妖のツガイ

えい

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夜空

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 七生が火焔に一言二言言うと、火焔は頷くことはなく宝凛を抱えて藍仙郷に戻っていった。
 結局のところ、どう言っても「宝凛は七生のお気に入り」から改善されることはなかったので、来た時と同じように宝凛は火焔に担がれて帰って行ったので七生は肩を落とした。
 銀之丞と希助は残ることを希望して、氷雨に合流する旨を伝えた。銀之丞らが3匹目を見つけてくれたのは、大きな前進でもあるので、氷雨は快く受け入れる。
 宵藍もその3匹目の居場所を掴んだようで、蓮たちの前に現れた。
 
「今まで不安定だったが、はっきりと見えた。どうやら、蓮、お前を呼んでいるようだな」
 
 銀之丞はヒュッと口笛を吹いた。
 
「こりゃまたどえらい方連れてなさんな」
 
 宵藍はちらりと銀之丞と希助の顔を見て目を細め、言った。
 
「影に聞いてないか」
「じぃさんは言ってなかったな。なぁ?」
「あぁ。大将がいることは知らなかった」
「そうか」
 
 宵藍は蓮に聞いた。
 
「どうしたい?」
「早めに殺したいかな」
 
 少し散歩に行きたいかな、とでも言うかのような軽い調子で言った蓮に、宵藍は頷いた。そして、銀之丞と希助に向き直る。
 
「影派、お前たちが蓮の偽物と会った場所は結界の中だ」
「そう言われた方が納得行く。多くの人間が、偽物と対峙した瞬間消えた。町並みは妙にぼやけて見えたな」
「結界の中にしては、簡単に抜け出せたしな」
 
 蓮はふふと笑った。
 
「それは、多分拙を釣るためかな。簡単な毒とわかりやすい刀傷。宣戦布告?面白いね」
 
 銀之丞は呆れて口を開く。
 
「楽しそうなところ悪いが、そんなところ蓮坊を連れていくわけにもいかないだろう」
 
 聞いていた氷雨が口を出した。
 
「今のところ、蓮さんの偽者相手は蓮さんしか敵いませんよ。毒と同じように対処方法が見つからないのです」
 
 そこに、紫水が半分寝ながら手を上げた。
 
「ボクも行きますよ。結界内であれば、妖魔を飼ってる可能性ありますし、妖魔の方は任せてください。いなければ寝てるので邪魔はしませんよ!ぐぅ」
「大丈夫か?」
「紫水なら問題ないでしょう。私は拠点を離れるわけにもいきませんから待機します。七生くんもお留守番です。蓮さんは宵藍大将がいれば大丈夫でしょう」
 
 七生は「わぁってる。足手まといにはなんねぇよ」と頷いた。
 
「ラスボスって感じ。拙もちょっと気合い入れちゃおうかな」
「遊びに行くんじゃねぇぞ」
 
 七生が言い「わかってるよ」と蓮は言った。



 宵藍が両手を広げ転移口を作る。向こう側は何やら灰色がかった町並みが見えた。
 銀之丞が覗いて言う。
 
「確かに、あんな感じだったなァ、希助」
「あぁ。間違いない」
 
 ゆらりと起き上がった紫水が、転移口を一瞬で通り駆けて行った。
 氷雨はそれを見て言う。
 
「妖魔の気配を感じ取ったのでしょう。放っておけば殲滅してくれます」
 
 希助もそれに続く。
 
「では、オレも行こう。長に頼まれているからな。銀は精々怪我を治してろよ。影派が出てきて収穫なし、むしろ銀の怪我でマイナスなんざ笑いものだろ。七生そいつの面倒頼んだ」
「へいよ」
 
 蓮はというと転移に躊躇する。
 
「これ、拙通れる?弾かれたりしない?酔ったりしない?」
「しない」
 
 宵藍は蓮を素早く抱えて翼を広げ、転移口を通り、閉めた。
 ワラワラと妖魔が集まってくるが地上を見ると、大剣をまるで重さがないように扱う紫水が斬っていく。真紅の眼が開いており、いつもへらりと笑うか寝てるかだが、戦闘になるとプッツンと理性が切れたかのような暴れっぷりだ。
 
