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第六章 強くなる
第百二十四話 時間凍結の部屋で
しおりを挟む「――塩っぱい」
背後から、四ノ宮がぽつりと零した。
「塩素の味がしますね」
「泳いだ直後だからな……不味いだろ?」
「いいえ? 水着って感じがして、この方が興奮しますよ」
「……変態」
オレの罵倒などお構い無しに、四ノ宮は行為を続行した。項から背の中程まで、ぬるりとナメクジの這うような感触が伝っていく。
辿られた背筋がぞわりと痺れ、胸元に回された四ノ宮の手指すらこそばゆく感じて、息を詰めて黒板に爪を立てて堪えた。
水泳大会中で生徒の出払っている今、校舎は閑散としている。四ノ宮的には「本当はプールの更衣室の方が雰囲気が出て良かった」らしいが、そちらは今だと人の出入りが多い為、断念したのだとか。
「それに、普段勉強している教室を穢すのって、興奮しませんか? この先毎日、授業中も僕との行為を思い出すことになるんですよ」――なんて、またもや悪趣味なご意見の元、連れてこられたのは二年A組、オレの教室だった。
カーテンの閉ざされた無点灯の室内は、まだ夕暮れ前にも関わらず随分と薄暗い。二人きり、貸し切り状態のそこには、微かに湿った音が響いている。
肌を舐る音。濡れた水着越しに、四ノ宮の雄がオレの尻と股間に擦り付けられる音。それは断続的に続いている。執拗に、何度も。
プールで冷えた身体は今や鴇色に火照り、じわりと全身に汗が滲んでいた。――塩っぱいのは、塩素のせいだけじゃないかもしれない。
「てかお前、水着にすら興奮すんのかよ……」
伸縮性のある布を持ち上げて己のソレが屹立しているのを嫌でも意識してしまい、気を紛らわす為に話し掛ける。
「トキさんのせいですよ。水着姿のトキさん、随分お預けを食らいましたからね」
「ッあ……!」
突如、四ノ宮の指先がピンと張り詰めたオレの胸の突起を弾いた。ビリリと走る電気信号に、背が反る。
「あのまま逃げられるとでも思いましたか? 甘いですよ。……さてと。折角の水着なので、今日は脱がせずに隙間から挿れるとしましょうか」
不穏な宣言に、ハッとして後ろを振り向いた。
「ま、待って、オレ……ひっ!」
「壁から手を離すなと言いましたよね?」
布越しに、硬い異物が蕾に浅く押し入ってくる。散々ソレで擦られていたそこは、嫌でもひくりと求めるように反応してしまう。
「隙間が嫌なら鋏で穴を空けますよ」
「ばっ、オレこの後もまだ! 出番あるんだって!」
「おや、そうでしたか。ちなみに、何の種目です?」
「……メドレーリレー」
「花形じゃないですか。クロール?」
「いや、平泳ぎ。クロールはタカだ」
「タカさんとの約束ってそれですか?」
「……違う」
タカとの約束は……もう果たせないだろうな。こうしている間にも、水上騎馬戦はきっと始まっちまってる。
――ごめんな、タカ。
もう何度目かも知れない謝罪を胸中で吐き、睫毛を伏せた。
「メドレーリレーなら一番最後ですし、まだたっぷり遊べますね」
「遊っ、いや、だからオレ泳ぐから! 挿入だけはマジで勘弁して欲しいんだけど! その……手とか口なら、貸すからさ」
「駄目ですよ。トキさん下手くそなんですもん」
「っ四ノ宮!」
「大丈夫ですって。泳ぐ頃には回復してますよ。……僕が満足するまで、付き合ってくれるんでしょう?」
また、その言葉だ。何度も確認するように言うのは、もしかして脅しとかじゃなくて……不安、なのか?
「……どうすれば、お前を満たせるんだ? こういう行為じゃ、なくってさ」
もっと別の何かで――四ノ宮の心に寄り添いたいと思うのに。どうしたら正解なのかが分からない。
少し間があった。そっと、蕾から四ノ宮のものが離れていく。
「四ノ」
「無理ですよ。だって貴方、絶対に僕を見ないじゃないですか」
え?
「いくら抱いても汚しても、手に入れた気がするのはその瞬間だけで……貴方は決して僕のものにはならない」
ズボンのポケットから、四ノ宮は鋏を取り出した。ギラリと鈍い光を放つ刃先の存在感に、息を呑む。
「だから、永遠に満足することはないんです」
「四ノ宮……お前?」
「動かないでください。うっかり手元が狂ったら、肌が切れますよ?」
臀部の布を引っ張られ、刃先が当てられる。鋭利な刃物に対する恐怖心や、水着を切られる危機感よりも、オレは今しがたの四ノ宮の言葉に戸惑っていた。
ジャキッ――直後切り裂かれたのは、布ではなく彼自身の心だったかもしれない。
◆◇◆
奥で熱が爆ぜた。ぶるりと身を震わせて、内部で四ノ宮が果てる。広がっていく液体の感覚。溺れる酩酊感。
「はっ、ぁ……!」
身体の中心から、ゆっくりと四ノ宮が引き抜かれていく。栓を失い、ぱっくりと開いたそこから、どろりと精が溢れ出したのを感じた。
「あーぁ、汚しちゃいましたね。トキさんが大好きなタカさんの席」
二つ繋げた机の上。仰向けに力無く寝そべって、オレは荒い息を吐いていた。――タカの机と、九重の机。四ノ宮が最終的に選んだ場所は、そこだった。
――よごした? タカを?
