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呪いの鏡1
しおりを挟む蓮が結構、割と強いことはそこそこにバレている。ゆるふわな見た目で、動きものんびりしている割には、妖魔が現れた時の避けようは素早く、七生に任せているように見えて笑いながら応戦する。そして、宝凛に怒られている。
「お前は戦うな。瘴気が溜まったらどうしてくれる」
「拙に瘴気が溜まるとどうなるの」
「廃人まっしぐらだ。その前に大師父が瘴気を回収するだろ?今度は大師父によくない」
「ふぅん。拙も仙になれば良い?そしたら戦える?」
「無茶を言うな。仙は選ばれた人間にしかなれない。作りが違うんだ。まぁ、たまに後天的な奴もいるけど……おまえの場合は異邦人だろ。異邦人が仙にってのは聞いたことがない」
「異邦人自体はいるんだ?」
そういえば気にしたことがなかった。自分と同じように連れてこられたりした者もいるのかも知れない。
「いるはいるだろうよ。文献にも残ってる。ただな、今の藍仙郷にはおまえだけだ。だから、みんな扱いに困ってるんだろ」
「最近は慣れてきたと思うよ?大分」
にこにこと手を振れば返してくれる者もいる。
「愛嬌を振りまくな。ストーカーが増えたらどうしてくれる」
「七生が退治してくれるよ」
「七生の敵を増やすな。――七生!お前は早く妖魔を片付けろよ!」
「うるせぇ!戦わねぇおめーに言われたくねぇわ」
「ぼくは、妖は専門外だ。ストーカーの方なら何とかしてやる。嫌がらせは得意だからな」
蓮は「頼もしいね」と笑った。
それにしても妖魔は増えているようにも思う。仙たちはひっきりなしにかけずり回ってるし、火焔の所も慌ただしかった。
「拙は、釣りをするか、釣りをするか、釣りをするくらいしかやることないのにね」
「大丈夫だ。おまえはいるだけで役に立ってる。お前に害はなくともちゃんと妖魔を引き付ける機能は働いているみたいだからな」
「そういや火焔さんがそんなこと言ってたらしいね」
「人里に行くくらいだったら仙郷に集めた方が効率は良い」
「ふぅん。まぁいいけど」
少しくらい自分に刃物を持たせてくれたって良いではないか。今現状、七生が戦っているのを横目で見てるしかない。
妖魔は寄っては来るものの、宵藍の加護があるおかげで傷つくことはなかった。どちらかというと釣り針に餌をつけようとして、間違えて自分の手に刺す怪我のほうが多い。そんな怪我でも宝凛は怒りながら治療してくれる。些細な怪我くらいであれば使う仙力も少なくて済むようで酔いもしなかった。しかし、七生が妖魔と戦って怪我をしても無視するあたり、やはり自分に対しては過保護なのだ。
その少女は息を荒げて走っていた。妖魔に四方から襲われ、靴が脱げて、それでも裸足で逃げた。木を縫うように走り、開けたところに出たところで赤い眼と合った。
「おやまぁ」
蓮はいち早く気づき、その少女を庇う。追ってきた妖魔は七生が斬った。
少女は仙見習いであった。七生と宝凛と同世代。しかし、性別の違いから谷を挟んだ向こう側で修行を積んでいたのだがわけあって忍び込んだのだ。
そのわけというのが。
「お、お助け頂きありがとうございます。そして、お会いしとうございました。大師父の番様!」
その少女は顔を赤らめて蓮を仰ぎ見た。
「だから、番じゃないんだけど」
蓮の第一声はそれではあったが少女、麗奈は気にすることなく話し始める。
「お願いが、ございます。初対面だというのに申し訳ございません。ですが、この呪は番様でなければもう解けないとお聞きいたしまして」
「拙は――もういいか。話だけ聞こうか。――宝凛、あまり睨まないの。この子怪我してるから治してあげてよ」
「見習いの女人は男山には入ってきてはいけないはずだが?」
「わ、わかってます!だからこっそり。居ても立っても居られず。あぁ、番様、お噂はお聞きしております。実は――」
何の噂だろう、とは思ったものの麗奈が慌てて話すので、茶々はいれられずに話を聞いた。
麗奈の話はこうだ。数日前から形見の鏡に瘴気が宿るようになった。師や姉弟子に相談して何度か祓ったが瘴気が戻ってくる。このままでは燃やすしかなくなる。その時に呪を祓った番様の話を耳にしたと。強力な呪術を御身に受けながら、大師父の加護と希なる力により打ち勝ったという、随分誇張された噂だ。蓮は目を点にし、宝凛は「ナニソレ?」と見下し、七生は蓮の後ろで黙った。
蓮は否定しつつも、差し出されたその形見の鏡とやらを受け取った。七生は瘴気が見えるので止めようとして、宝凛も良い顔はしなかったが、蓮はあいにく見えない。見えないなら平気だと思いがちだった。
