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第四章 メルザの里帰り

第三百八十八話 大和撫子

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「ふぁー、いつの間にか寝ちゃったか。おはようリル」
「やぁ。僕もいつの間にか眠ってしまったよ」

 昨日話し込みながら、二人で雑魚寝してしまったらしい。
 せっちゃんの宿は結構広いしベッドも複数ある部屋だらけだ。
 飲み水用の容器などもちゃんとおいてあるし、セシルが綺麗に片づけているのか、部屋の隅々まで
掃除が行き届いている。綺麗好きとしては有難いな。
 そもそも前世のいた国最大の魅力は衛生面だったし。

 伸びをしながら水を汲み、リルに渡すと二人で飲み干す――――と、何か部屋の入口あたりが
騒がしいので開けてみた。

 ずざー--っとなだれ込む女子三人。こいつらまた……。

「何してんだ、ライラロさん、サラにベルディア」
「べべ、別にお兄ちゃんとルインが変な事してるなんて思ってないわ!」
「このバカ。いきなり確信から言うんじゃないわよ!」
「ルインの初夜が男ってまじっしょ? ありえないっしょ!」
「何言ってんんだお前ら。俺はリルと……その、美しい花の育て方を話していただけだ。なぁ? リル」
「え? うん。そうだよ。スイレンって言う花がどう育ったのかをね」
「それってルインの事じゃ。きゃー-」
「おい。それより三人ともちゃんと寝たのか? 俺はココットとニーメのところに行ったら
メルザを連れて出かける予定だけど」
「無理―、私ら女子会してたから、これから寝るとこなのにルインがいないからさぁ……」
「探して寝込みを襲おうとしてたっしょ。そしたら……」
「男と雑魚寝なんてまったく。あんたは本当ベルディスに似てるわね」

 プンスカしている女性陣。どのみち寝てないならついてはこれないな。
 リルも妖魔の国へカノンと向かうようだし、ここでしばらくお別れか。

「リル。お互いに気を付けて落ち合おう」
「うん。僕らの方が先に着くだろうけどね。アルカーンにあったら色々伝えておくよ。
ルーニーの事もなるべく早く戻すよう伝えておくから」
「そっちも大変だろう。無理はしないでくれよ。フェルドナージュ様の位置はわかるのか?」
「ううん。フェルドナージュ様の位置はわからないけど、これがあるでしょ?」
「そうか! フェドラートさんの! ……ああ、ルーンの町じゃわからないのか」
「そうだね。流石にここは亜空間すぎるでしょ。言うなればアルカーンの空間みたいなものだし」

 二人でクスリと笑いあい、拳を重ねた。相変わらずいい顔してる。妖魔のプリンス。
 ベルローゼ先生とは違う方向で格好いいな。

『やっぱり、男っていいわねぇ……』

 怖い視線に気づいて俺たちは慌てて拳を離す。

「さて! まだまだ忙しい。三人共ちゃんと寝ておけよ。キゾナ大陸経由でドラディニア大陸まで行く。
何日かかかる可能性もあるから、その間にシフティス大陸へ行く支度をしててくれ」
「うん、わかったっしょ。イーちゃんと少し特訓しておく予定だから」
「私は戦闘の幅を広げるために、妖術の練習かな。ストラスの技に頼りっきりになってるし。
真化の練習もしないと」
「私はお菓子巡りしてくるわね。あんたたちはちゃんと鍛えておきなさいよ。あの大陸、結構
やばいんだから」
「カノンを見なかったかい?」
「お兄ちゃん、それ聞いちゃうわけ?」
「え? だめなのかい? 主やファナもいないみたいだけど」
「そーいやファナとメルザは寝にいくっていってどこいったんだ?」
『はぁ……男ってダメね』
『えっ?』

 だめだ、会話が通じない! これが女の空気を読めという奴なのか? 
 俺はリルと顔を見合わせ、目をぱちくりさせる。
 わからん。俺もリルも男だ。まったくわからん。
 
 メルザを探しに行ってはいけないようなので、ニーメの鍛冶工房へ向かった。
 ここへ来るのは久しぶりだ。入口に入るとすぐ、マーナが近寄って来る。人形のマーナ。どうにか
戻してやりたいが……マーナの魂はもしかしてタルタロスが関与しているのか? 

