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第2章 仰げ、嘆きのための魂の器
第14話 怯懦に覆われる街
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「これじゃどこにあいつがいるかわからない!」
街中に汚泥が飛び散る中、建物の屋上から通りを見下ろす怜司が叫ぶ。
肉体を完全に放棄した悠司を見つける方法を彼らは持っていなかった。
桜が考え込む素振りを見せる。そしてすぐに屋上から汚泥へ向かって飛び降りようとしたのを蒼麻と怜司の2人が止めた。
「いきなり飛び込もうとしないでよ!」
「む。それが一番手っ取り早いと思ったのだが」
「あの泥の中に入ったら戻れないだろうが!」
桜は何故止められたのか分からないという表情。蒼麻と怜司の2人はこれまでも桜の無茶な行動には振り回されてきた。この世界の常識を異世界人の2人に教えたのは桜だったが、桜本人に人としての常識が不足していたのは2人にとっての不幸だった。
3人が懸命に悠司本体を探している。しかし一向に見つからない。それどころか汚泥が街中に広がり被害者が出始めていた。街のあちこちから人々の叫び声が聞こえてくる。
「黙って見ていられない。街の人たちを避難させよう」
「私たちだけでか? 相当な無理があると思うが」
「悠司はいずれこの街を壊滅させるつもりだったんだろうが、こうなったのは俺たちのせいでもあるだろ」
怜司は桜に告げて汚泥のない部分に飛び降りた。「仕方ないな」と言って桜と蒼麻がそれに続いた。
すぐ近くにあった店舗の中へと怜司が駆け込む。泥が入り込んで逃げ場を失った親子が叫び声をあげていた。
「今助ける!」
汚泥を飛び越えた怜司がまず子供を受け取る。遅れて追いついた桜に向かってその子を投げ渡して父親を背負う。
「ありがとうございます」
「いえ⋯⋯」
父親の礼の言葉に怜司は罪悪感を覚えた。こうなってしまった原因が自分たちにあると彼らは知らないのだ。
大人1人を背負ったまま怜司は跳躍。人を蝕む汚泥を飛び越え、そのまま怜司と桜は店舗の外へと駆け出した。
子供を抱えた蒼麻と合流。3人が街の外へと走っていく。
「街の完全に外まで連れて行けないと安全とは言えないよ!」
「これじゃこの人たちを助けるのが精一杯か⋯⋯」
「仕方あるまい。1つの命には1つの命、だ」
怜司の悔しげな言葉に桜が冷静に答える。1つの命で救えるのは1つの命まで。若くしてすでにいくつもの戦場を渡り歩いた桜が故の重たい言葉だった。
蒼麻の支援魔法を受けてさらに3人は速度を上げて街を駆け抜ける。中心街から遠ざかれば遠ざかるほど汚泥の量が少なくなっていき、3人は人が進める程度までにしか汚染が広がっていない通りにまで辿り着いた。その場所でも大勢の人間が逃げ惑い、あちこちから悲鳴が聞こえてきていたが中心街に比べれば遥かにマシだった。
「ありがとうございます、ここから先は私で何とかします!」
怜司に背負われていた父親がそう言い、背中から降りる。自分の子供と、蒼麻が運んでいた子供を受け取った。
「いいんですか?」
「あなたたちの善意にこれ以上、お世話になるわけにはいきません。それよりも可能ならば他の人を」
怜司は僅かに逡巡した。この人たちはこのまま逃げ切れるのだろうか。自分たちが一緒にいた方がこの人たち、そして今この場から逃げ出そうとしている大勢の人たちの助けになれるのではないか、と。
しかしそれは同時に他の見えない人々を見捨てることでもあった。どちらを選ぶべきか、判断できるほどの経験が怜司にはなかった。
「行くぞ。悠司を探し出すのが1番手っ取り早い」
怜司の悩みを断ち切るように桜が告げる。確かにそれが1番確実、かもしれない。怜司には桜の判断が正しいかどうか異論を述べることさえできない状態だった。「わかった」と言ってただ従う他なかった。
(そうは言ったものの、さてどうしたものか)
悠司を探すことを優先した桜も明確な方法を持っているわけではなかった。
だが、ただ1つだけ桜には確信があった。それは悠司が自分たちを最優先する、ということだった。理由は分からないが自分たちに深い憎悪を抱いている悠司にとって他の人間たちは二の次三の次のはずだ。だから自分たちが何か行動を起こせば必ずそこに悠司自体が現れる。そう桜は考えていた。
実際のところこの考えは半分は正解だが半分は誤りだった。悠司にとって確かに桜たちは重要だったが桜たちが相手にしているのは悠司だけではない。リヴァイアサンと自称する群体なのだ。リヴァイアサンは全ての人間を憎悪しているがために、桜たちとその他の人間を区別しない。その区別しない群体そのものとしての意識に対してほんの僅かに悠司の意識が優越している。それが実態だった。だがまだ桜たちにそれを知る術はない。
ともかく3人は再び中心街へ向けて駆け出した。悠司を呼び寄せるにしても人が大勢いるところで行うわけにはいかない。
中心街へ戻れば戻るほど、今度は人々の声が遠ざかっていった。街の外側の人間はまだ無事だったが中心に住んでいた人々の殆どは既にあの汚泥に溶かされて消失していたからだ。
静かになってしまっていた大通りを、汚泥を飛び越しながら桜を先頭にして3人が進む。