蓋付きの鏡で、装飾が細かい。それを麗奈は首から下げられるように鎖をつけていて、華やかで目を引く首環だった。蓋を開くと鏡に眼が描かれていて、蓮は一瞬で閉じる。
「うん。開かない方がいいねコレ」
七生は尋ねる。
「何が見えたんだ?」
「眼だよ眼。妖魔の眼」
麗奈は「そんな」と声を上げた。
「あたしが見た時は何も……」
「あー心配すんな。蓮だけが見えるものがあるらしいから、それだろ」
蓮が特殊なのはそれくらいだ。妖の眼が見える。物体としてなくともだ。眼はどの妖にもあり、物にもあった。目として存在しているものはわかりやすいが、今回のように物体に宿っている場合は赤い描かれたような眼が蓮には見える。それは他の人には見えないようだ。
「呪というか、妖魔がいる。七生、斬れる?」
「いや、斬ったら鏡ごと割れる。それじゃ、嫌なんだろ?」
「さ、最悪は仕方ないと思ってます。呪でなく妖魔なら尚更。でも、これは母の形見なのです。師やお姉様たちからもはやく壊しておしまい、と言われましたが、できれば壊したくはないのです」
どうしたものかと悩んだところで宝凛が口を出した。
「この妖魔、なんかしたのか?今のところ大人しいけど。襲ってくるとかさ」
「は、はい、毎夜うめき声が聞こえるのです。なので、てっきり呪術の類だと思いました」
「うめき声か。鏡から妖魔を剥がせれば良いんだけどな」
宝凛が蓮から鏡を受け取るとカタカタと震え出し、驚いた宝凛は鏡を投げ出して七生の背後に隠れた。蓮が地に落ちた鏡を拾い砂埃を払った。
「びっくりした。蓮が持っていると何もないとかある?」
試しに七生が持ってみると宝凛と同じようにカタカタと言った。
「拙か麗奈さんが持つ方が良いかもね。麗奈さんは持ち主だからかな」
「蓮は駄目だ。何かあったら俺が困る」
「心配性だね」
麗奈は鏡を首から下げた。
「どうしようか。壊さずに妖魔を剥がす方法ね。七生は壊す専門だし。宝凛は」
「ぼくは人間の治癒専門。ハクノとか火焔とかはやめておけよ。取り上げられる。宝家も今忙しい」
「暇なのはお前くらいだろ」
「うるさい。ぼくは蓮を任されてるんだ。暇じゃない。――あと、ぼくが知る中だと、影派……いや、あいつらも最近見ない。おい、七生おまえもなんかアテないのかよ?」
「あるわきゃねぇだろ、そんなもん」
「聞いたぼくがバカだった」
「あん?」
いつもの取っ組み合いが始まりそうなところで、蓮が言う。
「宵藍、呼ぶ?」
それに対しては3人して「やめてくれ(ください)」と即答だった。
◆
呪杏里の封印が解かれたのは突然だった。封じの札はバリバリと破け散り、杏里は悪夢からの目覚めかのように飛び起きた。滴る汗を拭って、外套の頭巾を目深に被った。
自分はどうしたのか。と整理する前に歯を剥き出しにした犬が現れ「ヒッ」と呼吸を止めた。赤と桃色の間のような色をした毛が燃えているように見えて後ずさる。
「やだ、ヤダヤダ、なに?なんなの……」
ぶるぶると震えて泣きながら、部屋の片隅に逃げる。何かないかとあたりを見回すが何もなく、杖もない。手の置き場がなくなり顔を覆った。
「た、食べてもおいしくないからっ」
端で丸まって目を瞑っていると、犬の息遣いが大人しくなり、ぺろんと舌で顔を覆った指を舐められ顔を舐められた。
「や、だめ、だめだから、ふふ、くすぐったい」
そしていつの間にか一頭が二頭になっている。薄青の毛の犬が側にいた。こちらは大人しいようで、じっと黙って見てくる。
「妖獣……?危ない?でもおれ、丸腰だし。杖ないと何にも出来ないし。襲わないでくれよ……なにもしないから」
犬が二匹、ワンと鳴いた。大人しくなったので落ち着いた杏里は爪を噛みながら状況を確認した。
牢屋に入れられているのはわかる。それだけのことをしたし、自分は窮奇付きだ。警戒もされている。封じられもするだろう。しかし、牢屋の外には封じの札が散っている。そしてギィと音を立てて牢屋の扉が開いた。
「え、え?出られる……なんで」
どうしようとワタワタとしていると桃色の犬に裾を引っ張られた。
「だめでしょ。怒られちゃう」
薄青の犬に尻を押されて、そのまま牢屋から出ることになった。
洞窟の奥にある牢屋で、その他にも牢屋はあるようだがどこも静かだ。札が破けたのは自分のところだけのようだ。
「叔父上!」
その内の1つに叔父であり師父である暗児がいた。眠らされており封じられている。自分なんかよりよっぽど長く窮奇に支配されていたから、顔色も悪かった。
「叔父上……うぇ、なんでおれだけ」
犬がクゥンクゥンと鳴く。
「……とりあえず出るか。ここにいても……だし」
この犬たちはなんだろうと思いつつ、引っ張られるがままに杏里はとぼとぼと歩いた。
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