異世界に行ってもモブのままの俺が主人公に一矢報いる話

じぇみにの片割れ

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その中にあって映し出されるもの

第13話 視点/視線

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「あー、疲れた」

 業務である通路掃除の、夜間の分を終えて俺は部屋に戻ってきていた。単純労働とはいえ、この施設は大きいためにそれなりの疲労がある。
 寝台に寝転がると、疲労が抜けていく感覚が全身に広がる。リラックスしながら、俺は今日あったことをなんとなく振り返っていた。今日はいい発見があったからだ。

 かんざしをつけた桜さんは綺麗だった。普段はなんというか、仏頂面だけど、女らしい格好をしたらかなりの美人なんだろう。もしかすると蒼麻以上の変化があるかもしれない。

「そういえば、飯のときに雄二いなかったな。いつもはいるのに」

 ふと、無口な友人のことを思い出した。具合でも悪くしてなければいいが。雄二のことは明日聞くことに決めて、俺は部屋の明かりを消して眠りについた。
 しばらくして、俺は物音で目が覚めた。誰かがトイレに行くために通路を歩いているのか、と思ったがどうも違う。扉の開閉音が明らかに至近距離から聞こえてきた。

 恐る恐る薄目を開けて確認してみると、寝台のすぐ傍に誰かが立っていた。暗くて顔はよく見えない。
 視界の端に鈍く光るものが見えた。そこから暗い腕が続き、肩に繋がる。なにかを振りかざしているのだと気がついた瞬間、俺の腕が反射的に跳ね上がっていた。
 同時に腕に衝撃。俺の腕が相手の腕を受け止めていた。相手が振り下ろしたナイフの切っ先が、目のすぐ先で止まっている。

 襲撃してきたなにものかは俺の上に馬乗りになると、両手でナイフを押し込んできた。両腕に力を込めて反発し、なんとか拮抗させる。
 咄嗟の判断が働いたが、俺の頭は突然の出来事に完全に混乱していた。

「だ、誰だお前は!? なんで、こんなことを!」

 相手は俺の問いかけには答えなかった。だが非力なおかげで、まだ刺されずに済んでいた。
 十秒ほど拮抗したままでいると、突然部屋の明かりがつけられた。扉のほうを見ると、蒼麻と桜さんが立っていた。
 俺が助けを請うよりも先に桜さんが動き、俺の上に乗っていた人間を床に引きずり倒した。傭兵だけあって、目にも留まらぬ速さだった。

「た、助かった……」

 全身から一気に力が抜けていく。危険から脱したことで、遅れて恐怖がやってくる。それでも、頭の中の混乱はいまだに収まってはいなかった。
 寝台にへたり込む俺を尻目に、桜さんと蒼麻は驚いた顔で犯人のほうを見ていた。俺もそれに倣い相手を見る。その瞬間、言葉を失った。

「ゆ……雄二?」

 そこにいたのは友人の雄二だった。桜さんに腕を背中で捻りあげられ、床に倒されている。俺はさらに混乱した。いったいなにが起きてるのか、まったく分からない。

「雄二っ、いったいどうしてこんなことを!?」

 入り口に立っている蒼麻が驚きの声をあげていた。俺はまだ言葉を発することができない。

「……答えろ、雄二。何故だ」

 桜さんも雄二に問いかけるが、雄二は答えようとしなかった。
 俺の理性は混乱しながらも原因をつきとめろ、と言っていた。恐怖と困惑のために身体は、思うように声を発してくれない。それでも俺は、無理やりにでも言葉を出そうとした。

「ど、どうしてだっ!? どうしてお前が、俺を!!」

 張り付く口を強引に開いた瞬間、恐怖と驚愕が入り混じった声が俺の喉から吹き出した。それを聞いた雄二が、初めて顔をあげた。

「……っ!!」

 俺の背中が、氷になったかのように冷え切った。雄二の暗い眼孔の奥には深海のように重いなにかがあった。俺は直視することができず、目線をそらした。
 身体に震えがきて、思わず両腕を抱いてしまう。表現できない恐怖が全身を支配した。

「だ、大丈夫!?」

 蒼麻の心配そうな声が遠くに聞こえる。視界が徐々に薄れていき、俺は意識を失った。


§§§§


 次の日になって、俺は雄二がどうなったかを知った。
 この組織の長の指示で、雄二は地下牢に入れられた。どういう処分をするのかはしばらくしてから決めるらしい。警察などは俺たちがいた世界のようには働いていないようだ。この世界の、こういった法があやふやな部分が、俺は嫌いだった。

 面会を申し込むと、渋い顔をされた。それでも俺は頼み込んで鉄格子越しに話す許可をもらった。
 本人に直接、理由を聞きたかった。あんなことをした、というよりは、あんな目をする理由をどうしても知りたかった。俺が知らず知らずのうちに、あいつになにをしてしまったのかを。

 地下に続く階段を降りると、目の前が牢屋だった。広さは八畳程度で、電気は通じていて、思っていたより明るい。鉄製の床と壁、という内装も変わらなかった。
 雄二はその中央に、俯いたまま座っていた。とくに拘束はされていなかった。

「……ゆ、雄二」

 恐怖を押し殺して、俺はなんとか声を絞り出した。
 緩慢な動作で、雄二は顔をあげた。そして、なにも見なかったかのように顔を下ろした。
 彼の瞳には、なんの感情も灯っていなかった。
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