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妖と仙3
しおりを挟む宵藍もわかってはいた。瘴気が己に溜まらないように仙たちが動いていることを。だから、見守るだけに留めた。
『うぬに任せれば、呪家など一瞬で滅んだろうな。なに、我慢することを学んだのは良い事だ』
深淵に沈んでいる旧友の声が聞こえた。
「我のことなど放っておけば良い。何故こうもお前たちは、余計なことをしたがるのか」
『皆、お前を慕っておるからな。いつの時代も、うぬは人気者よ』
「……お前は我のせいで深淵の監視をしていると思ったが、影。それは人の身であれば負担がかかろう?意識を浮上させるのはやめた方が良い」
『うぬのせいではない。ウチが、唯一適性があったというだけ。うぬばかりに無理をさせるわけにはいかないのでな。ウチは手伝っているに過ぎない。ここは、流れが良く視える。人の流れ、妖の流れ、瘴気の流れも』
「――そうか。お前の弟子らは有能だな」
『せやろせやろ。ウチがいなくとも影派はなんとかなる。……ん?うぬは、もしやいま話を逸らしたか。随分親しみ安くなったな。蓮坊やに影響されたか?良い良い。うぬを引き留めるのも終わりにしよう。蓮坊やの所に戻ると良い』
瞬きをすれば視界が広がった。空には変わらない星空があり、足下には人の街並みが見えた。
蓮の元に戻る。寝台の上で丸まっている蓮の顔色は良くなっており、一息つく。辺りは静かで、客室に七生と宝凛、ハクノの気配がした。
この巣も元々は単なる大樹だった。そこに仙たちが人型でも過ごしやすいようにと院を建てた。立派過ぎている気もするが、静かな場所ではあるので気に入ってはいる。
「おかえり。よく眠れたよ。こちらに来てからはこういうのばかりだね。風邪とか体調崩すとか、無縁だったけど、経験と思えば良いのかな。――まぁ、二度と病気にはなりたくないけどね」
「声は、まだ治ってない。鳴くのは治ってからにすると良い」
「鳴くって、まぁ、いいけど。拙にあった呪いとやらは消えたかな?どう?」
「消えている。少し香りはするが、そのくらいなら我がもらおう。 ……その人形はなんだ?」
蓮の腕に抱えられている青ウサギのぬいぐるみに怪訝な顔をするので、蓮はプっと吹き出した。
「ハクノさんにもらった。持っていると落ち着くし、呪いを移すようにって」
「なるほど。人間は不思議なことを考えるな。しかし、それはいつまで抱えている?」
「明日返すよ。呪いの肩代わりはしてもらったみたいだし、調査するって言ってた」
「ふむ。はやくそれを退けると良い」
「こういうの、あまり好きじゃない?」
「…………」
「なんで、黙ったのかな」
蓮は青ウサギのぬいぐるみを枕元に置いた。
「拙に呪いをかけたという人は?」
「生きてはいる」
「ふぅん。生きてる、ね。拙はこの通り元気だし、その人もお咎めなしが良いよね」
「それを決めるのは我ではないが……善処はしよう。若い有能な仙の芽が摘まれるのは、惜しむべきではある。例え、お前が苦しんだとは言え」
「別に苦しんだってほとでもないんだけどさ」
蓮は呆れて蓮を寝台に押し倒して、喉を撫でた。
「ん、ん?」
「鳴くのは、終わりだ」
「?」
宵藍は鈍感だ。これも多分本当に喉を休ませろ以外の何の含みもないのだろう。他から見たらどう見えるのかなんて、考えはない。
「わかったよ」
宵藍の髪を撫でて、さらに続けた。
「何が起きているか、拙にはわからないけど。拙を助けておいて宵藍に何かあったら許さないからね」
笑いかければ、宵藍の金眼と目があって、誤魔化すように額を擦られた。
藍仙郷の外れに収容所がある。カラクリが多くあるその収容所には数多くの人間やら仙人やらが収容されている。内部は薄暗く静かだった。
その最奥に数多の札とともに眠らされている少年がいた。黒髪の少年の目元には隈があり、頬は痩せこけている。前髪が長く顔の半分を覆っていた。七生や宝凛と年頃は変わらないように見えるが、仙人なので見た目の年齢と実年齢は違うのかも知れない。
蓮は七生に手を引かれる。
「おい、見たら帰るって言ったよな?見ただろ帰るぞ。見つかったら俺が怒られる。怒られるどころじゃねぇ。焼かれる。宝凛も置いてきちまったし、文句言われるのは俺だ」
「わかってる。わかってるって」
蓮には興味があった。誰が自分を狙っているのかが知りたい。敵のカタチを知りたかった。
「この子なの?」
