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第四章 シフティス大陸横断

間話 悲しき宿命に終わりなき愛を アルカーン、その一

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 遠い昔のフェルス皇国ペシュメルガ城にて。

「デシアよ……言いにくいのだがこの子はもう……」
「姉さままで、何を言うの? アルは、まだ何一つ楽しい事もしていない。
嬉しい事もしていない。母様とだって言ってはくれていないのよ。ああ、どうして……こんな。
急いで治療を出来る者を……お願いよ。誰か、この子を助けて……」

 デシアと呼ばれた白銀色の美しい髪の女性は、姉の悲しそうな顔に耐えきれず、赤子を
抱えたまま外へ出る。

「まだ生きてる。息はしてる。でも……でもこのままだともう! どうしてこんな。
私の大事な赤ちゃん……」

 子供は一切の反応がなく、身動き一つしていない。
 泉のある場所まで走ると、しゃがみこみ泣き始めてしまった。

「ううっ……どうして、どうして……アル……お願い、誰かアルを助けて……」

 すると泉からボコボコと湧き上がるものが発生して、一つの丸い玉が出現した。
 浮かび上がる玉を見ていると……美しい女神のような存在が、その玉を片手に携えていた。

「助けてあげてもいい。けれど、それは災いを呼ぶかもしれない。君自身にその災いはふりかかる
かもしれない。それでも願うかな?」
「ええ! 私なんてどうなっても構わない。この子が助かるなら、何だっていいの! お願い……
アルを……アルカーンを助けてちょうだい……」
「フェルド家に名を連ねる者。いいよ。さぁ泉の中へ。急いで」
「はい……アル……アル」

 かざした玉を受け取ると、それはアルカーンと呼ばれる赤子へと溶け込んでいった。
 暫くして……アルカーンの目が開く。
 それは何かを確かめるような、探るような目だった。

 自分に近づく母親の顔を見る。そして額にキスをされた。

「ああ、アル……よかった、あの、ありがとうございます。神様……でしょうか。
それとも強い魔族の方でしょうか。どうか、お名前を……お礼をさせてくださいませんか?」
「礼は必要ない。代償は伴うからね。いつか運命の歯車が廻る。その時彼がどんな選択をするのか。
見守っているよ。とても近いところで。さぁお行きなさい」
「はい!」

 デシアは頭を丁寧に下げると、愛しい赤子を連れ、城へと戻っていった。

「……イネービュ様。よかったのですか。あの女にもうその子供の魂は無いと伝えなくても」
「ブネ。それを言う必要はあるのかな。時の管理者としての器。時の管理者としての成長。
そして……妖魔として接する者たちの成長。アルカーンとしてのカイロス・イェネシー。
彼がカイロスではなくアルカーンとなればいい」
「しかし、カイロスはそれを受け入れるのでしょうか」
「大丈夫。あれだけ子供を思う姿をみたんだから間違いないよ。彼にとって大きな成長となる。
それを見届けよう。それまでは一切他言無用だからね?」
「わかりました……」


 ――――それから、数年の時が流れた。
 俺はアルカーンとして育った。俺の国は俺を産まれ宿した場所とは別の場所にあった。
 そこを襲撃してきた者がいた。
 どこで聞きつけたのかはわからん。
 俺の力の一端を知り、襲ってきたもの。それは母として俺を育てた者を容易く葬った。
 母は俺に出来た弟を庇い、死んだ。
 あまりに咄嗟の出来事。俺は封じられた器が小さすぎて、力を上手く発揮出来ず、目の前で母を見殺した。
 
 母はなんとなく気づいていたのかもしれない。
 俺がもう、死んでいたことに。だが……命を与えられた俺を、本当の子供の用に育ててくれた。
 それでも何の感情もわかなかった。
 浮かんだのは疑問だ。
 なぜ俺を育てるのか。
 俺をどうしたいのか。
 俺が一体何なのかを。
 神は言った。俺は管理者として成長せねばならないと。
 そのためには今のままではなく、肉体が必要。
 幾度も繰り返し肉体を与えては消滅をさせてきたらしい。
 そのたびに肉体があった頃の記憶はかき消される。
 俺と言う存在は何なのか。
 神の玩具でしかないのか。
 わからなかった。だが与えられるだけの使命をこなすつもりなどない。
 俺に助けられた二つの命を抱え、俺は転移していた。
 肉体を与えられた場所。最も深い記憶。
 あの時母が見せた嬉しそうな顔を、思い出していた。
 強い雨が降る……そんな中、泣き叫ぶ妹の声。

「わからない。どうすることが正しかったんだ? 俺には時を刻むか、止めるかしかできん。
戻す事は、出来ない。成長すれば戻す事も可能なのか? いや……戻して何になる。
また同じ時が刻まれるだけだ……母よ、俺はどうしたらよかったのだ? なぜ、何も教えて……」
「大好きよ、アル。あなたが立派に成長してくれれば、お母さんはそれだけで嬉しいの」
「……俺の役目はこいつらを立派に成長させること……か」
「アル。お兄ちゃんなんだから我慢してね。いつもリルやサラの面倒を見てくれてありがとう」
「我慢をして、見守ればいいのか」
「アル……愛してるわ……」
「母の代わりに精一杯、こいつらを愛してやればいいのか……わからない。だが、それもまた使命かもしれない」
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