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第四章 シフティス大陸横断

第七百十一話 羨望の夜明け

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 昨晩を通り越し、現在は朝。
 暖炉に十分な火をくべ、見張り役を買って出たパモとピールを除き、全員くつろいでいる。
 といってもピールは半分暖炉の前で寝ていたが……パモは俺の封印内でぐっすり休めるので
意気揚々と見張りをしてくれていた。

 そして俺は……桶に氷をぶち込み、それを熱してお湯にする作業を勤しんでいる。

「この先風呂なんて入れないだろうからな……ここが最後の休憩所だと思ってしっかりやっとこう」
「あなた様。湯は沸きましたか? 朝食の準備……出来ていたのでございますが……」
「……が、プリマに全部食べられたか」
「はい。よくおわかりでございますね」
「そりゃそうだろう。あいつがまさかご飯食いだとは思わなかったよ」

 そう……ご飯食いとは、前世にもいた希少種。
 おかずちょっとでご飯三杯はいけるというやつだ。
 実際に目にしたことがあった奴は、そんなぬるいレベルではない。
 何を食ってもご飯だけがなくなるのだ。
 それほどに米好きなのだろう。
 いいことだ。プリマを暴れさせずにしておくには、米を用意すればいいわけだ。

「ですので何か代わりに果物などはございませんか?」
「オレンジならある。後は……いやそんな羨望の眼差しでみられても、アップルパイはないぞ」
「はぁ……やはりそうでございますか。この役割を早く終えて、あの町で同じものを
作ってみたいのでございます」
「そういえば、アメーダは役目を終えたらシカリーの許へ戻るんだろ?」
「アメーダが戻るのでございますか? それは難しいかもしれないのでございます?」
「へ?」
「え?」

 あれ、おかしいな。何か話がかみ合わないぞ。
 任務の間借りた執事……じゃないのか? 

「あれ? 任務で俺についてきたんだよな」
「はい。任務であなた様に憑くよう仰せつかったのでございます」
「ええと、だから任務まで俺についてきてくれるってことだよな?」
「いえ、任務であなた様へ憑くようシカリー様に仰せつかったのでございます」

 おかしいな。言葉が通じていないぞ。
 任務でついてきた。
 任務で……憑いて……あれ? 

「もしかして俺、取り憑かれたってこと?」
「幽霊のように言われるのは心外でございますが……そういうことでございますね」
「確かに幽体じゃないけどさ……それでシカリーに本気かどうか聞いていたのか」
「はい。シカリー様の言いつけ通り、任務完了までしっかりとお役目を
果たす所存ではございますが、アメーダはあなた様を主として行動しているのでございますよ」
「全然気付かなかった……」
「あなた様を絶対死なせないよう仰せつかっているのでございます。
それより……沸騰しているのでございますよ」
「やべっ! やりすぎた……っていってもこんな極寒の地じゃ直ぐに冷えるか。
さて、俺が先に済ませてもらう。オレンジ、渡しておくから皆で先に食べててくれ。
湯はまた俺が温めておくから」
「お背中、流させて欲しいのでございます」
「いらんわ! 早く戻ってあいつらに食わせてやらないと、ジュディとプリマが喧嘩したら大変だろう。
気遣いし過ぎずアメーダはアメーダのしたいことを優先すればいいさ」
「残念でございます……アメーダの優先したい事……でございますか。
お背中を流す事以外でございますと…………あまり考えた事がないのでございます」
「なら、それを考える事も含めてアメーダの仕事な。さ、行った行った」

 このままじっと見られてると入れないんだよ風呂に! 
 これ以上嫁たちに妙な言いがかりなどをつけられるのは御免こうむりたい。
 しかし……はぁ。どう見てもメルザのような女性が
取り憑いて離れないというなら、これは激怒案件確定だろうな……。

「はぁ……熱っ! 氷、入れるか……」

 ――――さっさと風呂を済ませると、再度温度調節を行い、プリマとアメーダに入るように伝えた。
 ジュディは部分的に洗うようにしないと、風呂から出るのが大変らしい。
 なかなかに大変な体なんだな……何かいい案がないか、町に戻ったら他の者に聞いてみるか。
 無機人族……彼らについての生態は気になっているところだ。
 単純にスライムというわけではない。局所的に液体へと変貌できる肉体を持ち、その影響で
腕を切り離して投擲武器として使用したり、それらを瞬時に戻したりもできる。
 さらに高い跳躍なども可能で、着地による衝撃も無効にできるという。
 便利な体の分、何かしらのリスクも負うってことだろうな。

 暫くして、さっと湯船に浸かったプリマとアメーダが小屋へと戻って来る。
 プリマは俺を見るやとびかかって来た。

「米が食いたい」
「もう無いって。この時間から神風橋を目指さないと間に合わないんだから、作ってる時間はないぞ」
「だったら早く行こう。行って戻ってここでまた作る」
「ここだと適当な道具もない。本当に美味い米が食いたかったらニーメに最低限の道具を
作ってもらう必要がある。それに……米を待ちわびてるのはプリマだけじゃないんだ。
ルーンの町まで我慢出来たら沢山食わせてやる。だからしっかり俺の言うことを聞くんだぞ」

 ……なんかキラキラした熱い眼差しになったな。
 おとなしくしてくれるなら、特に言うことはない。

「ジュディはどうだ。体洗えそうか?」
「ああ。少しだけ借りるとしよう。しかし湯を使って体を洗うとは斬新な発想だな」
「普段はどうしていたんだ?」
「泉の水を使う。その後は暖炉で温まる」
「想像しただけで身が凍りそうだ……」

 そういえば極寒の湖に浸かる習慣がある国が、前世にあったな……フィンランドだったか。

「氷術の使い手が何を仰っているのでございますか」
「……あれは使用している本人が寒いわけじゃないんだって。さて、それじゃ……」

 ジュディの準備ができるまで少し待ち、俺たちは一晩明かした小屋を後にする。
 パモには十分寝てもらう事にしよう。

 いよいよ神風橋目前。一体どんな世界がこの先待っているのだろうか。
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