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第4章 神への供物、汝の罪過
第46話 糾弾
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「こんなことをして何の意味があるのですか!」
俺たちが街をひとつ沈め終わったとき、ミレニアが怒号をあげた。
「動機は理解できました。しかし、これでは救いになどならない!」
俺たちとミレニアの周囲には破壊し尽くされた街が広がっていた。命の息吹はどこにもない。
街にいた人間は全て影の内、リヴァイアサンへと取り込まれた。残っているのは物言わぬ廃墟だけだ。
「あなたの影に飲み込まれた人々は、みな一様に苦しんでいたではありませんか!」
両腕を怒りのままに振り回しながらミレニアは俺たちに向かって叫び続けていた。身体の自由はある程度、戻してやった。大した抵抗もどうせできない。
「お前たちには苦痛を。彼らには苦痛の終焉を。我らの内側でお前たちと彼らは混ざり合いひとつとなる。そのときになって初めてこの世界は平等となるのだ」
「そんなものが救いであるはずがない! それだけの力を持ちながら何故、善行に使わないのですか!」
善行ね、と俺たちは呟く。全く馬鹿げた言葉だった。
「お前の言う善行とはなんだ。孤児や物乞いに金をやることか?」
「それでも構いません。こんな破壊活動よりはよっぽど」
俺たちとミレニアの間を冷たい風が吹く。砂塵が舞い上がり、女騎士の外套を揺らす。
「孤児や物乞いなら、もしかしたらそれでもいいかもしれない。だが犯罪者はどうだ?」
「犯罪者?」
ミレニアが俺たちの言葉の意図が分からず、怪訝な表情となる。
「盗人も含むが彼らも金で解決するだろう。しかし、殺人をしなくては生きている実感が持てない人間がいる。強姦をしなくては生きる意義が見出せない者がいる。彼らをどう救う、誰が救う?」
「一体、何の話をしているのですか」
まだ意味は通じない。俺たちは淡々と言葉を続ける。
「お前は彼らを救おうと思うか?」
「言っている意味が分かりませんっ!」
理解不能な言葉を聞かせ続けられる苦痛のせいか、かぶりを振ってミレニアが怒声をあげる。
「孤児や物乞いたちと、あなたがいま言った犯罪者たちに何の関係があるというのですか!」
崩れ落ちた住居に太陽が差し掛かり、俺たちとミレニアに影を落とす。
俺たちは人差し指を立てて、ミレニアの問いかけに答える。
「ただひとつ。この世界で生きられるかどうか、だ」
女騎士の青い瞳が睥睨してくる。
「重罪人は生きるべきではないから極刑に処されます。殺人者や強姦者を生かす理由などどこにもありません」
「繰り返すが」
俺たちは答えながら歩き始める。ミレニアも意思とは無関係に隣へと並ぶ。
「それはお前たちの理屈だ。我らにとっては違う」
「違うとは、何が」
立ち向かうことに疲れたような、弱々しい呟きだった。言葉は続かず、静寂となった。ときおり吹く風の中、俺たちとミレニアは街の外へと進んでいた。
街の中心部から、外壁まで半ばのところに来て、ようやくミレニアが返事をする。
「さっきと違い、私にはあなたの動機が理解できなくなりました。あなたは死ぬべき人間を救おうとしているのですか?」
「なら、孤児や物乞いは死ぬべき人間たちか?」
「それは」
ミレニアの言葉が詰まる。
「決してそうではないと思います」
「ならお前の推論は間違いだ」
「だったら、答えはなんなのですか」
力無いミレニアの問いかけは、聡明を自負しているであろう騎士の降伏宣言だった。俺たちは小さな溜息をつき、答えてやることにした。
「答えは」
言葉を区切って俺たちは言う。
「お前たちが殺す全ての者を救う。それが目的だ」
難しいことなど、俺たちにとってひとつもない。この世界に拒絶されて悲哀と苦痛の中で死んでしまう人々。彼らを救うこと。たったそれだけだ。たったそれだけのことが、こいつらには分からない。
今だって、なおミレニアは理解不能といった表情を変化させていなかった。
