かせないか」

 ……おいおい、簡単に情報をくれるとは有難いな。
 そんな強い睡眠薬だったのか。
 そういう素振りを見せればよさそうだな。

「く……う……」

 そして俺へと近づき、懐をまさぐり始める男。
 ……持っている何かが狙いか。そうするとやっぱり狙いは……伝書だ。

 つまり、グレンさん、レオさんか、或いは……司書だ。
 俺が伝書を持っていることを知っているのはこの三名しかいないはずだ。
 
「……無い。おい、一体どこに隠した。こいつ、まさかもう売り払ったとでも
いうのか? いや考えられん。伝書が売り払われたら騒ぎが起こる。
まさか騙されて……いいや私の書物を見たはずだ。絶対もっているはずだ! ありえん! 
くそ! この役立たずが!」

 動けないフリをする俺へ、蹴りを数発入れると、男の顔が真っ青になっているのがわかる。
 こいつ今、確かに私の書物……そう言ったよな。

 ……そういうことか。
 こいつの名前は恐らく、アーク・ウェイドスタン。伝書の発現方法と用途の著者。
 これも本名ではない可能性もあるが……いや、本名を記しているはずだ。
 その方がこいつにとって都合がいい。

「まさか、あの鍛冶屋で落としたのか? そうなんだろう! なんとか言え!」
「あ……う……」

 お前の眠り薬の設定でこっちはうまく喋れないんだよバカが! 
 つまりあの本は、伝書をこいつが入手しやすいようにしむけるための嘘が
ちりばめられている可能性のある本だったってことか。
 伝書は途方もない価値があると聞いた。
 ばれないようにしまっておくだけでもダメ。
 使用できる方法を模索すると……こうなるってわけだ。
 売り払った場合のケースや、もし泉の水を飲む事が事実だった場合に、本に載っていた
泉にも罠を張り巡らせている可能性はある。
 ここまで用意周到にやるってことは、本当に貴重な物なんだな。

「くそ。さらってきたのは誰にも見られてない、見られてないはずだ……どうする。
こいつをどうする。いや待て落ち着け。バーニィの家のものだったとしてもこいつが
バーニィの手の者じゃないことは確かだ。そうだ、グレンも……さらってしまえば
いいんだ」

 それを聞いた途端、俺はもう行動に移っていた。

「動くなよ、おい」
「ひっ……な、なぜ動ける」
「黙れ。さもないと本当に殺す」

 俺は懐にしまっていた、錆びたナイフ二本を手に取り、奴の首へと当てていた。
 奴は完全に俺が動けないものと認識して何一つ行動していないまま背後を取ることが出来た。
 聞ける話は聞けたし、こいつが悪党であることは認識した。
 グレンさんをさらおうとしているって事は、グレンさん側の人間じゃない
ということも確か。

「お、落ち着け。俺は何も取ってない。ただの勘違いだったようだ。本当にすまない。
すぐに釈放するから……」
「黙れ。狙ったのは伝書だろう。今までこうやって何人から伝書を奪ってきた」
「か、勘違いしてもらっては困る。私はただ……そう、怪しい奴が図書館へ来た
知らせを受けて。それで君を拘束しなければならなかったのだ。そして、君が図書館
から大切な本を持ち逃げしたと司書君から聞いてね。それを代わりに受け取り返そう
と、そう思って……」
「でたらめを言うなよ。アーク・ウェイドスタン」

 名前を呼ぶと、そいつはより一層青ざめ、驚愕した北条となり、額から
汗が噴き出る。
 
「な、なぜ私の名前を」
「お前が書いた本を読んだ者がいたら、直ぐ通報するように伝えていたのだろう。
それに若干違和感を覚えていたことがある。なぜ伝書に関する本がC6という変な場所
だったのか。
本来D4じゃなかったのか? 普通図書館てのはもっとわかりやすい配置にするものだろう。
まぁそんな事はどうでもいい。伝書についてお前が知っていることを
ありったけ話してもらおうか。さもないと……」

 更にナイフを近づける。別に殺したりしないけど。

「ま、待て。私を殺せば……いや、わかった。教える。教えるよ。
その前に伝書を見せてくれ」

 そう言うと、こちらの様子を必死に伺おうとするので、軽く首を絞めてやる。
 
「動くな」
「ぐっ……ひっ……」
「伝書はもう所有してない。処分した」
「な、何だと。一体どこへ。そんなに時間は無かったはずだ!」

 俺は少し思案する。あの鍛冶屋の家紋。あの場所なら守られている可能性は高いだろう。
 そもそもこいつが権力者で、どこでも奪えるなら俺はもっと早く危険な方法で襲われていた
はずだ。レンブランド・スミスの中で襲われなかったってことは、その場所が襲うには適さない
ってことなんだろうし……それなら少々、レンブランド・カーィに仮を作るとしよう。

「レンブランドスミスに、杖を新調してもらおうと思ってな。所有していた杖はただのサイズ
あわせのものだから、杖自体に価値は無い。その三本の杖で色々試した上、その三本の
杖を引き換えに国宝並みの杖と変えてもらう予定だった。だが、杖が一本しかないんだ。
どうしてくれる? 貴様のせいで伝書だけレンブランド・スミスに渡ってしまった
だろうが」
「な……」
「つまり俺が伝書を失ったのはお前のせいということになるわけだ。
伝書は既に無く、引き換えられる杖もない。さぁ、責任をとってもらおうか」
「まま、待て。レンブランド・スミスの誰に」
「誰でもいいだろうが! お前のせいなんだよアーク。襲われた事はバーニィの家の者に
伝える。罪を軽くしたいのなら、伝書の事について吐くんだな。貴様がこれまで襲った人数や
動機も含めて洗いざらい全部だ」

 俺はあえて嘘をついた。
 当然こいつをレンブランド・スミスに向かわさせたりはしない。
 こいつは恐らく伝書を確認すると、何かができる自信があるのだろう。
 そんな奴に伝書を見せるはずがない。

「なんてことだ……ならいっそ、ここで力を解放してやる!」
「おい動く……な……?」

 奴が再び動こうとしたので、静止しようとしたその時だった。
 奴の体全体を、文字が渦を巻きながら這いずり出した! 
 
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