思考が上手く働かずにぼんやりとしていると、身体の上にひらりと何かが降ってきた。
「水着。僕のを使ってください。リレーに出るんでしょう?」
りれー? なんだっけ……。
「そうですね……そのまま僕のものを中に入れたまま泳げと言いたいところですが、トキさんすぐにバレて大変なことになりそうですからね。掻き出してきてもいいですよ? 僕は先に戻っていますので、どうぞ、ごゆっくり」
掻き……? ダメだ、目が霞む。四ノ宮が行ってしまう。
待ってくれ。オレまだ、お前に聞きたいことが――。
遠ざかる足音と意識を必死に手繰り寄せようとしたけれど、落ちゆく瞼の重みに抗う術もなく、数瞬後には全てが分からなくなった。
◆◇◆
「……、……キ」
――誰かが呼んでいる。
「トキ……トキ!」
ああ、この声は。
「――タカ?」
呼び掛けると、すぐ傍にある気配がハッとしたのを感じた。
えらく喉が乾いてる。あれ? オレ寝てたのか。薄く目を開くと、思ったよりも近くにタカの顔があった。ひどく憔悴したような表情。……何だ、どうした? そんな顔するなよ。
頬に手を伸ばして触れようとすると、先にその手を掴まれ、抱き寄せられる。
「トキ……!」
いや、〝しがみつかれた〟の方が近いかもしれない。タカの腕は苦しいくらいに力強くて、何故か震えていた。
問い掛けようとして、曲げられたお腹の奥に不意にズキリとした痛みを覚える。次いで、内部から流れ出す生々しい液体の感触に、背筋がぞくりとした――これは。
一気に記憶が蘇る。同時に状況を理解して、血の気が引いた。思わず、タカの胸を押して身を剥がす。タカは、傷付いた表情でオレを見た。
「ぁ……み、見ないで」
自分でも驚く程、弱々しい声が出た。
見られた。知られた。タカに、こんな……こんな姿を。
――それは、オレが一番恐れていたことだった。
「見ないでっ、タカ……!」
注がれる視線に耐えかねて、顔を逸らして覆った。
仄暗い教室内を、暫し重い沈黙が満たした――。
背後から、四ノ宮がぽつりと零した。
「塩素の味がしますね」
「泳いだ直後だからな……不味いだろ?」
「いいえ? 水着って感じがして、この方が興奮しますよ」
「……変態」
オレの罵倒などお構い無しに、四ノ宮は行為を続行した。項から背の中程まで、ぬるりとナメクジの這うような感触が伝っていく。
辿られた背筋がぞわりと痺れ、胸元に回された四ノ宮の手指すらこそばゆく感じて、息を詰めて黒板に爪を立てて堪えた。
水泳大会中で生徒の出払っている今、校舎は閑散としている。四ノ宮的には「本当はプールの更衣室の方が雰囲気が出て良かった」らしいが、そちらは今だと人の出入りが多い為、断念したのだとか。
「それに、普段勉強している教室を穢すのって、興奮しませんか? この先毎日、授業中も僕との行為を思い出すことになるんですよ」――なんて、またもや悪趣味なご意見の元、連れてこられたのは二年A組、オレの教室だった。
カーテンの閉ざされた無点灯の室内は、まだ夕暮れ前にも関わらず随分と薄暗い。二人きり、貸し切り状態のそこには、微かに湿った音が響いている。
肌を舐る音。濡れた水着越しに、四ノ宮の雄がオレの尻と股間に擦り付けられる音。それは断続的に続いている。執拗に、何度も。
プールで冷えた身体は今や鴇色に火照り、じわりと全身に汗が滲んでいた。――塩っぱいのは、塩素のせいだけじゃないかもしれない。
「てかお前、水着にすら興奮すんのかよ……」
伸縮性のある布を持ち上げて己のソレが屹立しているのを嫌でも意識してしまい、気を紛らわす為に話し掛ける。
「トキさんのせいですよ。水着姿のトキさん、随分お預けを食らいましたからね」
「ッあ……!」
突如、四ノ宮の指先がピンと張り詰めたオレの胸の突起を弾いた。ビリリと走る電気信号に、背が反る。
「あのまま逃げられるとでも思いましたか? 甘いですよ。……さてと。折角の水着なので、今日は脱がせずに隙間から挿れるとしましょうか」
不穏な宣言に、ハッとして後ろを振り向いた。
「ま、待って、オレ……ひっ!」
「壁から手を離すなと言いましたよね?」
布越しに、硬い異物が蕾に浅く押し入ってくる。散々ソレで擦られていたそこは、嫌でもひくりと求めるように反応してしまう。
「隙間が嫌なら鋏で穴を空けますよ」
「ばっ、オレこの後もまだ! 出番あるんだって!」
「おや、そうでしたか。ちなみに、何の種目です?」
「……メドレーリレー」
「花形じゃないですか。クロール?」
「いや、平泳ぎ。クロールはタカだ」
「タカさんとの約束ってそれですか?」
「……違う」
タカとの約束は……もう果たせないだろうな。こうしている間にも、水上騎馬戦はきっと始まっちまってる。
――ごめんな、タカ。
もう何度目かも知れない謝罪を胸中で吐き、睫毛を伏せた。
「メドレーリレーなら一番最後ですし、まだたっぷり遊べますね」
「遊っ、いや、だからオレ泳ぐから! 挿入だけはマジで勘弁して欲しいんだけど! その……手とか口なら、貸すからさ」
「駄目ですよ。トキさん下手くそなんですもん」
「っ四ノ宮!」
「大丈夫ですって。泳ぐ頃には回復してますよ。……僕が満足するまで、付き合ってくれるんでしょう?」
また、その言葉だ。何度も確認するように言うのは、もしかして脅しとかじゃなくて……不安、なのか?
