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第五章 親愛なるものたちのために

第七百六十話 分け明かりの宿にて

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 宿に到着すると、中は暖かく、外と同じような光を発している。 
 受付には初老の女性と、モジョコと同じくらいの背丈の女の子がいた。
 
「あら、いらっしゃいませ。今晩の宿をお探しですか?」
「夜分に申し訳ない。グレンさんに紹介されて。一部屋空いてたらお願いできるか? えっとお金は」
「まぁグレンさんの? それでしたらいい部屋をご案内させてもらいます。今日はもう遅いので
夕飯はご用意してありません。ですので本日分は銀貨一枚、明日以降もご宿泊予定ですか?」
「ああ。明日一泊はしていくことになりそうだ」
「でしたら明日分も合わせて、お二人で銀貨五枚です」
「随分と安いが、いいのか?」
「ええ。グレンさんのご紹介なのでしょう? それに……こんな小さいお子さんを
連れて夜分にお越しくださるなら深い事情があるのでしょう……あら、お子さん少し具合が悪そうですね」
「ああ。これからグレンさんが医者を呼んできてくれる予定なんだ」
「ミット。急いで毛布と桶、それから布を部屋まで。何か食べれそうなものもお持ちします」
「いいのか? お金、銀貨一枚しかとっていないだろう?」
「いいんですよ。見た所ミットと同じくらいのお年頃のお嬢さんじゃありませんか」
「実は、孤児で……行きがかりで助けたんだ」
「そうだったんですね……このようなご時世でよくできたお人ですね。でしたらますます
お金なんて頂けません」
「しかし……何か代わりに手伝える事があれば俺がやろう。見た所そちらも
女手だけだろう。力仕事を代わりに手伝わせてくれないか?」
「ですが……お客様にそのようなこと……」
「代わりにこの町の事とかを聞ければそれでいい」
「わかりました。それでは少々重たい物を動かすのを手伝ってもらってもよろしいですか?」
「ああ。モジョコを寝かせつけたら、医者が来るまで手伝おう」
「ありがとうございます」

 部屋まで案内してくれたミットと呼ばれた女の子は、心配そうにモジョコを覗き見る。
 背丈も同じくらいだが、モジョコは飢餓状態から戻ったばかり。
 ふくよかさが段違いだ。
 沢山食べさせて、この子くらいふくよかになってもらわないと。

「悪いねお嬢ちゃん。その年で家の手伝いとは感心だな。そうだ……モジョコの
話し相手になってやってくれないか? ちゃんとお礼はするから」
「……いいの? 私、すっごく話してみたかったんだ。でもこの子、調子悪そうだね。
よくなってからお話するね」
「そうしてくれ。しばらくしたら医者が来ると思うんだ」
「それならそれまで、ちゃんとみていてあげるね。おじさん、お仕事手伝ってくれるんでしょ? 
凄く困ってたんだ」
「おじさん……おじさんか……そうだよな……おじさん……おじさん……」
「どうしたの?」
「な、なんでもない。それじゃモジョコのこと、頼んだぞ」
「うん」

 ミットにモジョコを任せると、宿屋の女将さんのところへ行く。
 大きな瓶を奥まで運んでもらいたいらしく、それらを軽々と持ち上げてみせると、とても驚かれた。

「まぁ。私じゃ全然持ち上がらないのに、力持ちなんですね」
「これでも男だ。これくらい持てないで男は務まらないだろう」
「とっても助かります。力仕事が出来る男手は最近少なくて。娘の将来の婿に
なるような男もちっとも見つからなくて、困ってるくらいです」
「娘さんてあの子か?」
「いえ。あの子は娘じゃなく、長男の……忘れ形見ですよ」
「……聞いたらまずかったかな……よし、瓶はここだったな。後は?」
「ではそこの……」

 一通り動かして欲しそうな重たい物を、片っ端から動かしてやった。
 男手ってのはこういう時とても必要なものだ。
 力になってやれるだけ鍛えてもらったシーザー師匠には感謝しないと。
 
「本当に助かりました。ありがとうございます。それと、これはお礼代わりに。
私が書いた町のおおまかな地図です」
「それは助かる。この町に来たばかりでどこがどうなっているのかわからなかったんだ」
「本当は直接案内してさしあげたいのですが、私と娘、それとあの子で切り盛りしている宿でして」
「いや、いいんだ。こんな安くていい宿だ。さぞ人気があるのだろう」
「それが、最近は町を訪れる方が減ってしまって。以前は隣国からよく訪問者が
いたんですけどね……」
「そうだったのか……そういった話を聞けるだけでも有難い。おや……」
「ぜえ……ぜえ……すまない。遅くなった」
「急病の者がいるのはこちらかな?」

 重い物を運び終えて女将さんと話をしていると、グレンさんと医者と思われる白髪の男性が
宿を訪れた。
 急いで手配してくれたのか、グレンさんはバテバテだった。

「グレンさん、いい宿を紹介してくれてありがとう。モジョコは部屋に寝かせてある。
あなたがお医者さんですね?」
「ああ。ご令嬢が慌てて飛び込んできたのでびっくりしたよ。ちょうど閉めようとしていたところだったんだがね」
「ご令嬢……?」
「こほん。マーグ先生、そんなことより患者さんを」
「ああ、そうだったね。部屋はどちらかな?」
「真っすぐ進んだ奥の左側の部屋です」
「俺も行きます。女将さん、また手伝うから後でぜひ話し相手になってもらえると」
「ええ。喜んで。グレンさん、素敵なお客さんを呼び込んでもらえて嬉しいわ」
「あーははは……ジパルノグ随一の宿屋を紹介するのは当然でしょう……あの、私も
心配なので見に行ってもいいか?」
「ああ。医者を連れてきてくれたんだ。当然だよ」

