2 / 17
彼の世界
第2話 境界線
しおりを挟む
部屋の扉を開けると、視界一杯に広がる陽光に目が眩んだ。
自室は廊下に繋がっている。廊下は中庭に面していて、中庭側には窓が連なっていた。それらが外の明かりを取り込んでいるのだ。窓の周囲や、反対側の壁は白を基調とした色合い。至る所が綺麗に磨き上げられていて陽光を反射している。おかげで廊下は俺の部屋とは正反対に、押し付けがましいほどに開放感に満ち満ちていた。
窓から外を一瞥すれば広大な中庭が見える。緑の茂みに色とりどりの花が飾ってあって……まぁ、どうでもいい。花の種類も教えられたがとっくの昔に忘れた。俺には色が沢山ある、程度の感想しか出てこない。今日も庭師が朝から働いていて、この風景も昨日と今日では違うらしいが俺には違いが分からなかった。昔から興味がない。
廊下の赤絨毯の上をゆっくりと歩いていく。足取りが重い。これもいつものことだった。外にいるときはほぼ常に気分が悪いがそのせいなのか、それとも元来の気質なのかもう区別がつかなかった。
しばらく歩くと使用人と出くわした。比較的最近入った、若い女の使用人だった。彼女は俺の姿を見ると深々と頭を下げてきた。
「雄二様、おはようございます」
こちらも会釈をして返す。こういうやり取りは苦手で、相手からすれば顔を軽く傾けた程度にしか見えないかもしれないが。
挨拶でさえ億劫だ。だから使用人と遭遇するのも嫌だった。彼女は少しの間、俺の顔色を伺うとそそくさと仕事に戻っていった。
廊下を進み、階段を降りて、また廊下を進むと食堂に到着した。何とか二人目の使用人と遭遇せずに済んだ。
食堂は二十畳ぐらいの広さで、中央に長テーブルが置いてある。十数人で食事をしてもなんら不自由ない構成だ。キッチンにも直結していて、必要なときには使用人が配膳をしたり、あるいは待機したりする。
すでにテーブルの上にはひとり分の食事が置いてあって、俺は席について食べ始めた。別に暮らしてるのが俺だけってわけじゃない。他の住民はもう出かけてしまっているだけだ。
家族は両親と妹が一人。両親は家にいることが少なく、妹は部活に入っているらしくて朝が早い。結果として、ここ最近は食事をひとりで取ることが多かった。少し前までは妹と二人だったのだが。
食事の気分はいつも複雑だった。この家に生まれて良かったと思える点があるとするなら、寝台の質が良いことと、食事が美味しいことぐらいだ。だから食事そのものは好きだったのだが、環境は良くなかった。妹と食べるのは少し辛いし、ひとりで食べるというのも、このいやに広い空間が孤独感を煽ってきて鬱陶しい。ひとりでいるのは好きだが、ひとりだということを意識させられるのは嫌いだった。
そういうわけで、俺は手早く食事を終えた。もしもなにも気にすることなく食べられるのなら、きっともっと美味しいのだろう。
席を立ったところで使用人が皿を下げるためにキッチンの方から出てきた。会話も面倒なので、俺はさっさと食堂を出ることにした。
足早に玄関へと行って靴を履き替え、扉に手をかける。後ろから気配がして、もっと急がなかったことを後悔した。
「いってらっしゃいませ、雄二様」
見送りにきたのはまた使用人だったが、初老の男だった。所謂執事というやつでこの家でもっとも長く勤めている。俺が子供の頃から居たはずだ。
正直言って、あまり好きではなかった。
「くれぐれも、外での振る舞いには気を遣われますように。雄二様の行いがこの家の名に影響を与えますことをお忘れなく」
このように毎朝毎朝律儀に俺に注意を促してくる。昔からこうだった。もっとも、彼としては職務を全うしているだけなので怒りは起こらない。確かに俺は注意されなければならないような人間だった。
「……いってきます」
小声で答えて今度こそ俺は外に出た。扉は重かった。まるで牢獄の入り口のように。
自室は廊下に繋がっている。廊下は中庭に面していて、中庭側には窓が連なっていた。それらが外の明かりを取り込んでいるのだ。窓の周囲や、反対側の壁は白を基調とした色合い。至る所が綺麗に磨き上げられていて陽光を反射している。おかげで廊下は俺の部屋とは正反対に、押し付けがましいほどに開放感に満ち満ちていた。
窓から外を一瞥すれば広大な中庭が見える。緑の茂みに色とりどりの花が飾ってあって……まぁ、どうでもいい。花の種類も教えられたがとっくの昔に忘れた。俺には色が沢山ある、程度の感想しか出てこない。今日も庭師が朝から働いていて、この風景も昨日と今日では違うらしいが俺には違いが分からなかった。昔から興味がない。
廊下の赤絨毯の上をゆっくりと歩いていく。足取りが重い。これもいつものことだった。外にいるときはほぼ常に気分が悪いがそのせいなのか、それとも元来の気質なのかもう区別がつかなかった。
しばらく歩くと使用人と出くわした。比較的最近入った、若い女の使用人だった。彼女は俺の姿を見ると深々と頭を下げてきた。
「雄二様、おはようございます」
こちらも会釈をして返す。こういうやり取りは苦手で、相手からすれば顔を軽く傾けた程度にしか見えないかもしれないが。
挨拶でさえ億劫だ。だから使用人と遭遇するのも嫌だった。彼女は少しの間、俺の顔色を伺うとそそくさと仕事に戻っていった。
廊下を進み、階段を降りて、また廊下を進むと食堂に到着した。何とか二人目の使用人と遭遇せずに済んだ。
食堂は二十畳ぐらいの広さで、中央に長テーブルが置いてある。十数人で食事をしてもなんら不自由ない構成だ。キッチンにも直結していて、必要なときには使用人が配膳をしたり、あるいは待機したりする。
