妖のツガイ

えい

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妖と仙1

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 呪杏里が師である呪暗児に叩き起こされたのは深夜だった。
 
「お前は類い稀なる仙力があるから、もしやすると」
 
 暗児のぶつぶつとした呟きに「またか」と思いながらも口にしない。いつもこうなのだ。師は師でありながら弟子の自分に頼り切っている。杏里も殴られたくはない。だから黙って言うことを聞くしかない。――こんな人でも恩師なのだ。そう言い聞かせた。
 しかし、師の計画を聞いた時には、杏里もサッと血の気が失せた。
 
(それは、さすがにまずいだろう……)
 
 師の頭にはもうそれしかないようで、嫌だと言えば間違いなく折檻だ。痛いのは嫌だ。
 杏里は持っていた杖をぎゅっと握り込み、詠唱をする。うまくいくだろうか。良い感触はあった。――お前は天才だ。そう言われるためだけにその呪を唱えた。


 ◆


 その男は、蓮が釣り中を見計らい声をかけてきた。左眼を眼帯で隠した隻眼の、威風堂々とした男だった。
 
「お前が、大将が連れてきた人間ってやつか?今仙人共が騒いでいる。ほぉん」
 
 顎に手を当てて上から下まで堂々と観察するように見られて、蓮は「そうなるかな」と答えた。
 
「お供のネコちゃんは」
 
 キョロキョロと辺りを見回すと、見回りから帰ってきた七生がすっ飛んでくる。
 
「だーもー!オマエかよ!銀之丞!希助がタダで美味いもんくれるなんざ、おかしいと思ったんだよ!」
「希助、何でネコちゃん釣ったんだ?」
「猪肉。簡単に釣れたぞ。銀が話しかけてる間、足止めしてたんだが、すぐに気づいたな。さすが、火焔のとこのネコだ」
「アイツの名前は出すなよ」
 
 七生の知り合いか。顔見知り程度だろうか。隻眼の黒髪の男が銀之丞で、七生を釣ってたという髪色が桃色がかった男が希助というらしい。
 蓮は竿を上げながら尋ねる。
 
「七生、誰?その人たち?」
「仙人。……影派の仙が何しに来やがった」
「何って、噂の坊やを見にだな。手は出さねぇよ。ウチは、妖仙にも仙人にも肩入れしねぇ。しかしだ、大将のオキャクサンなら、ちーっとばかり興味はある。ってことで見に来たんだが」
 
 銀之丞はチラリと横目で森の奥を見る。希助もまた同じように気づいたみたいで、姿を消した。少しあって森の奥から伸びた人間を二人ほど担いだ希助が現れる。
 
「敵か?味方か?とりあえずボコッといたぞ」
「最近多いんだよ。よくわからん奴らが蓮の周りウロチョロしてんの。アンタらも含めて」
「俺らは別に敵じゃねぇし、よくわからん奴でもねぇよ。無害無害。ネコちゃん、ほら爪立てないでくれよ。俺の一張羅に傷つけんなよ」
 
 剣を刃を見せた七生に銀之丞は両手を挙げた。
 蓮は魚を釣り籠に入れて、竿を肩に担ぐ。
 
「七生、帰ろうか。そちらのお二人もお昼どう?七生が抱えているその猪、食べきれないから、お昼まだであれば振る舞うよ」
「それはありがたいが……いや、やめておこう。俺らは奥には入れねぇし、かと言って引き留めておくのも大将に悪い。猪は好きに食ってくれ」
「保存用に塩をやろう。塩漬けにすると良い。燻製もいいと思うぞ。七生、あとでウチまで取りに来いよ」
「へーへー」
 
 仙人にしては珍しく友好的な対応だ。蓮は、例を言い、七生は渋々――内心喜んでいるには違いないが――猪を丸ごと肩に担ぐ。
 そこに「あー」と大声が響き渡る。この声は、宝凛だ。
 
「おま、おまおまえら!何を抜け掛けを!」
「抜け掛け?それを言うならお前だろ宝凛。俺らは友好の証に、未来の大将の番様にお目通りをだな。……これは冗談だ、本気にするなよ宝凛。宝録への報告もなしだ。ウチは面倒ごとは真平ごめんなんだ。しかしよ、きな臭い匂いもプンプンしてやがる。だからまぁ、気をつけろよォ」
 
