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待ち合わせのハンバーガーショップにぎりぎりで間に合うとすでに笹山くんは到着していてメニューを眺めていた。

この店は笹山くんのチョイスで、ハンバーガーを食いたいと言ったのは俺だ。70年代のアメリカのレトロな雰囲気の内装が凝っていて、俺たちが座って居るのは、通りに面しているガラス張りの窓側のソファ席だ。渋く少し色褪せた赤のソファは外からでも目立つ。

「ここ、大学の近くでたまに来るんです。美味いし、雰囲気いいし」

改めて唯継と笹山くんの二人を互いに紹介し、挨拶を済ませた。

しばらく雑談していると頼んだハンバーガーのセットが3人前やってきて、俺たちはそれにかぶりついた。握りこぶしよりもひと回り大きなバーガーで、バンズが軽く焼かれて端っこがカリッとしている。パティは肉厚でジューシー、野菜もみずみずしくて歯触りが良くすげえうまい。

夢中で食べていると唯継がにっこりほほえんで、テーブルの紙ナプキンを取り、俺の口もとをそっと拭いてくれた。どうやらバーガーのソースが付いていたようだ。ついでに食べるのに必死でずり落ちたままの丸メガネも元の位置に戻してくれる。

ちょっと恥ずかしい。二人を見れば唯継と笹山くんは口もとや手元を汚すことなくきれいに大きなハンバーガーを食べている。

俺だけがなぜか包み紙を付けたまま汚さないように食べてるつもりなのに、手や口の端に何度もソースをつけてしまったり、バンズとパティの食べ進める分量が3分の1くらいになるとおかしくなって、崩れてきたり、上手く食べれない。

しかも唯継がじっとこっちを愛おしそうに見てるからさらに恥ずかしい。

「なんだよ」

恥ずかしさから言い方がぶっきらぼうになる。

「百介は口が小さいのに、それよりたくさん齧ろうとするからむずかしくなるんだよ」

唯継が俺に優しくおしえてくれる。でも口いっぱいにもの食うのってしあわせじゃん。ソースで汚れた包み紙の中の崩れたパティとトマトとアボカドとなぜか下だけ残ったバンズを恨みがましく俺は見た。

ちなみに人前で、ももって呼ばれるの嫌だから前日に唯継に呼ぶなよってしつこくお願いしといた。

「仲良くていいなあ」

悔しそうにハンバーガーを見る俺を可愛くて仕方ないとばかりに見つめる唯継。そんな俺たちを眺めながら、にこにこして笹山くんは続ける。

「俺、付き合ってる人がいるんですけどそっけなくて。どうしたらもっと構ってもらえますかね」

ああ、笹山くんは唯継にも恋の相談し始めた。唯継は笹山くんの話を聞きながら、時たま冗談も交えアドバイスをしている。悲しいかな、ポジションを取られてしまう予感。たしかに俺はアドバイザーとしては力不足だな。唯継の話を聞きながら改めて思う。まあ笹山くんの悩みが解決するなら俺のポジ取られてもいいけどさ。

そんなこと思ってたら、二人は今までの恋愛遍歴の話をしだした。唯継は自然に相手の話を引き出すのが上手い。そんでなんと、笹山くんは高校生の時からマッチングアプリとかも使ってて、結構派手に遊んでいた。笹山くんってすげえモテるんだって。ごめん。なんか勝手に同じような恋愛偏差値低め男子かと思ってたわ。全然レベル高いじゃん‥。調子に乗ってアドバイザーとか言ってた俺って。

俺を残し進む恋愛上級者たちの話。正直、すげえ盛り上がっている。

「ちょっと手ぇ洗ってくる」

ついていけない俺は背中に哀愁を漂わせながら、ナプキンでは取りきれない手に付いたソースの汚れを洗いに洗面所へと向かった。



さて、俺が抜け、唯継と笹山くんが二人きりになったその時、ハンバーガーショップの前を通る一人の男性がいた。インテリそうで気難しそうな顔をした壮年の男は、二人の楽しそうな姿を見るや否や、その気難しそうな顔の眉間のシワをさらに深め苦々しそうにその場を足早に去っていった。

