妖のツガイ

えい

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物議

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 数十年巣食っていた人喰い池の妖を、蓮が簡単に倒したことについては物議を醸していた。
 何故、弱点がわかったのか。
 奥院には原則七生と一部の妖精以外は入ることを許されていないので、七生が渋々蓮を呼びにきた。案内された先で威圧的に尋ねられて蓮は懐かしくなった。
 
(どこにでもいるんだなぁ。こういうヒト達)
 
 里の会合を思い出した。
 七生は老師たちを下から睨みつけて、蓮の前に立った。蓮は七生の肩に手を置いて、大丈夫だからね、と耳打ちする。
 
「眼みたいなのが弱点なんて知らないよ。ただ少し不快な感じがしただけ」
 
 何故かヒソヒソザワザワする。
 
「何故眼が見えたのか」
 
 老師の一人が尋ね、蓮も驚いた。七生を見ると首を振った。
 
「もしかして、見えないの?あれ。拙にしか見えてなかったの?」
「俺にはただの蔓と花にしか見えなかった。花も同じようなのがいくつかあったし」
「へぇ。不思議だね」
 
 蓮は適当な感想を言った。
 一応欠伸は我慢しているが、早く戻って眠りたい。
 蓮はちらりと辺りを見た。十数人の老若男女。おそらくこの藍仙郷の中でも上位にいる仙たちか。火焔はいない。
 コソコソヒソヒソとされる会話の中に幾つかの単語があった。
 ツガイ、大将のツガイ、いや、まだ、ツガイではない、連れてきただけ、このままでは……。
 
(聞こえてないと、思ってるんだろうな)
 
 蓮は、目も、耳も非常に良いのだ。


「ツガイ?ってなに」
 
 七生に尋ねれば、食べていた氷菓子を喉に詰まらせて咽せた。
 火焔に頼まれた買いものの道中、人の往来もあった。鱗山を降りた麓に集落がある。人間の町で活気あふれる商業地だった。驚いたことに、その風景は蓮の知っている街並みと似ており、ごく普通の人間の町だ。七生は耳と尻尾を隠して、人に化けていた。
 顔馴染みだという菓子屋の旦那から大量の菓子を買い、おまけをつけてもらった。氷菓子など初めて食べたが美味しかった。
 
「なんて?どこから盗み聞きしてきたんだ」
 
 七生は呼吸を正しながら確認した。
 
「たまたま聞こえたんだよ。ツガイ?というのは拙に向けて言ってるように聞こえたから気になって」
「たまたま、か?」
 
  七生は訝しげに尋ねる。
 
「そう、たまたま、偶然」
 
 七生は残っていた氷菓子を全て食べ終えてから、どこから話そうかと悩むように頭を掻いた。
 
つがいってのは、人間で言う嫁とか夫とかそういうやつだ。妖は性別やらに拘らない。気に入った相手を番にする」
「ふぅん。七生も?」
「俺は今のところ人間よりだ。普通に人の女が好きだぞ」
「なんか、こう、年頃の会話って感じだね」
「なんだそれ」
 
 蓮はふふと笑って流した。
 
「今のところって、変わったりするの?」
「好みは変わるだろ、って意味だ。半妖は少ない上短命だから、俺もよくわかんねぇ。教えてくれるやつもいねぇし」
 
 蓮は、七生の裾を摘んで止める。
 
「なに?」
「拙よりはやく死なないでね」
 
 七生は眉を顰めた。
 
「……わからねぇよ。死ぬ時は死ぬ。呆気なくな」
 
 蓮は「まぁ、そだね」と裾を離した。
 
「それで、話を戻すと」
「拙、七生の真面目なところ好き」
「いいから聞けよ。つか、本当は俺みたいな半端ものじゃなくて、大将とか……火焔とか偉いやつが話すべきなんだ」
 
 氷菓子の柄を蓮に向けて話し始めた。
 
「大将が、異邦人を連れてきたってことは、事実として周知されている。仙にも、妖にも、人にもだ。大将はあらゆる災いから人間を守るが、一個人に肩入れしたことはない。その大将が、奥に人間を匿ったとなれば、番だと思うだろ」
「立派な寝床は与えられたけど、匿われた気はしないよ。こうしてお出かけもできるし」
「世間的には匿われてんだよ、オマエ」
「そうなの」
「大将が何も言わないから、自由なだけで」
「うん、何も言われないね」
「だから困るんだ。番なのか、何なのかわからない。番かも知れない、ただ連れてきただけかも知れない。番であればそらもう徹底的に大将の番として扱えるが、大将がそうだと言わない限り、そう扱うわけにもいかない」
「なるほど?」
「この話飽きてるだろ」
「うん。ちょっと面倒だなって思ったかな。氷菓子美味しかったよ、ご馳走様」
 