「なら孤児は」
「救ったか?」
ミレニアの言葉を俺たちは遮ぎって、女騎士を一瞥する。
「お前は救ったのか? 路地裏にいた哀れな子供を」
強い眼差しが俺たちを見返してきて、ミレニアが答えてきた。
「私は誇りある一族の一員です。貴族のすべき責務として、貧民への施しは行っています」
「具体的には?」
答えを知りつつ俺たちは質問を重ねる。
「資産の一部を王家へと譲り渡しています。王家による貧民への国策を通じて、我が一族は彼らを救うことに寄与しています」
「で、お前は?」
今度は俺たちが見定めるべく、睥睨する。この問いの答えこそが、全てなのだから。
「は? ですから、資産を」
「お前自身はどうしているのかと聞いている。路地裏に行き子供を抱きしめてやったか?」
静かに、一言一言に重みを付け足して、絶対的な冷徹さでもって俺たちは問いただす。糾弾をする。罪禍を改めるために。
ミレニアの目が見開かれ、言葉を紡ごうと口が動くが声が出ずにいる。動揺が、見てとれた。
「それ、は」
「それは、なんだ? 続きを答えてみろ」
言い淀むミレニアに俺たちは手を緩めない。
「路地裏に差し掛かったとき、その奥にいるであろう彼らに何かをしに行ったか? 街のどこかに誰にも助けを求められない人間がいることを考えたことはあるか? そもそもお前は、路地裏やスラムに人間がいると本当に思えていたのか?」
答えはない。だが俺たちは吹き上がる憎悪のままに続ける。
「そうだ。お前たちは賢《さか》しらに言う。この世界には可哀想な人々がいる、助けなくてはならない人がいる、と。だが実際にはそう思っちゃいない。お前らにとってそれは概念であって実在ではないのだ。この世界のどこかにいる何かでしかないのだ」
街の外に俺たちとミレニアは辿り着く。背後を振り返れば何もかもが消えてなくなった街が屹立している。
「馬鹿げている。彼らはお前たちの目の前と、足元に積み上がっているというのに。だから救うのだ。我らにしか出来ないが故に」
太陽が沈んでいき、冷えた風が俺たちに吹きつける。
風の中で前を見据える。善良を謳う騎士でさえ救わないのならば、この先にしか道はない。
俺たちが街をひとつ沈め終わったとき、ミレニアが怒号をあげた。
「動機は理解できました。しかし、これでは救いになどならない!」
俺たちとミレニアの周囲には破壊し尽くされた街が広がっていた。命の息吹はどこにもない。
街にいた人間は全て影の内、リヴァイアサンへと取り込まれた。残っているのは物言わぬ廃墟だけだ。
「あなたの影に飲み込まれた人々は、みな一様に苦しんでいたではありませんか!」
両腕を怒りのままに振り回しながらミレニアは俺たちに向かって叫び続けていた。身体の自由はある程度、戻してやった。大した抵抗もどうせできない。
「お前たちには苦痛を。彼らには苦痛の終焉を。我らの内側でお前たちと彼らは混ざり合いひとつとなる。そのときになって初めてこの世界は平等となるのだ」
「そんなものが救いであるはずがない! それだけの力を持ちながら何故、善行に使わないのですか!」
善行ね、と俺たちは呟く。全く馬鹿げた言葉だった。
「お前の言う善行とはなんだ。孤児や物乞いに金をやることか?」
「それでも構いません。こんな破壊活動よりはよっぽど」
俺たちとミレニアの間を冷たい風が吹く。砂塵が舞い上がり、女騎士の外套を揺らす。
「孤児や物乞いなら、もしかしたらそれでもいいかもしれない。だが犯罪者はどうだ?」
「犯罪者?」
ミレニアが俺たちの言葉の意図が分からず、怪訝な表情となる。
「盗人も含むが彼らも金で解決するだろう。しかし、殺人をしなくては生きている実感が持てない人間がいる。強姦をしなくては生きる意義が見出せない者がいる。彼らをどう救う、誰が救う?」
「一体、何の話をしているのですか」
まだ意味は通じない。俺たちは淡々と言葉を続ける。
「お前は彼らを救おうと思うか?」
「言っている意味が分かりませんっ!」
理解不能な言葉を聞かせ続けられる苦痛のせいか、かぶりを振ってミレニアが怒声をあげる。