「……どうすれば、お前を満たせるんだ? こういう行為じゃ、なくってさ」
もっと別の何かで――四ノ宮の心に寄り添いたいと思うのに。どうしたら正解なのかが分からない。
少し間があった。そっと、蕾から四ノ宮のものが離れていく。
「四ノ」
「無理ですよ。だって貴方、絶対に僕を見ないじゃないですか」
え?
「いくら抱いても汚しても、手に入れた気がするのはその瞬間だけで……貴方は決して僕のものにはならない」
ズボンのポケットから、四ノ宮は鋏を取り出した。ギラリと鈍い光を放つ刃先の存在感に、息を呑む。
「だから、永遠に満足することはないんです」
「四ノ宮……お前?」
「動かないでください。うっかり手元が狂ったら、肌が切れますよ?」
臀部の布を引っ張られ、刃先が当てられる。鋭利な刃物に対する恐怖心や、水着を切られる危機感よりも、オレは今しがたの四ノ宮の言葉に戸惑っていた。
ジャキッ――直後切り裂かれたのは、布ではなく彼自身の心だったかもしれない。
◆◇◆
奥で熱が爆ぜた。ぶるりと身を震わせて、内部で四ノ宮が果てる。広がっていく液体の感覚。溺れる酩酊感。
「はっ、ぁ……!」
身体の中心から、ゆっくりと四ノ宮が引き抜かれていく。栓を失い、ぱっくりと開いたそこから、どろりと精が溢れ出したのを感じた。
「あーぁ、汚しちゃいましたね。トキさんが大好きなタカさんの席」
二つ繋げた机の上。仰向けに力無く寝そべって、オレは荒い息を吐いていた。――タカの机と、九重の机。四ノ宮が最終的に選んだ場所は、そこだった。
――よごした? タカを?
思考が上手く働かずにぼんやりとしていると、身体の上にひらりと何かが降ってきた。
「水着。僕のを使ってください。リレーに出るんでしょう?」
りれー? なんだっけ……。
「そうですね……そのまま僕のものを中に入れたまま泳げと言いたいところですが、トキさんすぐにバレて大変なことになりそうですからね。掻き出してきてもいいですよ? 僕は先に戻っていますので、どうぞ、ごゆっくり」
掻き……? ダメだ、目が霞む。四ノ宮が行ってしまう。
待ってくれ。オレまだ、お前に聞きたいことが――。
遠ざかる足音と意識を必死に手繰り寄せようとしたけれど、落ちゆく瞼の重みに抗う術もなく、数瞬後には全てが分からなくなった。
◆◇◆
「……、……キ」
――誰かが呼んでいる。
「トキ……トキ!」
ああ、この声は。
「――タカ?」
呼び掛けると、すぐ傍にある気配がハッとしたのを感じた。
えらく喉が乾いてる。あれ? オレ寝てたのか。薄く目を開くと、思ったよりも近くにタカの顔があった。ひどく憔悴したような表情。……何だ、どうした? そんな顔するなよ。
頬に手を伸ばして触れようとすると、先にその手を掴まれ、抱き寄せられる。
「トキ……!」
いや、〝しがみつかれた〟の方が近いかもしれない。タカの腕は苦しいくらいに力強くて、何故か震えていた。
問い掛けようとして、曲げられたお腹の奥に不意にズキリとした痛みを覚える。次いで、内部から流れ出す生々しい液体の感触に、背筋がぞくりとした――これは。
一気に記憶が蘇る。同時に状況を理解して、血の気が引いた。思わず、タカの胸を押して身を剥がす。タカは、傷付いた表情でオレを見た。
「ぁ……み、見ないで」
自分でも驚く程、弱々しい声が出た。
見られた。知られた。タカに、こんな……こんな姿を。
――それは、オレが一番恐れていたことだった。
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