「そうだ。呪杏里。呪家の秘蔵っ子。呪家自体は昔からある仙家らしいが俺は詳しく知らねぇ。宝凛が言うには数代前に落ちぶれた家だとか、その復興を願って、今回の騒動を起こしたとか、らしい。呪術自体流行らねぇからな」
「なんか、違う気がする」
「あ?」
咄嗟に口走ったものの何かわかっていたということではない。ただ蓮の直感が、何かが違うと言っていた。
そこに、静かに声がかかる。
「頭の……ここで何をやってるんです?」
薄い青色の毛並みをした犬が、人型に変化して訪ねた。そのまま薄い青色の髪の青年で、その青い眼は七生を見て、蓮を見た。
七生はやべ、と声に出す。それから早口で言い訳を口にする。
「たまたまだ。迷ってたらここにたどり着いた。以上だ。蒼火、火焔には黙っておいてくれ」
「嘘をつくならもっとマシな嘘にしなさい。棒読みすぎますし」
蒼火と呼ばれた青年は蓮に向かってお辞儀をした。礼儀正しそうな青年である。
「お初にお目にかかります。藍仙郷総裁、火焔の配下の者です。私たちは呪杏里の監視をしております。が、今のところ特に変わったところはありません」
「私たち?」
蓮が尋ねると蒼火と七生が上を見た。
薄桃色の毛の犬が気配なく浮いている。蒼火が、その犬を見上げて言う。
「桃火です」
「ずっと見てたんだけど、バレないもんだね。やっほー七生くん。あと、蓮くん、で良いかな、はじめまして」
ふわふわの長い髪の青年に変わり、蒼火の横に収まった。顔が同じだが雰囲気が随分違う。
「こんなところで挨拶なんてやだったんだけどねー。まぁ、バレちゃ仕方ないよね。んで、お兄さんがついでに教えてあげるよ。この子は操られたに過ぎないよ。一度操られれば残滓が残っていてチョット危険なんだ。だからこうやって封じられている。それが、彼の希望でもある。最後にちゃんと意識を取り戻して、蓮くんにかけた術も撤回してる。そこは偉いよね」
「あまり話しすぎるのは良くないと思いますよ」
「このくらい良いんじゃない?僕はこの子が悪いわけではないよってことを言いたいんだよ。思考を乗っ取られちゃったのは、この子の弱さではあるんだけどさ」
蓮は尋ねる。
「ということは、この杏里という子を操って、拙に呪いをかけた犯人が別にいるってことだね。拙が狙われたというより、狙われてるのは宵藍かな。拙にはそれほど価値はないと思うし」
「価値がないことは、なくて、ありすぎるんだよ。でも、大将を狙っているというのは合ってる。大将が表に出てこないからこそ、アナタを狙うんだ」
「ふぅん。誰だろうね、そいつ」
蓮の言葉に蒼火と桃火、そして七生が口を開いた。3人は全く同じ名前を口にする。
「――窮奇」
一瞬、杏里の眼が開いたが誰にも気づかれることはなかった。
高台に足を投げ出して星空を見ていた。
(窮奇、窮奇。やっぱり聞いたことがないな)
あの後、火焔にバレた七生は緋色の毛に捕まってつれて行かれた。奥院までは二匹の犬が同行してくれ無事に帰宅する。その後宝凛にも怒られ、「危ないことはするな」――そう釘を刺された。
窮奇とは……を聞き逃したな、と思った矢先。逆さに自分の姿が映った。
「窮奇とは悪きケモノ。数多の人を殺し、数多の妖を喰らい、その毒牙は神をも制した」
蓮の声で、蓮の姿で語るソレをポカンと見た。
「宵藍は窮奇の抑止力。――ほんと邪魔なんだよねアイツ」
「窮奇?」
「そう、窮奇」
ケタケタ笑う蓮に悍ましさすら感じた。自分の姿を模してるだけの化け物。鏡にすらなりはしない。
窮奇は蓮の顔で嗤った。
「ここまで近づけるなんて、ホント、アイツ弱ってんだな。こんなんだと簡単にヤっちゃうぞ☆大事に食べずに取っておくのが悪い。こうやって簡単に掠め取られる」
窮奇の蓮を模した手が鳥のような手になり鋭い爪が生えた。それを横から掴み止めたのは宵藍だ。腕は千切れ、千切れても顔色を変えない。宵藍は今まで見たことがないほど、怒っていた。
「何を、やっている、窮奇」
「まだ何もやってないだろ☆拙はぁ、そう、何も。こんなに、美味しそうなのに、食べないで取っておくなんて信じられなぁい☆」
「……消えろ」
「ハァイ、またね☆蓮」
窮奇は幻のように消えた。
蓮は宵藍に手を引かれ、抱えられた。
「今のは?」
「何でもない。忘れろ」
忘れられるわけないじゃないか。あんな身の毛のよだつような悪意。そう思ったもののコツンと額をつけられて、そのまま気を失った。
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