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第2章 仰げ、嘆きのための魂の器

第19話 『リヴァイアサン』の真の力

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「ひっ、ぁ、ぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

 蒼麻の口から耳を劈くほどの絶叫が噴出する。何が起こっているのか桜と怜司には分からなかった。

「やめ、やめ、てぇ、なに、これ、だれ、だれぇ!?」

 悠司の手が頭に突っ込まれたまま、蒼麻の身体がびくびくと痙攣する。

「やめて、しらない、しらないっ!! 入ってこないでぇええええっ!!」
「くくっ、ふふふふっ……あはははははははははははっ!!」

 痙攣しながら叫び続ける蒼麻。それに対して悠司は心の底から愉快だといった様子で笑い始める。

「いやぁ楽しい、楽しいなぁ! やっぱりこれが一番だな、この力は!」
「んーっ! んーーっ!!」
「あぁ、はいはい。分かったよ、外してやるよ」

 蒼麻の尋常ではない様子に唸り声をあげていた怜司から、口を塞いでいた触手を悠司が取り除く。

「一体蒼麻に何をしてるんだお前っ!!」
「見て分からないか? いやあ、分からないよなあ何してるかなんて。あははははっ!!」

 怒りの絶叫を受けてなおも悠司の哄笑は止まらない。

だよ、怜司。これが我らリヴァイアサンの正体にして力。我らはあらゆる人間を飲み込み我らと一体にすることができる」

 誇りを掲げるが如く悠司は高らかに謳い上げる。リヴァイアサンと呼称した存在が一体なんなのか、何を可能にするのかを。
 それこそが彼らの存在意義そのものだった。世界の全てを飲み込むという言葉には一点の嘘偽りもない。彼らは文字通り、世界に生きる全ての人々をひとつに溶かし合わせることが可能だった。

「そして我らと同化したときにお前たちは思い知る。その記憶、苦痛、絶望、その全てを! こうして蒼麻が絶叫をあげているのは我らの記憶と自分自身の記憶とが混ざり合い、溶け合い、その境界線を失っているからだ。今、蒼麻の頭の中じゃ、誰かの記憶が流れ込んでいる。愛する者に裏切られた記憶か、はたまた娘を失い自死する父の記憶か?」

 苦痛の表情を浮かべたままの蒼麻は発狂したように叫び続けていた。手足をじたばたと暴れさせるが悠司の手が引き抜かれることはなく、ただ宙を無意味に掻き回すだけだった。

「だが安心しろ怜司。蒼麻を取り込むにはまだ早すぎる。お前たちにはもっと絶望を味わってもらわなくてはな」
「これ以上はもうやめろ! 頼むからやめてくれ!!」
「誰がやめるものか! 我らが、光を歩み続けるお前たちによって突き落とされた地獄はこんなものでは足りないのだ!!」

 憤怒の咆哮が怜司の嘆願を吹き飛ばす。
 触手が蒼麻を縛り上げたまま、悠司の目の前まで移動。片手を頭に突っ込んだまま、もう片方の手が蒼麻の身体の中へと沈んでいく。

「ひっ、ぁあ、あああ、や、え、やめ、へぇ」
「どうだ、内側から嬲られるのは。快感と苦痛を同時に味わうなど中々できないぞ?」

 身体に埋《うず》められた手が内部を掻き回すように動かされる。無遠慮に内側を撫でられる度に蒼麻の頭には心地よい快楽とおぞましい苦痛が同時に流れ込んできていた。
 悠司の手は実際の体内に触れているわけではない。同化した蒼麻の精神と感覚を操作することで、悠司は自身が望むように刺激を与えることが可能だった。

「やめ、て……やめてくれ……っ」

 怜司の声が小さくなっていく。もはや何を謝ろうと何を言おうと悠司を止めることはできなかった。
 無力なその様を見て、悠司は暗闇に似た笑みを浮かべていた。

「あははははははっ!! 本当に無様だな怜司! 無策のまま我らに挑んだのがお前たちの失敗だ! 我らを侮った罪をここで贖《あがな》うがいい!」

 叫喚《きょうかん》と共に蒼麻の身体から悠司の手が引き抜かれ、豊満な胸を無遠慮に鷲掴みにする。
 触手が高さを変えて蒼麻の頭を悠司の顔の前に持ってくる。息が首筋に吹きかかるほどの距離で悠司は囁いた。

「同化、とは言ったが実際には半同化が正しい。これからお前には俺たちのおもちゃになってもらおう」
「な、に……する、の……」
「例えば、そうだな……」

 悠司の腕が引かれて指先だけが蒼麻の頭に埋もれた状態となる。その指先が微細な動きを繰り返す。何か繊細な作業を行うように。
 指が引き抜かれてまた別の指が押し込まれる。五指が往復する毎に、「う、ぁああ」と蒼麻の開いた口から苦鳴とも嬌声ともとれる声が漏れ出す。

「よし。試しにお前の両親の名前でも聞いてみようか。なんて名前だ?」
「……え」

 蒼麻は答えなかった。いや、

「え、あ、なんで……なんで……なんで……っ!」
「くくくくっ。そら、今度はそこの男の名前を言ってみろ。どうだ、言えるか?」

 悠司が胸から離した手で怜司を指し示す。

「あ……やだ、やだやだやだやだ!! なんで、なんで言えないの!! なんでなんでなんでっ!!」

 半狂乱となった蒼麻が再びもがきだす。決して忘れるはずのない愛する人の名を、蒼麻は思い出すことができなくなっていた。

「い、一体、何をしたんだ、悠司……!」
「これが我らの力だ。半同化した精神は我らと繋がっている。故に、その者の精神も感覚も記憶も、我らが望むように改竄《かいざん》できるのだ」
「改竄、だって……?」
「そう、いいところに気がついたな怜司。消去ではなく改竄だ。どれ、試してやろうか」

 手足を暴れさせる蒼麻を無視して、悠司の五指が糸を紡ぐように蠢《うごめ》く。

「そら、思い出せるようにしてやったぞ。今度は言えるだろう?」
「あ、颯太だ! 颯太颯太颯太!!」

 やっと思い出せたことに歓喜する蒼麻。だが呼ばれた名前は──全くの別人のものだった。
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