すでにテーブルの上にはひとり分の食事が置いてあって、俺は席について食べ始めた。別に暮らしてるのが俺だけってわけじゃない。他の住民はもう出かけてしまっているだけだ。
家族は両親と妹が一人。両親は家にいることが少なく、妹は部活に入っているらしくて朝が早い。結果として、ここ最近は食事をひとりで取ることが多かった。少し前までは妹と二人だったのだが。
食事の気分はいつも複雑だった。この家に生まれて良かったと思える点があるとするなら、寝台の質が良いことと、食事が美味しいことぐらいだ。だから食事そのものは好きだったのだが、環境は良くなかった。妹と食べるのは少し辛いし、ひとりで食べるというのも、このいやに広い空間が孤独感を煽ってきて鬱陶しい。ひとりでいるのは好きだが、ひとりだということを意識させられるのは嫌いだった。
そういうわけで、俺は手早く食事を終えた。もしもなにも気にすることなく食べられるのなら、きっともっと美味しいのだろう。
席を立ったところで使用人が皿を下げるためにキッチンの方から出てきた。会話も面倒なので、俺はさっさと食堂を出ることにした。
足早に玄関へと行って靴を履き替え、扉に手をかける。後ろから気配がして、もっと急がなかったことを後悔した。
「いってらっしゃいませ、雄二様」
見送りにきたのはまた使用人だったが、初老の男だった。所謂執事というやつでこの家でもっとも長く勤めている。俺が子供の頃から居たはずだ。
正直言って、あまり好きではなかった。
「くれぐれも、外での振る舞いには気を遣われますように。雄二様の行いがこの家の名に影響を与えますことをお忘れなく」
このように毎朝毎朝律儀に俺に注意を促してくる。昔からこうだった。もっとも、彼としては職務を全うしているだけなので怒りは起こらない。確かに俺は注意されなければならないような人間だった。
「……いってきます」
小声で答えて今度こそ俺は外に出た。扉は重かった。まるで牢獄の入り口のように。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
100倍スキルでスローライフは無理でした
ふれっく
ファンタジー
ある日、SNSで話題に上がっていた [ Liberty hope online ] 通称リバホプと呼ばれているMMORPGのオンラインゲームが正式にサービスを開始した。
そのプレイヤーの一人である月島裕斗は、誰も倒す事が出来なかった期間限定のボスモンスターに挑み続け、長期にわたる激戦の末に勝利する。しかしその直後、過度な疲労によって深い眠りへと落ちてしまった。
次に目を覚ますと、そこは見知らぬ世界。さらにはゲームで使っていたアバターの身体になっていたり、桁違いなステータスやらおかしなスキルまで……。
これは、 美少女として異世界に転生した彼(?)のほのぼのとした日常……ではなく、規格外な力によって様々な出来事に巻き込まれる物語である。
※表紙イラストはテナ様より。使用、転載の許可は事前に得ています。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
妖精王オベロンの異世界生活
悠十
ファンタジー
ある日、サラリーマンの佐々木良太は車に轢かれそうになっていたお婆さんを庇って死んでしまった。
それは、良太が勤める会社が世界初の仮想空間による体感型ゲームを世界に発表し、良太がGMキャラの一人に、所謂『中の人』選ばれた、そんな希望に満ち溢れた、ある日の事だった。
お婆さんを助けた事に後悔はないが、未練があった良太の魂を拾い上げたのは、良太が助けたお婆さんだった。
彼女は、異世界の女神様だったのだ。
女神様は良太に提案する。
「私の管理する世界に転生しませんか?」
そして、良太は女神様の管理する世界に『妖精王オベロン』として転生する事になった。
そこから始まる、妖精王オベロンの異世界生活。
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
神様に転生させてもらった元社畜はチート能力で異世界に革命をおこす。賢者の石の無限魔力と召喚術の組み合わせって最強では!?
不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
ファンタジー
●あらすじ
ブラック企業に勤め過労死してしまった、斉藤タクマ。36歳。彼は神様によってチート能力をもらい異世界に転生をさせてもらう。
賢者の石による魔力無限と、万能な召喚獣を呼べる召喚術。この二つのチートを使いつつ、危機に瀕した猫人族達の村を発展させていく物語。だんだんと村は発展していき他の町とも交易をはじめゆくゆくは大きな大国に!?
フェンリルにスライム、猫耳少女、エルフにグータラ娘などいろいろ登場人物に振り回されながらも異世界を楽しんでいきたいと思います。
タイトル変えました。
旧題、賢者の石による無限魔力+最強召喚術による、異世界のんびりスローライフ。~猫人族の村はいずれ大国へと成り上がる~
※R15は保険です。異世界転生、内政モノです。
あまりシリアスにするつもりもありません。
またタンタンと進みますのでよろしくお願いします。
感想、お気に入りをいただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いします。
想像以上に多くの方に読んでいただけており、戸惑っております。本当にありがとうございます。
※カクヨムさんでも連載はじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる