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釣り
しおりを挟む火焔邸は妖仙の出入りが多い。西方の各地に飛んでいる妖仙たちは火焔に状況を報告し、火焔もまたその報告次第で妖仙を派遣する。それに加えて、片手間にやっている商いの商談やらもあった。妖仙が入っては出て、次の妖仙が入っては出て行く。その中にたまに仙人がいる程度でほとんどは妖仙だ。耳や尻尾やらがあるので妖仙だ。
蓮は七生を待っている間、火焔邸の庭の池で釣り糸を垂らしていた。実際には庭でぼーっとしながら火焔にお目通りを、という妖仙を眺めていただけだが、そのうちの1人と目が合うと、突っ掛かれた。
「お前ごとき人間が本来出入りできるような場所ではないのだ。ましてや釣りなどと!身の程を弁えよ」
最近よく言われるので慣れてしまった。どこの方かは知らないが、苛々しているところを見ると火焔との商談がうまくいかなかったのか、そこらだろう。
「おや、それは知らんかったよ。火焔さんには好きにして良いと言われていたからね。郷に入れば郷に従えってやつだね。拙が無知だったよ。教えてくれてありがとね」
蓮もわかってはいた。下っ端の妖仙たちにいちゃもんをつけられただけというのは。わかっていて身を引いたのだが、なにが気に入らないのか、「目障り」だの「調子に乗っている」だのを言い始めた。よくわかっていない彼らから見れば、蓮はただの人間なのだ。
ちょうど、その様子を見ていたハクノは蓮を守るように、妖仙と蓮の間にシュタっと現れた。いつものことながら身体の線がわかるぴったりとした服装だ。藍仙郷では浮く容姿で、目はどこを見ているかわからない。特徴的な容姿でもあり、火焔の敏腕秘書については有名なので、嫌味を言ってきた妖仙たちもひと目で誰かわかったようだ。
「ハクノ様!?」
「すみません、一部始終を見ておりましたので。ここは、釣りが禁止されているわけではありません。火焔様がお認めになられたお方です。蓮様に制限はなにもありません。人間の全てを目の敵とするのやめた方が良いかと。あなた方のためです」
ハクノが冷たく言えば、その下っ端たちは「いや」「あの」としどろもどろになり、逃げるように退散した。
ハクノは蓮を振り返った。ハクノの瞳は七色でその時によって目の色が違、今は黄色だった。
「差し出がましい真似をいたしました。申し訳ございません。……ただお気をつけ下さい。貴方様は存在が特殊でございますので、今のようないざこざにも巻き込まれやすい」
「ハクノさん、ありがとうございます。 火焔さんは一緒ではないのですね」
「わたくしは火焔様の秘書ではありますが、常に一緒というわけではございません。火焔様のおこなっていることは、広うございます。火焔様の手が空かない時は、わたくしめが出ることもございます。しかしながら、あのような、妖や人間のいざこざはわたくしめが介入できるものでもございません。根深いのです」
「そうみたいだね。余所者にきついのはどこにでもよくあることだろうけど、種族間のことは、ちょっとやそっとじゃ解決しないからね」
ハクノは表情を変えずに頷く。
「……わたくしからすれば、よく敵意を向けられると感心もするのですが。あなた様は独特な気配をお持ちですので」
「気配?」
「はい。目に見えぬ何かを隠し持っている、そんな気配でございます。これに他意はございません。お許しを」
蓮は首を傾げるが、ハクノは話を逸らすように池を見た。
「どうぞ。こんなところで釣れるかはわかりませんが」
蓮は苦笑しながら釣り糸を上げる。針ではなく重石がついたそれを再び池に入れた。
「拙とて、人様の池で魚を釣ろうとは思ってはいないよ。暇つぶし。七生が火焔さんに呼ばれていて暇なんだ」
くすくす笑う蓮の顔をハクノは観察した。
普通なら、目立つとわかっていて、こんなところで釣りなどしない。本当に暇つぶしなのか、それとも意図があるのか。
しばらく釣りもどきをしている蓮を見ていた。ちらちらと視線があったが、近づく輩はいない。蓮も気にしない。