(……少し、賭けになるが試すか。嫌な賭けだが)
急に桜が立ち止まり、慌てて怜司と蒼麻も急停止した。
悠司を誘き寄せるために桜はある考えを思いついた。
街中に汚泥が飛び散る中、建物の屋上から通りを見下ろす怜司が叫ぶ。
肉体を完全に放棄した悠司を見つける方法を彼らは持っていなかった。
桜が考え込む素振りを見せる。そしてすぐに屋上から汚泥へ向かって飛び降りようとしたのを蒼麻と怜司の2人が止めた。
「いきなり飛び込もうとしないでよ!」
「む。それが一番手っ取り早いと思ったのだが」
「あの泥の中に入ったら戻れないだろうが!」
桜は何故止められたのか分からないという表情。蒼麻と怜司の2人はこれまでも桜の無茶な行動には振り回されてきた。この世界の常識を異世界人の2人に教えたのは桜だったが、桜本人に人としての常識が不足していたのは2人にとっての不幸だった。
3人が懸命に悠司本体を探している。しかし一向に見つからない。それどころか汚泥が街中に広がり被害者が出始めていた。街のあちこちから人々の叫び声が聞こえてくる。
「黙って見ていられない。街の人たちを避難させよう」
「私たちだけでか? 相当な無理があると思うが」
「悠司はいずれこの街を壊滅させるつもりだったんだろうが、こうなったのは俺たちのせいでもあるだろ」
怜司は桜に告げて汚泥のない部分に飛び降りた。「仕方ないな」と言って桜と蒼麻がそれに続いた。
すぐ近くにあった店舗の中へと怜司が駆け込む。泥が入り込んで逃げ場を失った親子が叫び声をあげていた。
「今助ける!」
汚泥を飛び越えた怜司がまず子供を受け取る。遅れて追いついた桜に向かってその子を投げ渡して父親を背負う。
「ありがとうございます」
「いえ⋯⋯」
父親の礼の言葉に怜司は罪悪感を覚えた。こうなってしまった原因が自分たちにあると彼らは知らないのだ。
大人1人を背負ったまま怜司は跳躍。人を蝕む汚泥を飛び越え、そのまま怜司と桜は店舗の外へと駆け出した。
子供を抱えた蒼麻と合流。3人が街の外へと走っていく。
「街の完全に外まで連れて行けないと安全とは言えないよ!」
「これじゃこの人たちを助けるのが精一杯か⋯⋯」
「仕方あるまい。1つの命には1つの命、だ」
怜司の悔しげな言葉に桜が冷静に答える。1つの命で救えるのは1つの命まで。若くしてすでにいくつもの戦場を渡り歩いた桜が故の重たい言葉だった。
蒼麻の支援魔法を受けてさらに3人は速度を上げて街を駆け抜ける。中心街から遠ざかれば遠ざかるほど汚泥の量が少なくなっていき、3人は人が進める程度までにしか汚染が広がっていない通りにまで辿り着いた。その場所でも大勢の人間が逃げ惑い、あちこちから悲鳴が聞こえてきていたが中心街に比べれば遥かにマシだった。
「ありがとうございます、ここから先は私で何とかします!」
怜司に背負われていた父親がそう言い、背中から降りる。自分の子供と、蒼麻が運んでいた子供を受け取った。
「いいんですか?」
「あなたたちの善意にこれ以上、お世話になるわけにはいきません。それよりも可能ならば他の人を」
怜司は僅かに逡巡した。この人たちはこのまま逃げ切れるのだろうか。自分たちが一緒にいた方がこの人たち、そして今この場から逃げ出そうとしている大勢の人たちの助けになれるのではないか、と。
しかしそれは同時に他の見えない人々を見捨てることでもあった。どちらを選ぶべきか、判断できるほどの経験が怜司にはなかった。
「行くぞ。悠司を探し出すのが1番手っ取り早い」
怜司の悩みを断ち切るように桜が告げる。確かにそれが1番確実、かもしれない。怜司には桜の判断が正しいかどうか異論を述べることさえできない状態だった。「わかった」と言ってただ従う他なかった。
(そうは言ったものの、さてどうしたものか)
悠司を探すことを優先した桜も明確な方法を持っているわけではなかった。
だが、ただ1つだけ桜には確信があった。それは悠司が自分たちを最優先する、ということだった。理由は分からないが自分たちに深い憎悪を抱いている悠司にとって他の人間たちは二の次三の次のはずだ。だから自分たちが何か行動を起こせば必ずそこに悠司自体が現れる。そう桜は考えていた。
実際のところこの考えは半分は正解だが半分は誤りだった。悠司にとって確かに桜たちは重要だったが桜たちが相手にしているのは悠司だけではない。リヴァイアサンと自称する群体なのだ。リヴァイアサンは全ての人間を憎悪しているがために、桜たちとその他の人間を区別しない。その区別しない群体そのものとしての意識に対してほんの僅かに悠司の意識が優越している。それが実態だった。だがまだ桜たちにそれを知る術はない。
ともかく3人は再び中心街へ向けて駆け出した。悠司を呼び寄せるにしても人が大勢いるところで行うわけにはいかない。
中心街へ戻れば戻るほど、今度は人々の声が遠ざかっていった。街の外側の人間はまだ無事だったが中心に住んでいた人々の殆どは既にあの汚泥に溶かされて消失していたからだ。
静かになってしまっていた大通りを、汚泥を飛び越しながら桜を先頭にして3人が進む。
(……少し、賭けになるが試すか。嫌な賭けだが)
急に桜が立ち止まり、慌てて怜司と蒼麻も急停止した。
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