妖のツガイ

えい

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半妖

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 火焔の邸は藍仙郷が見渡せる場所にある。藍仙家どころか麟山、ないし麟州一の金持ちであり、手広く商いを手がけていた。特に酒と薬の分野では大陸一とまで言われるが、これは全て火焔の趣味だ。金がある分、権力を持っている。当たり前のように藍仙郷の顔役で、最も古い宵藍の配下だ。
 宝凛が起きると目の前に七生の顔があり、反射で叩く。七生は叩かれても起きずに反対を向いてしまった。
 確か自分は力尽きて倒れた。そこまでは思い出す。
 
「良く寝ていたようだ。目は覚めたか?宝凛」
 
 淡々とした男の声に振り向くと、腕を組んで扉に背を預けた長身の男がいた。
 
「げ、火焔」
「失礼だな。僕が奥院へ入れるようにしてあげただろう?ついでに言うと、倒れた君たちを回収したのも僕だ。そこのまだ寝ている半妖を起こしてくれないかな?」
 
 宝凛は七生の腹に肘を立てて飛び掛かる。七生は耳と尻尾の毛を逆立てて飛び起きた。
 
「――ッックソが!もう少し起こし方あるだろが!」
「おまえがいつまで経っても起きないのが悪い。しかも最悪だ。火焔だ」
「げ」
 
 火焔はため息を吐いた。
 
「君たちは、本当に失礼だな」
 
 顔色を変えずに2人の襟首を掴む。身長が高い上にバカ力なので2人とも宙に足が浮きじたばたとする。
 
「本来、護衛の任務を怠った者には草むしりの罰があるが……蓮に免じて、なしとする。将も感謝を述べていた」
 
 将というのが、七生にとっての大将で、宝凛にとっての大師父だとわかり2人は顔を見合わせた。
 
「その調子で励め。――今日は非番を与えよう。十分に休むと良い」
 
 下っ端ゆえに非番など滅多にない2人は両手をあげて喜んだ。


 喜んだものの。
 
「休みって言われてもな」
「何すりゃ良いんだ」
 
 何年も修行と妖魔討伐に明け暮れ、ここ最近は蓮の護衛をしていた二人は急に与えられた休みを持て余した。
 結局のところ奥院の門の前に立っていたが、強固な結界が貼ってあり門を潜ることは叶わなかった。
 
「人間って休みは何するんだ?」
 
 七生の問いかけに、宝凛は思い出しながら答えた。
 
「師父が休んでいるところは、見たことない。師叔たちは山を降りて楼閣に行ったりしてたな」
「女か。おまえも行けば良いんじゃね?」
「ぼくは遠慮する。女にうつつ抜かしてる暇があったら読書なりするさ。少しでも知識がほしい」
「それじゃいつも通りだろ。ガリ勉。休めって言われたんだから休めよ」
「そういう、おまえは何すんだよ」
「狩り。くらいしかやることねぇ。あとは、そうだな。蓮の新しい釣り場でも探すか」
「…………それ、ぼくも行く」
「あ゛?おまえ、力使い果たしてなかったか?今だってすっからかんじゃねぇか」
「だからだろ!一人でいたら危ないじゃないか」
「だったら寝てろよ。俺にオマエのお守りさせる気か?」
「帰って、バカにされたくないんだ!」
 
 声を張り上げた宝凛に、七生が呆れた。
 
「俺に、バカにされるのわかってんのかよ?」
「おまえに、バカにされても今更痛くないわボケ」
 
 七生は「サヨウですか」と突き放すように言って、歩き出した。
 宝凛は、勉強はできる。だけれど、体力はない。普段は仙術で補っているのかと思うくらいに体力がなかった。少し早く歩いただけで息を切らす。
 
「早い。ぼくに合わせろ」
「ウゼェ」
 
 仕方なしに宝凛の歩幅に合わせて七生は歩く。宝凛は七生の後ろをついてきた。
 気丈にふるまってはいるが、仙術が使えない状態で歩くのは不安なのだろう。草むらで草食動物がガサガサする度、鳥が飛び立つたびにびくっと体を震えさせる。
 
「おもしれぇ……いって、足踏むんじゃねぇよ」
「フン。今度覚えてろよ。絶対お前がただの人間になる日を突き止めてやる」
「……よく知ってんなそんなこと」
「当たり前だ」
 
 ふんとそっぽを向き先に行く宝凛の後ろを歩いた。
 半妖はただの人間になるときとただの妖になるときがある。その周期は個体によって違うが、どちらにしても他人にばれるわけにはいかなかった。
 人間であれば無力、妖であれば危険。どちらも下手すれば死ぬ。
 