「妖魔の量が多すぎる。あぁなった紫水には近づくな。周囲にいる者を殲滅する」
 
 蓮はこくこくと頷く。
 
「希助さんは――大丈夫そうだね」
 
 希助は影の中を通りながら、紫水が洩らした妖魔を斬っていた。手を使い足を使い、刀3本を自在に操り、軽業を繰り出していく。紫水が大剣を振り回す際は離れるか、器用に影の中に潜るので、どことなく慣れているようでもある。相棒の銀之丞も大剣使いなので、そのせいかもしれない。
 宵藍に抱えられ空を飛ぶ蓮は地上を見渡した。上からの景色ではあるが、自分がその景色を見間違えることはない。
 
「ここ、拙の世界の風景なんだよね。その通りの向こうによく行ってた茶屋があるし、ここを真っ直ぐ進むと城がある。人は……うーん、みんな妖魔になっちゃったのかな。いないね」
「幻影だ」
「うん。それでも、懐かしいな」
「戻りたいと、思うか?」
「まさか。言ったでしょう。拙はあっちでは死んだんだ。今の拙は、あっちで生きていた拙じゃない。未練は、ないよ」
 
 蓮の顔は涼しげではあったが、声が暗い。宵藍が身体を抱え直すと、ふふと笑った。
 
「大丈夫。うん。大丈夫さ」
 
 それは自分に言い聞かせるようだった。
 地上で戦闘を繰り広げている2人の勢いは衰えない。しばらく飛んだし、進んだと思ったのだが、城は一向に近づかなかった。それどころか、時間の経過も見られない。雲は止まり、風が止んでいた。
 希助が気づいたように足を止め、宵藍も止まる。
 
「紫水、止まれ。多分だが、オレたちは呼ばれてない。オレたちがいたんじゃ、大将も、蓮も進めないんじゃないか」
 
 希助に呼び止められた紫水は、何度かまばたきした。そしてゆるりと言う。
 
「えーーー、ではここで止まりましょうか。そういえばさっきからなんでボクとキミだけに妖魔が突っ込んで来るんだろうとは思ってたんです。足止めってことですか。それならもっと強いやつを寄越して欲しいですよねー!」
 
 へらりと棒立ちで笑った紫水は、殴りかかってきた妖魔を片手で止めて、斬り捨てた。
 
「そういうことで、宵藍さんたちはどうぞ。ボクら、ここで遊んでますからー」
 
 宵藍は頷いて、再度城へと向かった。
 


 苦無と手裏剣。こちらではゆるゆると生きてはいたが、身体は忘れていない。
 
「宵藍、拙の質問に答えて」
「我が話せることであれば、話そう」
「この苦無と手裏剣ともう1つは、拙が最期まで持っていた物だよね」
「肯」
「こちらには持ってこなかった」
「肯」
「何故?」
「“お前が背負う業は重い”ゆえに、置いていく必要があった」
「拙のしてきたことを、拙が持っていたモノに肩代わりさせて、あちらに置いてきた、ね」
「そうだ」
「置いてきたはずのものが、何故こちらにあるのかな」
「何者かが持ち込んだのだろう」
「そうなるよね。検討は?」
「ついている」
「そう、じゃあ、まぁ行きますか」
 
 宵藍が連れてきたのは結界内にある城だ。見覚えがある、蓮が死ぬはずだった場所。空気は禍々しく汚染されて、空は赤と紫と黒が混ざり合う。
 
「いたぞ、追え!」
「断じて逃すな!」
「十野は裏切り者だ!全員殺せ!」
 
 聞いたことのある台詞が再生される。捕らえられた女子どもはすでに殺され、長が首を刎ねられる。
 
(残ったのは、拙1人)
 
 捕らえられた自分は騒がず落ち着いていた。蓮は息を吸い、吐き、腰にあった刀へと手を伸ばした。

 
 妖刀。
 そう呼ばれる刀は、十野に古くから伝わる刀だ。
 
(たしかに、それは拙が持っていた。でも、それは投げ捨てたはずだ)
 