「西の森を抜けたところに川があります。そこでなら誰も気にしません。他にも川は少なくありませんので探索するといいかと。妖魔は出没するかと思いますが、七生様と共にであれば、火焔様も許されておりますので、さほど問題ないかと思います。七生様では役不足というのであればわたくしめをお呼びください。おそらく、七生様はそろそろお戻りになるかと存じます」
「ありがとう。では、七生が戻ってきたら迷子にならないよう散策するかな」
「はい、お気をつけください。本当であれば護衛の者を数人つけたいのは山々なのですが、適任者がおらずご不便をおかけします」
「いや!滅相もない。拙はひとりの方が楽だし、七生がいるので大丈夫だよ!本当に!」
その慌てようにハクノは口の端を上げた。
「孤高な大将殿が連れてきたお方があなた様のような方で安心しました。あのお方は、一人で生きて、一人で死んでいきそうな方でしたので、どうか側にいて差し上げてください」
ハクノはちらりと視線を落とした。
蓮は笑って答る。
「一人で生きて、一人で死ぬか。たしかにそうかもね」
七生が蓮を迎えに来ると、ちょうど糸が切れたところだった。針になにかかかったわけではなく藻に引っかかって切れた。
「七生、糸の強化とかできない?術とかでさ」
「できなくはねぇけど」
七生がぶつぶつと唱えて糸を辿る。
「ほらよ」
試しに力一杯引っ張ったりしてみたがびくともしない。
「すごい、便利、すごい、こっちもね?」
「使い方間違ってる気ぃするけど。ま、いっか。釣り以外には使わねぇし」
残りの糸も同じように強化してもらった。
「そういうのって学校で教わるの?」
「あー、まぁ、教わるときもあるけど、俺の場合は」
そこで、ちょうど良く紅茶が2つ分差し出される。
「火焔様でございます」
「ハクノ」
七生が紅茶の1つをとりフーフーと冷ましてから飲んだ。
「七生様は火焔様の養い子ですので、育て親の火焔様が直々に教えてらっしゃいます」
「全部体で覚えろっつー実践型だけどな」
「だから、火焔さんよく七生のこと見に来るんだね。心配なんだ」
「いや、心配はしてねぇよ。見張ってるってのは、あるかもしんねぇけど」
「見張ってる?」
「一応、半妖だし。蓮は、人間だし」
蓮は首を傾げるが、ハクノがずいっと近寄った。
「七生様が蓮様を襲うといった心配はしておりません。火焔様は七生様のことを信頼しておりますし、見ているのは単に……愛らしいからでございます。七生様?」
盛大に紅茶を吹き出した七生が咳き込み、蓮は大丈夫?と背をさすった。
「火焔様は七生様のことを大事にしておりますので」
「ハクノ黙れよ。蓮、今のは聞かなかったことにしろ。そんなことはねぇから」
「照れ隠しでございますね」
蓮はくすくす笑った。
「七生が可愛いのは知ってるよ。良い子だし。ちょっと、乱暴だけど。そっか、七生のお義父さんが火焔さんなんだ」
二度目の吹き出しだ。
「おと……おぇ、二度と言うなよそれ、鳥肌たった。むり」
「お父様ではなく……」
「ハクノは黙れ」
和気藹々と話しているところに、「七生?」と声がかかる。火焔だ。
「蓮もいたか。何を笑っている?」
「なんでもねぇよ。すぐ消えるから」
「ゆっくりして行けば良い。蓮、そんなところで釣りをするよりは、東に良い釣り場がある。七生に連れて行ってもらうと良い」
「お気遣い感謝します」
「ハクノ、君は少し休んだほうが良いのでは?近いだろう」
蓮が首を傾げ、七生が答える。
「ハクノは身重だ。妖のな」
「へ?」
ハクノは中性的ではあるが、男だ。身重とは?と蓮が首を更に傾げたものの、深くを聞くことは出来ず、ハクノの腹をちらりと見るがなにかいる様子もなく、火焔とハクノが話し込んでしまう。
七生は蓮を連れて邸の外へと出た。
そのあと釣りに行ったり散策したりしたもの、蓮はしばらく頭から離れなかった。
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