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第2章 仰げ、嘆きのための魂の器

第13話 交差する運命

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「では始めようか」

 2階立ての店舗の屋上で俺は小さく宣告する。これよりこの街、この場所を我らリヴァイアサンが飲み込み、人類が知るべき地獄を示す。
 内なる怒りを解き放ち意識の全てを外界へと広げようとした刹那、視界に見知った顔があった。
 視線を下げた先、通りをただ行き交う人々の中で3人が俺たちのことを見上げていた。

「これはこれは」

 口角が思わず釣り上がる。思いもよらない人物たちがそこにはいたからだ。
 怜司に蒼麻に桜。あの愉しい一夜以来の再会だった。怜司と蒼麻はすっかりこちらの世界に染まったようだ。主人公様にしては怜司の格好は些か凡庸だが。
 3人は俺たちを見つけるなり跳躍。こちらを飛び越えて屋上に降り立つ。俺たちも振り返りお互いに見合う形となる。

「こんなところで出会うとは運がないな、お前たち」

 言いながら脳裏に小さな疑問。3人から恐れが感じ取れなかった。いや、正確には恐れはあるが逃げだすほどじゃない。そもそもこいつらは自分たちから俺たちに近づいてきている。それはおかしい。まさか。

「まさかお前たち、俺たちを追ってきたのか?」

 ありえないと思いながらも俺たちは問いかけた。そうなのだとしたら気が狂ってるとしか思えない、が。

「そうだ。お前を追ってきた」

 桜がすぐさま肯定した。その答えに俺たちは腹の底から笑いがこみ上げてきた。

「あははははは!! 冗談だろ、あれだけ玩具にされてまだ足りなかったっていうのか!!」

 笑いが止まらない。痛覚というものを失って久しいが、失っていなければきっと腹が痛いほどだっただろう。

「まさか自分たちからまた遊ばれにくるなんてな!! 俺たちを笑い殺しにでもきたのか!!」

 人間だった頃の名残で腹を押さえる。だが視線を上げると3人とも表情を変えていなかった。
 哄笑が止まり、愉快の感情が驚愕に上書きされる。信じがたいことにこいつらはどうやら本気で俺に用があるらしい。
 頭が絶対零度に凍りつく。まだ俺たちに何かしようというのなら相手になってやろう。

「何をしにきた」

 俺たちの声音に憤怒と殺意が乗る。それを受けて怜司と蒼麻の表情に僅かな緊張が走ったのが見てとれた。

「確かめに」
「何を」

 桜の答えを俺たちの言葉が、会話に見せかけた拒絶の刃が打ち払う。

「私たちのしたこと。そしてお前のことをだ、悠司」
「きっと、僕たちは知らず知らずのうちに君を傷つけていたんだと思う」
「それが何だったのか。俺たちの何が間違っていたのか。それを確かめにきたんだ」

 3重となった声を聞いて俺は──俺たちは考える。それが何を意味しているのかを。
 疑問の感情はそれを通り越して混乱となって俺たちの思考を埋め尽くした。
 一体こいつらは何を言っている。国家を破壊した存在に対してたった3人で向かってきた上で、その目的は自分たちの誤りを探すことだと、こいつらは言ったのか。自分たちの命を懸けてまでもそれを追い求めにきた、と。あるいは贖罪にきたとでもいうのか。己が罪を認めた上でその罰として死を受け入れにきたのか。
 そんなことはありえない、と俺たちは即座に結論づける。そんな思考の経路はこの世界でも元の世界でもありえない。真っ当ではない。まともではない。何かが狂っている。

 であればこいつらは俺たちの前に立って生きて帰れると考えているのだろうか。そこまで愚かなのだろうか。
 これもありえないだろう。仮に怜司と蒼麻がまだこの世界の常識に未だに慣れていないのだとしても桜がそれを是正する。その結果、曲がり間違って2人がきたとしても桜はいないだろう。
 だがこの場にいるのは桜も含めた3人だ。どれもこれもが理屈に合わない。

「そんなことを、一体何のためにしにきたのだ?」

 冷え切った拒絶の色合いはすっかり消え失せて困惑するままに俺たちは問いかけることとなった。
 答えはすぐには返ってこなかった。怜司も蒼麻も、桜でさえも口ごもった。
 こいつらは答えを持っていなかった。確固たる理由もない状態で俺たちの前に立ったのか。問いかけに答えられないような中途半端な覚悟のままで。
 俺たちの中の激情が爆発して口から吹き出される。

「答えさえ持たないのかお前たちは!! 覚悟もなく我らの前に立つなど侮辱に等しい!!」
「違う! 俺たちは……」
「これ以上の問答は無駄だ、愚行の代償を支払うがいい!」

 怒りの赴くままに後方へと跳躍。大通りの上空へと身を投げる。意識の水底から表層にいたるまでさざ波が立ち、即座に激流となって荒れ狂う。
 混濁した意識の濁流が肉体を破裂させて無限の汚泥が大空へと噴出。空の中心から街全体を覆うように拡大して暴風雨の如く降り注ぐ。

「さぁ、我らの名を知れ! そして我らが魂の器を嘆きで満たすがいい!!」

 ──宣告が街の全てへと轟いた。
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