 妖刀を抜いた蓮はその場にいた全員を斬り殺す。血に濡れたその顔は鬼そのもの。
 
「これは、あの刀が見せている幻だ。――もし、お前が諦めなければ、我の名を呼ばなければこうなっていたのかもしれない」
「――もし、などないというのに」
 
 蓮は地面を蹴った。振り上げた苦無は刀に止められる。投げた手裏剣も弾き返された。
 静かな殺意。あらゆる体術を練り込んだ剣術。気配はなく、足音もない。
 
「これぞ、まさしく、拙である。よくもまぁ、ここまで憎悪をためた拙を抑えていた」
 
 宵藍は気を張っていた。その眼は目の前の蓮ではないところを見ていた。口だけは動く。
 
「我ができるのはここまでだ。言った通り、我には蓮を傷つけることはできない」
「……上等。あとは拙が片付けよう。本気の己と相対するなど、これ以上ない好機」
 
 口を舐める。力は互角。合わせ鏡のような存在に昂った。
 
「何故諦めた、何故逃げた、何故何故何故。お前は最後の生き残り。留まるべきだった。そして十野の復興を」
「――君の望みはそれか。生憎、十野に愛着はない。拙は、諦めた。拙は、逃げた。拙の人生を捨てた。いまの拙は拙のものでは非。ゆえに、ここでやられるわけには行かない」
 
 苦無を受け流して、懐に忍ばせた針を首に刺す。糸を首に巻き付け、そのまま引いた。
 
「拙は侍に非。外道を貫いた忍び也。――刀は好きだけどね。勝てなきゃ意味がない」
 
 刀がからんからんと地面に落ちた。
 その瞬間、あたりがぐにゃりと歪んだ。
 首を切ったはずの蓮の体が浮かび、頭が生えた。何回か顔が変わる。顔が代わりながら口からは高笑いのような音が響いた。気色が悪い。
 転がっていた刀を足で蹴り上げて、構えたところで、頭が、宵藍に捕まれる。
 
「――窮奇。やっと出てきたな。妖魔ごときが、蓮の姿で好き放題したこと後悔しろ」
「ぐ、いたい!いたい!頭が割れる!宵藍、離せ!」
 
 宵藍は蓮を見た後に、意識をその蓮の姿を模した妖魔、窮奇に向ける。蓮に向ける眼差しとは別物で、温度が一切ない。
 
「我の名を呼ぶな。はやくその姿を解け。さもなくば」
「なにが、さもなくば、だ。この姿でいる限り貴様は手が出せない。せっかく手に入れた玩具を早々手放すか………あ?」
 
 蓮はにこやかに己の身を模した妖を斬った。
 
「己に似たようなものといえど、妖は妖。拙とは別物」
「それにお前は蓮の香りが一切しない。我の眼には蓮としては映らない」
 
 焼けるような音を立てて、妖魔の姿がぼろぼろと崩れていく。呆気ない。蓮と宵藍は思う。崩れる妖魔が蓮の顔でにたりと笑ったところで、核心に変わる。
 
「え」
 
 蓮の腕が意図せず振り上げられ、その切っ先は宵藍の肩からはらにかけて割いた。
 
「しょうらん?」
 
 一瞬だった。
 
「良い気味!良い気味!どう宵藍?おまえが可愛がっている人間に斬られる気持ちは!あはははは、ぁ?」
 
 本性を表した妖魔を蓮と宵藍は無言で斬り捨てた。怪我を負っていながら槍を使う宵藍にも、絶望しながらも刀を振るう蓮にも気づかずに、断末魔を上げて妖魔は消えた。
 夜の静寂の中、宵藍が膝をつき、蓮が刀を投げて宵藍の吹き出る血を止めようとした。
 
「どうすれば……どうすれば良い……?」
 
 宵藍は泣きそうな蓮にもたれかかり、小さく笑った。
 
「慌てるな。大丈夫だ。お前が望むなら、我は死なん。我に関しては、お前が望むようになる」
 
 蓮は頭の中が真っ白になっていた。何を言われているかもわかっていない。宵藍は落ち着いて、蓮にわかるように言いなおした。
 
「蓮が望めば我の傷は癒える。だから、そう念じると良い」
 
 蓮はわからないなりに、こくりと頷き、強く強く想った。
 
「ごめん、拙のせいで。治って。治れ。治らなければ、拙も同じところを斬る。……死ぬなら拙も一緒に連れてって」
「…………怖いことを言うな。お前のせいではない。ほら」
 
 蓮が両手を退けると傷が塞がっていた。流した血はそのままなので、赤く染まってはいるものの皮膚は綺麗に塞がっている。ほっとしたが居ても立っても居られず、宵藍の首に腕を絡めた。
 宵藍は目を細め、投げ出された刀を浮かせて、鞘に納めてやる。己の槍は風に溶いた。

 風は全ての幻を飛ばして夜空を見せた。
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