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アルベルト・バーンシュタイン

第4話 女は餌食

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 感圧式の罠が発動して俺と女の足元の床が数メートルに渡って消える。垂直抗力が消え、全身に重力の不可視の力が重たくのしかかってきた。視界が急上昇。

「おぉあああああああああああっ!!」

 思わず絶叫。慌てて本を引き抜き魔法陣を展開。1号の触手を呼び出して一緒になって落下している女を絡め取り、さらに真下に向かって触手を出して塊にしてクッション代わりにする。
 数秒の後に身体が触手に落下。軟体生物的な柔らかい感触が衝撃を殺した。冷や汗が額を流れ落ちる。真上を見ると開いた天井が閉じるところだった。距離にして恐らく数十メートルほど落下していた。地面に叩きつけられていたら漫画みたいにぺっしゃんこだっただろう。危なかった。

 4号はぴったりと追尾していたため、明かりで周囲を見ることができた。開けた正方形の部屋のようで、出口らしきものが見当たらない。
 女の方を確認すると、1号の触手が丁寧に床に降ろすところだった。どうやら無事らしい。

「おい、生きてるな?」

 俺が声をかけると女は上半身だけを起こした。俺は女の全身をまじまじと眺めた。赤い短髪で歳は若く二十未満に見える。肩と胸部、腹部を覆う革製の防具。丈の短いジーンズを履いていて瑞々しい小麦色の肌の太腿が露出している。防具の下には黒い布製の服。豊かな双丘が防具を押し上げていた。腰のベルトには小さな道具箱とナイフが固定されている。
 動きやすさを重視した典型的な遺跡潜りの装備、といったところだ。思わず胸や太腿に目がいっちまう。

「なんとか、ね。足は痛むけど」
「いい声してるな、あんた」

 いきなり声を褒めたせいで女が首を傾げる。ちょいと低めで俺の好みな声だ、悪くねえ。
 1号の触手から降りて女へと駆け寄り、足に手を伸ばす。一瞬、警戒したように身じろぎしたが、俺に敵意がないと分かって動くのをやめた。

 女の足首には小さな矢が突き刺さっていた。重傷じゃないが、動くのには苦労しそうだ。苦しんでいないようなので毒はないだろう。なら、まだマシだ。
 ポケットの中からガーゼと包帯と消毒液を取り出す。あれこれ召喚物を持ってるが、治療用のだけはいないのが難点だ。おかげでこういうときは道具に頼らざるを得ない。
 ガーゼに消毒液を染み込ませて傷口にあててやる。

「くっ……」

 痛みに女が苦鳴をもらす。女ってのはこういうのを無意識にやるからいけねえ。ぐっときちまうが、まだ我慢だ。
 消毒を終えてからガーゼで傷口を覆って包帯を巻く。残念だが矢は固定だ。無理に引き抜くと矢尻だけ残って面倒なことになる。

「ありがとう、助かるよ」
「いいってことよ。その代わり、礼はしてもらわねえとな」

 女の治療が終わったので、女から見えないように2号を飛ばして周囲の確認をしておく。俺の召喚物はいちいち見た目が悪いから、女に見せるとびびらせちまう。
 敵の気配はなし。出方は分からないが、ひとまず安全ではあるようだ。なら、いけるな。

「ここから出られたら、食事でも奢るよ」
「いや、それには及ばねえよ。ここでしてもらうからな」

 俺の発言の意味が分からず、女は首を傾げていた。察しの悪いやつだぜ。

「だから、ここでしてもらうんだよ」

 笑いながら言って女の太腿を掴む。「ひっ」と小さな悲鳴があがった。

「じょ、冗談でしょ?」
「冗談なもんか。ここで何したって誰にもバレねえんだぞ、そりゃあ、こうするだろ?」

 女は今度こそ逃げるために身じろぎするが、足が痛むらしく思うように動けなさそうだった。
 こういう理由でもなけりゃ、人助けなんかするわけがねえのに、すぐにそれが
分からないってのは馬鹿だよなあ。

「そうそう、抵抗しててくれよ。その方が燃えるからな」

 腰を掴んで引き寄せる。女の悲鳴が響いたが、誰も来やしない。
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