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第1章 たった一人の勇者

歓待

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 村に戻った僕を待っていたのは、村人たちだった。

「おお、勇者様が戻られたぞ!」「じゃあ魔族は倒せたんだ!」「これで村は安全だぞ!」「流石は勇者様だ!」

 たくさんの村人に囲まれて、賞賛と感謝の言葉が降り注ぐ。
 僕の前に長老らしき老人がやってきて、頭を下げた。

「ありがとうございます、勇者様。おかげで助かりました」
「いいえ。これが僕の役目ですから」

 可能な限り、良い笑顔を作って答えた。

「何か、お礼をしたいのですが」

 長老の申し出には首を振る。

「先ほど申し上げたとおり、これが僕の役目ですから」
「ですが……」

 食い下がる長老に対して、僕は考え込む、フリをした。そして、まるで今思いついたように、周りの人々に視線を向けた。

「僕にとってはやはり、人々がこうして笑顔でいてくれることが、何よりの報酬なんです」

 予め考えておいた台詞を言うと、長老は感動したように頷く。

「本当に、ありがとうございます。どうか、今日は宿でゆっくりとお休みになってください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 なるべく笑顔を崩さないようにして、人々の間をかき分けながら僕は宿へと向かった。宿屋のご主人からも重いぐらい礼を言われ、応対する。
 そして、部屋に入り鍵をかける。ベッドに寝転がり、一息つく。

「……今日も、終わった」

 絶大な疲労感を言葉にして吐き出す。今日も大変だった。
 外からは『勇者クリストファー』を讃える大合唱が聞こえる。そう、それが僕の名前だ。
 僕はクリストファー。歳は二十二歳。勇者だなんて呼ばれていて、実際、そんな感じのことをしている。それがどういう感じのことなのかを知るためには、先にこの世界の状況を知る必要がある。

 前提として、ここは異世界だ。いや、この世界を主体にして言うなら、僕は異世界人だ、と言うのが正確だろう。
 一年前、突如として僕はこの世界に呼び寄せられた。よくある話だ──話の中でよくある話という意味で。そして、その多くの例にもれず、僕はこの世界にやってきて、特別な力を与えられた。

 一つ、僕はこの世界で起こっていることがある程度は分かる。たとえ、どれだけ離れた場所のことであっても。
 二つ、僕はこの世界そのものから力を供給されている。だから、普通の人間とはかけ離れた身体能力を持っている。
 大まかに、この二つだ。

 僕を呼び寄せた存在は“光の精霊”と名乗った。この世界の均衡を司る存在らしい。光の精霊は、均衡を失いかけているこの世界を救うために、僕を召喚した。
 均衡を失っている理由。それはさっきまで戦っていた魔族たちだ。彼らは人間たちが住む“人間界”とは違う空間である“魔界”に住んでいる。この二つの世界は今まで混ざることなく、また繋がることもなかったが、ある日、突然繋がった。そして、そこから大量の魔族が流れ込み、人間界の侵略を始めた。

 人間はほとんどの場合、魔族よりも弱い。何故なら、この世界における特別な力である『魔法』の扱いが、魔族に比べて人間は圧倒的に劣っているからだ。人間の“優秀な”魔法使いでさえ、侵攻してくる魔族の中で最も弱い個体と渡り合うのが精一杯だ。
 そのせいで侵略はあっさりと進み、僕が呼ばれた段階ではほぼ全ての領土を奪われていた。

 これが、均衡を失う、という状況だった。人間界と魔界、人間と魔族はその量や居場所についてバランスが保たれていなくてはならない。理由は知らないが、そうらしい。

 なので、僕の役割は彼らを魔界に追い返すことだった。さっき戦っていたのも、その一環だ。正確には、人間のほとんどが殺されてしまったため、バランスを取るために魔族は殺さなくてはならない。一匹でも取り残すと、その一匹だけでも甚大な被害を出すことができてしまうから、余計に取り逃がすことはできなかった。

 この世界の現状は、こういう具合だった。

 与えられた役割。『勇者』という肩書きを、僕はそれなりに上手くこなせていた。僕が『勇者』となって以来、人間側はその領土を急速に取り返しつつある。その理由はたった一つで、『勇者クリストファー』があまりにも強大だからだ。

 ほとんどの人間は魔族よりも弱いが、その中で精霊から力を与えられている僕は例外だった。先程の戦いでも傷一つ、負っていない。あの魔族たちが弱いのではなく、『勇者クリストファー』が強いからだ。それほどまでに、魔族と『勇者』の間には歴然たる差があった。人間と魔族の力関係を、逆転させたかのように。

 だから、実際のところ魔族との戦いは戦いとは呼べない。彼らの魔法は僕の身体に傷を負わせることはできず、彼らの爪牙は僕の皮膚一つ裂けない。僕が剣を振るえば彼らの身体はいともたやすく両断され、拳を打ち付けるだけで彼らの命は消える。ここまで一方的であれば、これは戦いではなく虐殺と呼ぶべきだろう。

 思わず嘆息が漏れる。『勇者』としての役割を全うし、この世界と人間を守るために魔族たちと戦い、勝利する。その結果として、賞賛の声を与えられる。端から見れば、何の問題もないはずだった。それでも、僕にとってはその全てが問題だった。
 窓から差し込む光に茜色が混じり込む。日が傾いてきていた。疲労感を消すためにも、少し眠っておこう。
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