 蓮はこの手の話は直感的に好きではないなと感じた。結局は権力の話だ。宵藍の番であれば持ち上げ、番でなければどうでも良いのだ。
 
「拙が仮に番だったら、七生はどうしてた?」
 
 七生はつまらなさそうに言う。
 
「こうして横を歩くことなどできないだろうな」
 
 それはつまらないな、と蓮は呟いた。


 蓮は散歩に出歩くことが多かった。番、と明言はされていないものの、客人であることは周知の事実。現に宵藍の配下火焔が面倒を見ている――実際は七生だが――ということもあり、チラチラ見られはする。
 一度一人で出歩いて、七生に迷惑をかけてしまったことがあった。それ以降は、できるだけ、七生と一緒に出かけていた。
 そして、出歩くと高確率で妖魔に襲われた。七生が退治してくれるので、蓮は拍手するだけだったが、たまに小石やらで応戦するので、七生に睨まれた。
 蓮が剣に触れたのは人喰い池の一件だけだ。後からわかったことだが、どうやら七生は泳げないらしい。池の妖魔討伐の際に、周囲に止められていた理由はそれだった。
 釣り竿を入手したので、釣りに付き合ってもらうこともある。七生は水から離れたところにいた。魚は好きなようで、釣った魚は喜んで食べた。七生も狩りは好きなようで、蓮が釣りをしている間は狩りに出かけることもあった。
 少なくとも七生がいれば、自由に出歩けた。
 ただ、それをよく思わない者も何人かいるようだ。
 
「えぇい!もう我慢ならん!何故、毎日毎日毎日‼異邦人と半妖が闊歩している⁉皆何故、黙っている⁉」
 
 金髪に碧眼の気位が高そうな少年だ。蓮は首を傾げて「誰?」と七生に尋ねる。
 
「宝凛。俺らの世代の高飛車ガリ勉仙人見習い。俺コイツ嫌い」
 
 七生は好き嫌いがとても激しい。というより、蓮以外と話している姿はほとんど見たことがない。火焔とは顔を合わせるたびに喧嘩越しで、他は呼び止められて話すことはあっても、業務的な会話だった。
 宝凛という少年がツカツカとやってきて、七生の胸ぐらを掴んだ。
 
「ぼくだって、お前なんか嫌いだ。半妖のくせに。火焔のお気に入りだからって偉そうにしてんじゃねーよ」
「知らねぇよ。キーキーうるさい。消えろ」
「なんだと、この……!」
(子供の喧嘩かな?)
 
 蓮はにこにこと微笑ましく眺めていたが、その口喧嘩が盛り上がるにつれて雲行きが怪しくなる。ついには双方剣を構えた。
「決闘だ!」と周りがもてはやし、また喧嘩か、と諦めるものもいた。
 蓮は素早く、二人の手から剣を取り上げた。
 
「え?」
 
 蓮はふふと笑う。
 
「危ないことはだめだよ。お友達は大切にしないと、ね?」
「と、友達じゃね~!」
 
 二人の叫びがこだました。

 宝凛の件は始まりにすぎない。藍仙郷には仙人がちらほらとはいる。そのうちの一派が、特に反感を持っているようだった。
 仙人は実のところ妖の習性を理解していない、というのが七生の見立てだ。
 
「突然大将が見ず知らずの人間を連れてきたんだ。しかも男の。夢見がちな仙人共は隙あれば、自分の娘とかなんとかを大将の前に出そうとしてたって話だからな。大将が見向きするはずもねぇし。そういうのが嫌でほとんど人前には現れなくなったって話だ。俺も半分人間だけど、ほんとよくわかんねぇな」
「へぇ。人間ってどこでも愚かなんだね」
「オマエ、ちょっと怒ってるだろ」
「怒ってはいないよ。宵藍に同情するなぁって」
「俺としては、人間とのいざこざに巻き込みたくないけどよ」
「うーん巻き込まれるかな、これは」
 
 蓮は、ハハと笑った。
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