「孤児や物乞いたちと、あなたがいま言った犯罪者たちに何の関係があるというのですか!」
崩れ落ちた住居に太陽が差し掛かり、俺たちとミレニアに影を落とす。
俺たちは人差し指を立てて、ミレニアの問いかけに答える。
「ただひとつ。この世界で生きられるかどうか、だ」
女騎士の青い瞳が睥睨してくる。
「重罪人は生きるべきではないから極刑に処されます。殺人者や強姦者を生かす理由などどこにもありません」
「繰り返すが」
俺たちは答えながら歩き始める。ミレニアも意思とは無関係に隣へと並ぶ。
「それはお前たちの理屈だ。我らにとっては違う」
「違うとは、何が」
立ち向かうことに疲れたような、弱々しい呟きだった。言葉は続かず、静寂となった。ときおり吹く風の中、俺たちとミレニアは街の外へと進んでいた。
街の中心部から、外壁まで半ばのところに来て、ようやくミレニアが返事をする。
「さっきと違い、私にはあなたの動機が理解できなくなりました。あなたは死ぬべき人間を救おうとしているのですか?」
「なら、孤児や物乞いは死ぬべき人間たちか?」
「それは」
ミレニアの言葉が詰まる。
「決してそうではないと思います」
「ならお前の推論は間違いだ」
「だったら、答えはなんなのですか」
力無いミレニアの問いかけは、聡明を自負しているであろう騎士の降伏宣言だった。俺たちは小さな溜息をつき、答えてやることにした。
「答えは」
言葉を区切って俺たちは言う。
「お前たちが殺す全ての者を救う。それが目的だ」
難しいことなど、俺たちにとってひとつもない。この世界に拒絶されて悲哀と苦痛の中で死んでしまう人々。彼らを救うこと。たったそれだけだ。たったそれだけのことが、こいつらには分からない。
今だって、なおミレニアは理解不能といった表情を変化させていなかった。
「なら孤児は」
「救ったか?」
ミレニアの言葉を俺たちは遮ぎって、女騎士を一瞥する。
「お前は救ったのか? 路地裏にいた哀れな子供を」
強い眼差しが俺たちを見返してきて、ミレニアが答えてきた。
「私は誇りある一族の一員です。貴族のすべき責務として、貧民への施しは行っています」
「具体的には?」
答えを知りつつ俺たちは質問を重ねる。
「資産の一部を王家へと譲り渡しています。王家による貧民への国策を通じて、我が一族は彼らを救うことに寄与しています」
「で、お前は?」
今度は俺たちが見定めるべく、睥睨する。この問いの答えこそが、全てなのだから。
「は? ですから、資産を」
「お前自身はどうしているのかと聞いている。路地裏に行き子供を抱きしめてやったか?」
静かに、一言一言に重みを付け足して、絶対的な冷徹さでもって俺たちは問いただす。糾弾をする。罪禍を改めるために。
ミレニアの目が見開かれ、言葉を紡ごうと口が動くが声が出ずにいる。動揺が、見てとれた。
「それ、は」
「それは、なんだ? 続きを答えてみろ」
言い淀むミレニアに俺たちは手を緩めない。
「路地裏に差し掛かったとき、その奥にいるであろう彼らに何かをしに行ったか? 街のどこかに誰にも助けを求められない人間がいることを考えたことはあるか? そもそもお前は、路地裏やスラムに人間がいると本当に思えていたのか?」
答えはない。だが俺たちは吹き上がる憎悪のままに続ける。
「そうだ。お前たちは賢《さか》しらに言う。この世界には可哀想な人々がいる、助けなくてはならない人がいる、と。だが実際にはそう思っちゃいない。お前らにとってそれは概念であって実在ではないのだ。この世界のどこかにいる何かでしかないのだ」
街の外に俺たちとミレニアは辿り着く。背後を振り返れば何もかもが消えてなくなった街が屹立している。
「馬鹿げている。彼らはお前たちの目の前と、足元に積み上がっているというのに。だから救うのだ。我らにしか出来ないが故に」
太陽が沈んでいき、冷えた風が俺たちに吹きつける。
風の中で前を見据える。善良を謳う騎士でさえ救わないのならば、この先にしか道はない。
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