妖のツガイ

えい

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酒と女と

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 蓮が偵察の仕事から戻ると、奥の間が何やら騒がしい。開いた襖からは悲鳴のような嬌声が漏れ出て、男たちの野太い笑いが響いた。
 普段は忍として優秀なのだが、大口の仕事が終わると、緊張の糸が切れたように気が緩む。
 男の側に女が侍り、歳の離れた子供たちが震えながら酒を注ぎ、食事を運ぶ。畳の上には中毒性のある薬が散乱していた。
 
「遅かったな、蓮。戻ったか」
「後始末をね。……少し飲み過ぎではないかな」
「しけた面してんじゃねぇよ。お前も混ざるか?年ごろなんだ、女の喜ばせ方を覚えたほうが良い」
「拙は興味がない」
 
 子供たちに視線を送り、部屋に戻るように指示した。子供たちはできるだけ男たちを刺激しないように部屋を出る。それから耳に着けていた飾りを取り、男の上で痙攣していた、裸の女の腕に刺す。
 
「姉さん、ごめん」
「くすり、くすりがほしいの」
「そうだね。少し眠ったほうが良い。そのままだと持たない」
 
 女も、男も、それを見て笑った。ひと眠りすれば元には戻るが、薬を打った直後は酷い。酒が入ればさらに加速する。
 中毒になっているものも少なくはないが、この里では使い物にならなくなったら終わりだ。それをわきまえている数人は、蓮が現れるとすっと表情を変えるものもいた。そして皆が皆、口をそろえて言う。「お前はつまらない」と。
 
「つまらなくて結構。さ、終わりだよ。何時だと思ってるの」
「修行の一環だ。女は男をたぶらかす。男は女をたぶらかす。体を使ったほうが相手はペラペラ話すんだ」
「仕事なら文句は言わないよ。家までその精力持ち帰らないでくれないかな」
 
 里の生活は共同生活。お互いを監視する。少しでも不審な点があったら始末できるように。
 
「そういえば、爺さまが言ってたのをたまたま聞いたんだがよ」
 
 酒を煽っていた男の一人が話始める。
 
「松河様の忠臣長門がとうとう裏切ったらしい」
 
 話を聞いていた男が「なんだ、その話か」と呆れる。
 
「前から兆候はあっただろ?その情報だってウチが献上したはずだ。蓮が拾ってきた、ネタだろう。なぁ、蓮」
 
 蓮は顔の赤い男に話しかけられて「あぁ、うん」と曖昧に頷いた。やましいことは何もないが単にこういう男が苦手なのだ。散らかっている部屋を片付けながら聞き耳を立てる。
 
「長門も忍を飼ってるな。そいつらが厄介らしい。ウチもすでに数人やられてる」
「松河様も人望があるのか、ないのか。ま、あの人も見えないお方よ。昨日まで可愛がっていた鳥を飽きたと言って捨てるお方だ」
「我々も忠義を尽くさねばすぐ切られる」
 
 そう言って男たちは酒を注いだ。
 蓮は笑い事ではない、と内心思いながら「ほどほどにね」と忠告する。
 あらかた片づけた後、部屋の端で眠ろうとすると、女が乗ってきた。自分のことがわかっていないのだろう。蓮はため息を吐いて「邪魔だよ、姉さん」と肩をすくめて、気絶させた。

 
 
 爽やかな朝に宵藍と顔を合わせると怪訝な顔をされた。
 
「……酒臭い」
「あ、れ、おかしいな。残ってた?昨日ちょっとした飲み会があって……拙は飲まないけど、面倒みてたからそれが残ってるのかも」
「酒だけではないな」
「……姉さんたちの化粧道具のにおいかな。香水とか」
「あぁ」
 
 宵藍はそれで納得したらしい。酒と化粧のにおいに気づくのは良いが薬やらは見聞が良くない。自分がやっているわけではないが、宵藍には気づかれたくなかった。念入りににおいは消したつもりだったが、宵藍は鋭い。隠し事をしてもばれているような心地がした。踏み込んで聞くことはないので蓮もなんとなく誤魔化して終わってはいた。
「よくない、においがする。気に入らない」
「珍しいね。目に見えて不機嫌になるの」
「不機嫌?……そう見えるか」
「う、ん?」
 
 冷静なのだが、挙動が少しおかしい。いつもなら一定の距離から近づかないし、目を伏せていることが多いので眼も合うことすら、それほど多くはないのだが、覗き込んでくる。金色の眼と合いなんとも言えない気分になる。さらに、首裏を擦られた。それはすぐに離れて、いつもの距離感に戻った。
 
「……どうしたの?」
「あまりにも、不快だった」
「だった、ということはもう大丈夫?」
「あぁ」
「今のはまじないかなにか?」
「……そう思ってくれて構わない」
「ふぅん」
 
 宵藍のことを不思議だと思うのは最初からだが、知れば知るほど不思議だ。今まで見たことがない雰囲気の人。たまに突拍子がないことをする。
 
「なら、そのまじない、拙もする」
「駄目だ」
 
 後ろに回ってみたものの、宵藍が逃げるのは早く、拒否されるのも早かった。
 
「お前は……我に近づかないほうが良い」
「どういうこと?」
「言葉のままだ」
 
 宵藍は、それ以上話すつもりはないと目を伏せるので蓮は「ずるい」と口を尖らせた。

 
 
 里に戻れば、広場で女が暴れていた。武器を持った女の目は焦点があっていない。周りに人集りができている。
 
「薬、くすりを、くすりを頂戴……頂戴よ‼」
 
 ヤク漬けになると時にこのような事件が発生する。珍しくもない。
 蓮はその騒ぎを無視しようとしたが、突如女がこちらへ向かって来た。
 
「え」
 
 反射だった。何かを思う前に、苦無で女の胸を突き刺していた。女が持っていた刀が落ちる。蓮は血に濡れて呆然とした。
 
「よくやった、蓮」
「………………」
 
 殺したかったわけではない。けれど、殺意を向けられると、無意識に急所を狙ってしまう癖があった。これは癖だ。自分の意思ではない。
 
「処分は我々に。蓮、お前は着替えてこい」
「は、い」
 
 男たちが女の骸を引きずっていく。
 これはよくあることなのだ。そう思うしかない。
 仲が良かった姉さんだった。薬に手を染める前は優しい、頼りになる姉さんだった。任務の苦痛に耐えられず薬を手を出してから性格が変わってしまった。止めることができなかった。姉さんもそれを望んではいなかった。
 ――最後はあなたに殺されたいわ。
 よく、そんな冗談を言っていた。冗談ではなかったのだ。多分わざと、姉さんは蓮を襲おうとした。蓮が殺気を向けられた時の癖をよく知っている人だったから、うまく行けば殺してもらえると思ったのだろうか。
 
「拙は、殺したくはなかったんだけどな」
 
 そう言ってももう遅い。
 川で服を脱ぎ血を洗い流す。染みは取れないから捨てるしかないか。宵藍には気づかれたくないし。
 こういう時、普通どうすれば良いのだろう。泣けば良いのか。それすらも思い浮かばない。
 いつかは死ぬのだ。呆気なく。誰にも覚えていてはもらえずに。姉さんのことも明日になれば記憶から消せという指示が降るだろう。
 
(宵藍は、拙のこと覚えていてくれるかな)
 
 覚えていてくれると、嬉しい。
 このどうしようもない人生の中で、宵藍と過ごす時間だけが輝いていた。
 
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