「宝凛」
「あ?」
「それ、他の半妖には言うなよ。――殺される」
 
 珍しく七生が静かに怒ったので、宝凛は黙った。

 
「蓮のことどう思う?」
 
 七生は薬草を集める宝凛の背に声をかけた。
 宝凛は薬草を敷布に包みしまう。
 
「どうって。……大師父の番だろ。あ、まだ番ではないのか?その辺のことぼくにはよくわからないが、みんな言ってる。やっと大師父が番を持つ気になったって。番がいれば大師父の力も戻るって。番になるのも時間の問題だろ」
 
 やっぱりか。と七生は思う。
 
「番じゃねぇ」
「は?」
「番にする気、あまりないんじゃねぇか」
「そんな。奥にしまっておいて?今日だって、奥院は入れなかったの、大師父の結界のせいだろ?」
「番にする気があったら、普通あそこまで番でない状態で自由にしたりしない。それどころか、蓮からは大将の気配がしない。守護は与えているがそれだけだ。蓮がどんなに自由人だろうと、丸腰で他の妖の巣をうろつかせるようなことしない。妖の欲を舐めるなよ。他人の手に渡るくらいだったら殺して喰う。それくらいはする」
「こわ」
「それが普通だ。だから、大将がどういう思いで蓮を野放しにしているのかがわかんねぇ」
 
 宝凛は尋ねる。
 
「おまえも?」
「あ?」
「半妖のおまえもなの?それ」
 
 宝凛はおそらく知的好奇心で尋ねているのだろう。七生は少し考え、ニヤリと答えた。
 
「さぁどうだろうな」
 
 宝凛は、バカにされたことに気づき、容赦なく七生の頬を平手打ちした。

 
 顔に紅葉をつけたまま、川を辿り散策する。蓮を連れては行けないような妖の巣に、宝凛を連れて行くと、怒られた。妖魔は嫌いらしい。
 
「無理、妖魔は無理無理無理無理」
「藍仙郷の仙人の癖して、妖魔は無理ってやばくね?」
「それ以外は問題ねーんだよ。病魔祓いは得意だし、治癒も得意だし。でも妖魔と戦うのは気分が悪くなる。そもそも戦うの苦手。対人間ならまだ良い。妖は無理」
「まー見ていて良いもんじゃねぇけど。俺にひっついて離れなくなるのは相当だな」
「うるさいな。笑ってんじゃねー」
「おもしれぇんだからいいだろ」
「よくねーよ」
 
 七生は、裾を握ったまま離さない宝凛が面白くてそのままにしておく。
 
「おまえは、慣れすぎ」
「あー昔から火焔に放り投げられてたから」
「は?」
「修行だかなんだか知らねぇけど、妖魔相手にすんのは慣れてる。半妖だから食おうとしてくるやつも、孕ませようとしてくるやつもいねぇし」
「はらませ、え?」
「だから、気をつけろよオマエ。けっこー美味そうだから」
 
 宝凛は、もう片方の頬を平手打ちした。

 
 帰宅した七生の顔に火焔もハクノも笑いはしなかったが、視線を不自然に逸らした。
 
「楽しかったようだな」
「た、楽しくねぇわ。守ってやったのに引っ叩かれるし」
「叩かれたのは、お前が失礼なことを言ったのではないか?」
「ぐ」
「図星か」
 
 火焔は七生の首根を捕まえるとそのままズルズルと引きずっていく。
 
「おい!まだ飯食ってない。ハクノの飯!」
「僕が食わせてやる。七生は僕に付き合え。機嫌が良い七生は珍しい」
「機嫌は良くねぇよ!?ハクノー!」
「はい、七生様のお食事はお部屋にお持ちしますね」
「そうじゃねぇよ、助けろよ」
 
 七生の情けない叫び声が邸中に響いた。



 蓮が目を覚ますと宵藍の綺麗な顔があった。ずっとひっついていたことに驚き、こてんと首を傾げる。
 
「なぜ、このようなことになっているのかな?」
「気は済んだな。我から離れないので仕方がなかった。許せ」
「許せって言われてもね。くっつくことになった理由がわからないけど、拙のせいでしょう?ふふ、拙は良い夢を見させてもらった後のよう。ずっと抱えてくれていたのであれば、疲れたでしょう?」
「疲れはない」
 
 蓮は押し黙る。不思議そうな顔を見せて、顔を振った。そして何事もなかったかのようにへらりと笑った。
 
「ふふ、落ち着く」
「気が済んだなら離れると良い」
「気が済んでないから、離れない。一緒に寝よう?お昼寝。それが良い。今日は寝倒そう。うわぁ、すごい贅沢」
 
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