 銀之丞と希助は手を振り、立ち消えた。
 
「消えた」
 
 蓮のぼやきに七生が答える。
 
「仙術だ。あいつら、影派が得意とするのは影渡り。影の奴らの情報網は侮れない。しかも、影派の祖、影が持つ現在を視る能力は、大将に次ぐって話だ」
「影老師はお隠れになったと聞いたぞ?」
「あ?顕在なはずだ。最近は表に出てこれねぇってのは聞いてるけどよ」
 
 七生と宝凛が話し込んでいるのを聞きながら、蓮は猪をどうしようかと悩んだ。塩はもらうとして、燻製も気になる。
 側の草むらで葉がカサカサと不自然に揺れた。蓮はそれに気づかないふりをする。まぁ、近々何か起きるだろう。

 

 けほけほ。
 おかしい。そう思ったのは朝目が覚めて、喉の痛みと頭痛だ。ただの風邪だと思いつつも、自分は風邪が引いたことはない。それどころか病気の類は一切経験がなく、なふほど、これが風邪なのか、としみじみ思った。
 訪れた七生と宝凛には寝室に来るように言う。二人は一応遠慮して最上階の寝床には自ら足を踏み入れないようにしていたが、蓮の声がおかしいことに気づくと躊躇いもなく入ってきた。
 
「風邪だろう」
「お医者様が言うなら間違いないね」
 
 宝凛はへらりと笑った蓮の額に冷えた布を置いた。
 七生が作った粥を食べて、不味い薬を水で流し込む。
 
「拙、薬、効かない」
「強めに調合はした。効きにくかろうが、気休めにはなるだろ。できれば術に頼らず治してほしい。あまり身体に仙術をかけるのはよくない……よくないと怒られたんだ。特におまえは仙術の耐性がない。皆無だ」
 
 七生と宝凛に毛布をかけられる。
 
「自己治癒か。がんばるよ。ありがとう2人とも。でも、これうつったりしない?」
「俺と宝凛は仙だから大丈夫だろ。おら。ちゃんと布団に入れ」
 
 宝凛は部屋を見回した。
 
「大師父がいると思ったが、1人なんだな」
「昼はね。夜はいることの方が多いよ。明るくなってからは見ないかな。視線は感じる時あるから、姿を見せないだけかも」
「フン。大師父なら、治せるかと思っただけだ」
「そんなお手軽なもんじゃねぇぞ。妖側はともかく、人間は作りが難しい。昔、俺の擦り傷を治そうとした火焔に腕一本燃やされたことがある。たまたま居合わせた火焔の部下に戻してもらったが、悲惨だった」
「よし、大師父に頼るのはやめよう」
「それが良い」
 
 2人は看病してくれた。料理が一通りできる七生は食べられそうなものを作ってくれたし、猫頭や狐頭への指示も的確だ。宝凛も医者なので、七生と言い合いになりながらも蓮の様子を見る。
 昼間は2人がいるし、夜は宵藍が側にいた。
 
「人の病はわからないのだが……」
 
 心配そうに、というよりは不思議そうに見てくるので、七生と宝凛が言うように頼りになるというわけではなさそうだ。
 
「それは、本当に病か?」
 
 宵藍が、真顔で意味深なことを言い、蓮は首を傾げる。
 
「怖いことを。病でなければ、何かな?」
「我もわかっているわけではない。我にとって人は難しい」
「うん。そうだね。拙も難しいと思う。単なる風邪だっていうけど、地味に辛いかな。みんなにうつらなきゃいいけど」
「声が枯れている。あまり話さないほうが良いのではないか?」
「そうだね。痛いもの」
 
 宵藍は喉を撫でて眼を細めた後に、髪を撫でる。何かを察知したのか、背を向けて翼を広げた。
 
「気になる事がある。少し巣に……家を空ける」
「巣に帰らない、で良いよ。わかるから」
 
 蓮はふふと笑えば、宵藍か「そうか」と言い、飛び去った。
 
(多分、頑張って拙に合わせようとしてくれてるんだろうな)
 
 宵藍には毎夜眠る習慣はないから、夜は側にいたとしても蓮を見ている。眠っているのかと思えば眼を伏せているだけのようだった。ご飯も食べないのだが、蓮が食べているものをじっと見ていることもあるのでその時は食べさせた。昔は、食べ物はいらない、と言っていたなと思い出す。
 宵藍は宵藍なりに蓮に合わせてくれている。そう思うと楽しくなった。
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