「お兄ちゃん、お帰りなさい。どうしたの?」
「ただいまマーナ。出かける前に顔出ししたくて。それとココットに渡したいものもあるんだ。
っといってもメルザのポーチの中に入れたまんまなんだけど。これはまた今度かな」
「ニーメちゃんがね、話しておきたいことがあるみたいだよ。呼んでくるね!」
「マーナ。ちょっと待ってくれ。実は……」

 俺は地球に居た頃の遊びの話をマーナにした。おはじきはこの年代でよく知らないよう
だったが、さすがは女の子。布の折り方などにはかなり詳しいようだ。
 ……いや、きっとぬいぐるみの体でも出来る事を必死に探したんだろう。
 もう十分だろう。この子は悪くないんだ。どうにかして人の体に戻してやりたい。
 だがイネービュに掛け合った所で難しいだろう。そうなるとブネかタルタロスしかない。

「……俺が必ず戻す方法、見つけてやる」
「え? なぁに、お兄ちゃん」
「なんでもない。マーナ。ニーメと仲良く育ってくれ。必要なものがあれば揃えるから」
「うん! 私も出来る限り何かお手伝いするよ! それに、ニーメちゃんとは結婚するんだから!」

 しゃがんで頭を撫でてやると、ニーメを呼びに奥へと走っていく。
 責任、罪、恐怖、そして反省と贖罪。人に課せられる重み。あんな小さい子でも本当に
受けねばならないのか? 
 俺にはわからない。人の善悪の尺度は個人個人で判断がまるで違う。
 社会的弱者がそれだけで悪なのか? 生まれながらに働く必要のない地位はそれだけで善なのか? 
 正しいとは、悪いとは一体何なのか。それは別の世界に来て本当に考える事だった。
 
「せめてここでの人生は、マーナにとって幸せであるように、大人が頑張って作りあげなきゃいけないんだよ。絶対に」
「……若者よ。一人で背負いこむな。お主は一人じゃない。多くの助けがあろう。
お主のような偉丈夫。そうそう見かけられるものではない。この地へ来て一番の成果かもしれぬ」
「うわっ! びっくりした。誰……爺さんか」
「ほっほっほ。まったくわしをあのような美人の許へ置いていくとは。先ほどの話、少しだけ聞かせて
もろうた。ここは本当に不思議な場所じゃが、立った一日いただけでもわかる。
このような優しい町、わしゃ見た事がない。主殿というのは相当に素晴らしい人物なのじゃろうな」
「ああ。メルザはさ。誰よりも他人を大事にしてしまうんだ。そしていい意味で寛容だな。
大抵の者は気にせず受け入れてしまう。純粋で無邪気。俺の居た国でいう大和撫子ってところだ」
「大和撫子? はて、聞いたことがないんじゃが、どういう意味かの?」
「大和という国における女性を例えた話さ。一見弱そうに見えて、いざという時にその芯が非常に強い。
由来は秋という季節に咲く七つの草の一つだ。例えばこんな短歌がある。なでしこが、その
花にもが、朝な朝な、手に取り持ちて、恋ひぬ日なけむ」
「美しい調べじゃな。お主の祖国の歌か」
「万葉集という、多くの短歌を集めた書物。その中のお気に入りだな。あなたが撫子である
ならば、毎晩でもあなたを愛でようという、願望がある短歌だよ」
「お主の国にはもう、大和撫子はおらぬと?」
「時代は変わった。男も女も昔の形態とは違うだろう。だが俺は、例え苦しくても不便でも。
みんなが楽しめて暮らしていた時代の方がよかったんじゃないかって思うんだ。火事と喧嘩は江戸の華 
なんて言葉もある。こいつは喧嘩すりゃ目立つが飲食で仲直りする江戸の風物詩ってやつだったらしい。
分かり合うまで殴り合ったっていいじゃないか。気持ちをぶつけあえるんだ。陰湿な喧嘩よりよっぽど
スッキリするだろうさ」
「ふうむ。わしにはよくわからぬが、お主の居た時代はあまりよい時代じゃないようだのう。
しかし随分とお主の人となりを見させてもらうことが出来た。そろそろ話してもいいかもしれんのう」
「ん? 爺さんはここにハーヴァルと話す以外の目的があるのか?」
「いや、実はのう。信における人物を探しておってな……」

 と話そうとしているところで、ニーメがやってきたので一時中断した。 
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