彼は誰あろう笹山くんの恋人の岩下さんである。



俺が手を洗い終えて戻ってくると二人は自然に恋愛談義に俺を入れてくれ、楽しい会話タイムになる。笹山くんだってそろそろ俺が恋愛ポンコツだとわかっているだろうに、俺がどっかで聞いてきたようなことをちょい上から発言しても、いつも通り明るく愛想良く接してくれる。うう、いいやつ。

けど笹山くんに俺の童貞妄想話をするのはやめとこう。俺は心の隅でそう決意した。恥ずかしいからな。


笹山くんは食べ終わったバーガーの包み紙を丁寧に折りながらこぼす。

「今付き合ってる人じゃないんですけど、俺、何度か浮気されたことがあって、だから相手が素っ気なかったりすると、どうしても不安になるんですよね。本当に好きなのかな。とか考えちゃったり‥」

あはっ、と明るく笑った後、笹山くんは続ける。

「でも田宮さんはそんなの感じたことないですよね。田宮さんみたいなかっこよくていい感じの人、付き合えたら絶対手放さないだろうなって思いますもん」

笹山くんは唯継を持ち上げる。唯継は穏やかな表情を崩さず、ふふ、と微笑む。

「そうでもないよ。僕も浮気されたことはあるよ。でも本当にショックだったのは一度だけ‥」

いつのまにか恋愛談義は浮気がテーマになり、そう言い終えると唯継は意味深そうに俺をじっと見つめてきた。笹山くん、浮気の話はタブーだから。思わず冷や汗をかき、首を引っ込める俺。

唯継の目線に気づいた笹山くんが驚いた顔をして俺を見てきた。

「え‥、藤野さん、やったんですか‥?」

はっきりは言わないが、そこには「お前が浮気した側?」という驚きの気持ちがあふれ出している。まあ、言いたい気持ちはわかる。

つか、俺のあの童貞ソープ未遂事件は浮気じゃないから。唯継が勝手にそう思ってるだけで。

「してねえよ」

俺が不機嫌そうに唇を尖らせると、唯継が眉を寄せ、「したでしょ」と制す。俺と唯継に漂うちょっと険悪な空気。あのことは誤解だと言いたくなる。

「あれは‥、違くて」

唯継が理由を聞きたそうに黙ってこちらを見てくるし、笹山くんもわくわくした顔を表情に出さないように我慢しながら、俺たちをやり取りを興味深そうに見守っている。

いや、こんなところでカミングアウトはできねえよ。真っ昼間のハンバーガーショップでなんで俺がどうして脱童貞したかった件をお話しなければならないのだ。

しかし唯継と笹山くんの「聞きたい」の圧がすごく、俺は怯む。ずももも‥と効果音を付けたいくらい二人(特に唯継)からそのオーラが発せられている。なにかしら言わないと収まらぬ雰囲気である。

「ち」

「「ち?」」

その先をうながすように唯継と笹山くんは俺の発した言葉をくり返す。

「ち、ちんちんの形が‥、お、俺と唯継じゃ違うから‥、病気か不安になって」

だからソープに行って経験豊富なお姉さんに見てもらおうと思っただけだと言い訳した。

「そういう時は病院に行くべきだし、それに百介のそこはふつうだよ」

唯継が肩に腕を回し、そっと抱きしめながら優しく諭してくる。うるせい、知ってるよ。俺はただ仮性なだけだよ。

笹山くんは顔を下げて震えだした。多分笑いを堪えているのだろう。

雰囲気もなんとなくよくなり、どうにか核心に迫ることを冗談で避けた俺。よくやった。なんてほっとしたのも束の間、唯継が顔を寄せてきて耳元でそっと囁く。

「もも、帰ったらちゃんと本当のことおしえてね」

うう、これはもう逃げられないかもぞ。

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