図書館は職場なので迫らないでください

ミネ

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さめざめとした空気が漂うリビングでソファに座りなんの感情もないように淡々とした様子の唯継と、その前で真っ直ぐ立ちすくみまるで取引先で失態を犯して謝罪しているかのように洗いざらい白状している俺。

「男じゃないです‥。女の子のところです」
「お、お店です。40分1万7000円‥」
「おっぱいを少々‥」
「してないれす、やってません、絶対やってません‥」
「ご、ごめん‥、いつ、いつのことす、すきだからぁ‥」

あまりも論理的かつ的確にねちねちと詰められて最後のほうは半べその俺。唯継こえーよ。

「僕のこと好きなのにどうしてそんなお店に行ったの」

「お、俺はいつと一生一緒に居たいと思ってる‥」

「嬉しいけど、質問に答えがあってないし、そうであればどうしてお店なんかに行ったのかなおさら聞きたいんだけど」

ソファの肘掛けに肘を乗せ、こめかみあたりをやれやれと揉む唯継。ほんとなんのポーズをさせても様になる。

あまりの唯継の格好良さと長いに俺は勝手ながら怒りを覚え始めてきた。そろそろゆるしてくれたっていいだろうが。どうせ俺の気持ちなんて唯継にはわからないだろう。

「もも?」

それと同時に自分の情けなさも。俺は胸を押し上げる気持ちもこぼれ落ちそうな涙もこらえた。

「相手に不自由したことなくて、コンプもなくて、俺がどんな思いでソープ行ったかなんて分かりもしねえだろ」

涙をこらえていると鼻水が垂れる。ぐすぐすと啜る俺に慌ててティッシュを取ると唯継は俺の鼻を拭いてきた。

今まで萎らしかった俺が今度は逆ギレし出してきたから唯継は俺の気分を宥めようと態度を改め優しめの声で接してくる。

「もものことはなんでも知りたい。おしえて?」

「もっと優しく」

俺は調子に乗ってもっと優しく接するように求めると唯継がたしなめる。

「もも。ももが悪いことしたんだろ?これ浮気だからね」

悪くねえよ。全然悪くねえし、浮気なんかじゃない。これは唯継と一生一緒にいる上で、俺が童貞への劣等感と少しの憧れをおさらばする大事な通過儀礼だったんだ。

「浮気じゃない‥」

その言葉にさすがの唯継もむっとした表情になる。

「浮気じゃないならなんなの」

「お、俺は‥」

でも「童貞なんだ」そのひと言が言えない。言えば俺の行動を理解してもらえるかもしれない。だけど俺の24年間女の子に触れられなかったコンプレックスが喉につかえてそれ以上何も言わせない。

しかも俺は唯継とやり過ぎて、結局ソープで女の子とできなかったんだ。俺は一生童貞がさっき決まったばっかりなんだぞ。もっと優しくしてくれたっていいだろうが。

「うっ、ぐっ‥!」

今、一生童貞と自分で言ってダメージを受けた。俺はもう一度涙をこらえ、鼻を啜る。

ちゃんと唯継に説明しなきゃわかってもらえないってことくらいわかってる。

「あ、愛してる、唯継‥」

でも俺には唯継への愛を伝えることしかできない。言わなきゃわかんないけど、でもこんな劣等感、格好良すぎる唯継になんか言いたくない。童貞でしかもそれを隠して卒業しようとしてたなんて、俺があんまりにもちっぽけだとばれるじゃないか。

唯継が少し重いため息を吐く。唯継は唯継で自分の問いかけに「好き」とか「愛してる」としか返事をしない俺に焦れているのだろう。さっきからずっと口に出している「なら、なぜ」が唯継の気持ちだ。

唯継はそう問い詰めたいだろう気持ちをぐっと心に押し込むと俺をゆっくり抱きしめた。

「もも、ちゃんと言ってくれないとわからないよ」

ううう、そんな包容力で包み込まれると俺と唯継の格差が身に染みて悲しくなるだろうが。どれくらいの格差かというと、この唯継がルームウェアにしてるトップスはハイブランドの一着7万2000円とかするやつで、こっちはゼロが2個も少ないちまむら価格だというのに。だから悔しくて鼻水こすりつけているが、唯継はなんの躊躇もなく7万2000円のシャツで袖で俺の鼻を拭いてくれる。これくらいだ。俺は言わない。やっぱり絶対童貞だなんて言わない。

「お、男ならぁ‥恋人の言えないことの一つや二つ黙って受け止めろ」

俺は見逃せとばかり唯継を強く抱き返す。しかし唯継は許してくれなかった。真顔でこちらを見つめて来る。

「いままで付き合った子達にそれは出来ても、僕、ももだけには絶対できない。もものこと全部知りたいし、ももの全部がほしい。だから例えなんらかの事情があっての割り切ったお店での行為だったとしても、ももが他の人と触れあうのは許せない。裏切りだよ」

うぐ。裏切りとか言われると何も言い返せん。その通りだ。だから俺はこそこそ唯継に隠れてソープに行ったんだ。

「もも、なんか言って」

「すまん」

もう謝るしかできん。

「どうしてもお店に行った理由を言ってくれないなら僕は自分で勝手な解釈をするよ」

いつもは凪のような唯継の静かな目が今は燃え盛る炎を宿したように熱い。力強い腕で掴まれ寝室のベッドに引き摺られるといとも簡単に俺の安っぽい上着は脱がされてしまった。


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