 マーグ先生と呼ばれた医師を連れて、部屋まで戻ると寝かされたモジョコに
絞った布をおでこにかけてくれているミットがいた。
 心無しか少し安らいだ顔になっているように見える。

「直ぐ診察をしよう」
「お願いします」

 モジョコの診察具合を見ると、聴診や瞳孔、脈診、熱の具合や健康状態を図る。
 
「熱はあるようだね。それからしばらく飢餓状態だったのだろう。栄養が急激に送られ、処理
しきれずに臓器が悲鳴をあげたようだ。余程美味しいものでも食べたのだろう」
「それは、心当たりがあります。この子を助けた過程で」
「うむ、深い事情がおありなのだろう。何せあのグレンさんが青い顔をして
飛び込んできたのだからね」
「先生! その話はもういいでしょう?」
「はっはっは。ひとまず薬となる適切な栄養分の薬を渡しておこう。そのまま暫くゆっくりと休ませなさい。
美味しいものを食べたいのもわかるが、時間をかけて元に戻していきなさい。それと綺麗な水を十分
飲むように」
「はい……そうか、聞いた事があるな。リフィーディング症候群を引き起こしていたのか……」
「特にこの子は生まれつき小さい体格のようだ。尚更気を付けてあげるんだよ」
「ええ。先生、ありがとうございます。お題を支払いたいので、あちらへ」
「ああ。今回はグレンさんの紹介なので金貨一枚で」
「わかりました。ありがとうございます。処方代は?」
「それも含んでいるよ。もしまた何かあったら直ぐ、マーグ医院を訪ねなさい」
「わかりました。ありがとうございました」

 先生にお礼を言うと、一息つく。
 やはり医者は凄いな……俺では気付いてやれなかった。
 親となればこういった細かいところにも気づいてやらないといけない。
 子供の命を預かるのが親だ。最大限の気遣いをしてやらないと。
 そしてこれは産まれてくる俺の子供にも言える事だ。
 
「ひとまず、大事ではなくてよかった……モジョコの頭を撫でてやってもいいか?」
「グレンさん、その前に……ご令嬢ということはどこかのお嬢様だったのか? 
それならこんな夜分に出歩いていると、親御さんは心配するだろう。
医者を連れてきてくれた事には感謝している。
だが、グレンさんも心配をかけている人がいるなら早めに戻ってやるといい」
「……そうだな。わかった。ではまた明日、伺うとしよう……」
「ああ。モジョコを撫でてやったら宿の入り口まで送るよ」

 よほどモジョコを撫でてやりたかったのか、そういうととても嬉しそうな顔になる。
 本当、分かり易い人だな。もしかして、既にモジョコへ親心が芽生えているのだろうか? 
 だとするならモジョコ次第ではグレンさんに預けるのも悪くはないのかもしれない。
 伝え方を間違えるとモジョコはショックを受けてしまうだろうから、直ぐには切り出せないけれど。

 安らかに眠っているモジョコの頭をグレンさんは嬉しそうに撫で終えると、宿の出口まで
同行する。

「明日、採掘を終えたら図書館にも行きたいんだが、構わないか?」
「ああ。私も図書館へ借りていた本を返却しようと考えていたんだ。一緒に同行しよう」
「それは助かる。ではまた明日に……と思ったけど女性が夜に一人歩きして平気か?」
「ああ。この辺りは治安も良く、私を襲ったりするような奴はいない。この隊章を見て
襲い掛かるなんてただの命知らずの大バカものだよ」
「そうなのか……」

 グレンさんに別れを告げると、モジョコのところまで戻る。
 面倒を見てくれていたミットにはお礼を告げ、後はこちらで看病するからと告げ、ミットも
部屋を後にした。
 
「……やっぱ、起きてたのか」
「うん。他の人と話すの、ちょっと怖いの」
「あの子はミットって言う宿屋で働く少女だ。モジョコと同じくらいの年だったぞ」
「そうなんだ。モジョコ、全然見えてないの」
「モジョコ。見えてなくても見えていても、それを理由に誰もかれもがモジョコを
嫌ったりはしない。あの子はモジョコとお話がしたかっただけみたいだ。
あの子も……恐らくは両親を失っているようだ。家族はいるようだけど。モジョコも
同じだろう?」
「モジョコはもう、家族はいないの」
「ここにいるだろう。少なくとも俺は、モジョコの家族だ。俺がモジョコを引き取ったんだからな」
「ルインお兄ちゃんは、モジョコの家族……」
「そうだ。俺には他にもいーーっぱい家族がいる。モジョコはそのいっぱいの
家族のうちの一人だ。だから安心して他の子と話をしてみるといい。家族の話を
聞かれたら、俺の話をすればいい。そうすれば楽しく話ができるはずだ」
「うぅ……うっ……ううっ」
「おい、どうした? 大丈夫か?」
「ううん。嬉しいの。嬉しいと涙が出るの……」
「そうか……それならいっぱい泣いてもらおう。嬉しくて仕方が無くなるほどにさ」

 溢れる涙は生きてる証。
 嬉しく感じる涙は、それが今まで辛かった証。
 一人の少女は救われて、辛く生きる道を終える形ではなく、救われる形で進む事が出来る。
 それは本来許されるべき生きる道。
 手を差し伸べてくれる人がいる。ただそれだけで、人は強く生きられるのだから。
 
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