2 / 49
出会い
しおりを挟む「ここは十野と呼ばれている。他の村からは山越えしないとこれないから、あまり客人は来ないんだよ」
蓮がその少年を見つけたのは山奥にある社の中だった。日課にしているお参りをした後、物音に気づき社を覗き込んだ。人が1人が2人入れる程度の社に、怪我をした少年が横たわっていた。背格好も自分と似ている。きっと、同い年くらいだろう。里には同じ世代の子はいなくなってしまったから、少しだけワクワクした。
藍色の髪は後ろ髪が長く、髪飾りで留めていた。耳や首、腕や足には飾りがあり、高価そうだ。
(こんな格好で彷徨いていたら、すぐに夜盗に眼をつけられそう)
里の近くで人を見つけた場合は報告する必要があるのだが、彼は動けないようだし、里に近いといえるほどでもないし、いくつか理由をつけて自分だけの秘密にすると決めた。
清流から水を汲み、身体を清めて、包帯を巻く。
ちょうどそこで、少年の目が開いたので、困ったように笑いながら説明した。その目は驚くことに金色だった。その金眼が自分を瞬きせずにじっと見る。
蓮は気恥ずかしくなり、慌てて口を開いた。
「君、怪我してるんだ。そんなに大きい怪我というわけではないから安心して!拙の特性塗り薬で、数日もすれば治るはずだからね。骨も折れているわけではないし、えっと、体起こせる?」
「……」
「もしかして、拙の言葉わからないかな。なんか異国の人みたい」
どうするかと悩むと、目が初めて瞬いた。作り物みたいだと思っていたが瞬きして呼吸をして、少し眉を寄せたので、ほっとする。
少年は口を小さく開いた。
「……すまない。言葉はわかっている。……驚いただけだ」
「拙も驚いたよ。こんなところに人がいるんだもの。人里から離れた山奥、少しいけば崖、ここまで来るのにも、結構……ううん、大分、大変。拙の秘密の釣り場だったんだけど」
木壁に立てかけた釣り竿は簡素なものだ。暇さえあれば釣りをしているので、使い振るしている。
少年は蓮を見て、近くにあった釣竿を見て、目を閉じた。
「我は命拾いしたようだ。感謝しよう」
「大袈裟だなぁ。それはそうと、もしかして動けない?」
「身を起こすことはできるが、少し休む必要はあるだろうな。……これはお前が?」
上体を起こして、包帯に気づき不思議そうな顔をした。蓮が頷くと、少年は眼を閉じた。
「面倒をかけた」
「それほどでもないよ。でも、どうしようかな。君を里に連れて行くわけにはいかないし。あ、連れていけないのは拙の事情なんだ。君が悪いわけじゃない」
「ここで十分だ」
「そう?雨風は凌げるかな。今が冬じゃなくてよかったね。あとは、食べ物か」
「…………食べ物は、自分でどうにかする」
「動けないのに?」
「…………」
「魚でも釣って来るよ。ここでお参りしたあとに釣りにね、行くんだ」
「腹は減ってない」
「ちゃんと食べないと、治るものも治らないでしょ」
蓮は釣り竿を手にしたところで止まる。一応、念のため言っておかなければ。
「多分、人は来ないと思うんだけど……誰か来ても気づかれてはだめだよ。ちょっと、この辺危ないから」
少年は片目を開けて怪訝な顔をする。
「拙を信じるかは、君次第だけどね」
その、深い藍色の髪に金色のような目の少年は『宵藍(しょうらん)』と名乗った。汚れてはいるが見たことがない服装で、高価そうな飾りをつけている。どこか良いところのお坊ちゃんだろうか。むき出しの腕や首には薄紅の文様があり、この格好で人里に降り経てば目立つだろうなと思った。
宵藍は焼き魚を口にしても真顔なので、蓮は尋ねる。
「おいしくない?」
「味は良いのだと思うが、味覚が衰えているらしい」
「やっぱり怪我しているからかな。体調が悪いとそうなるかも。無理に食べさせてしまったみたいで、ごめんね」
「いや、お前の気持ちはありがたく受け取ろう」
少し顔色も良くなったようだったが、思っている以上に状態は悪いのかもしれない。
「本当はお医者さんに見せたほうが良いんだろうけど、山を越えなきゃいけないし」
「しばらく休めばよくなる。気にするな」
「なら、いいのだけれど」
それから、蓮は宵藍のいる社に通うようになった。行く時は早朝が多く、里の人たちには釣りに行くと言う。蓮が釣り好きなことは皆知っており、ほとんど毎日飽きずに釣りをしているのは有名だ。誰も訝しむことはしない。年の離れた子どもたちが着いてくることもあったが、身を眩ますのは得意だった。
宵藍は目を瞑っていることが多く、蓮が来たときだけうっすら目を開ける。蓮が話しかけたときだけ答え、蓮が与えた水や食べ物は口にする。だが、蓮が来なければ微動だにしなさそうで、さすがに心配になった。けれど本人は淡々と「問題ない」と言う。
「君の言う、気にするな、問題ない、ってのは信用ならなくなってきたかな」
「傷は、お前のおかげで癒えている」
「それなのに何故。熱もないし。むしろ冷たいくらい。それがいけないのかな……どうしたの?」
額を触ると宵藍の目が大きく開かれる。
「……我に、急に触れるな」
「あ、ごめん。君でも驚くことあるんだね。嫌だった?」
「嫌というわけではないが……お前と話していると調子が狂う」
「そう?拙は楽しいよ。拙、同世代の子と話すことほとんどないから」
「同世代……?」
「君、拙と同じくらいでしょう?」
なぜか目を細めてため息を吐いた宵藍に、蓮は首を傾げる。
「そうだな。同じで良い」
「どういうこと?なんで呆れたの?」
「お前は見たままを信じれば良い。気にするな」
「気にするんだけど」
宵藍はそれ以上答える気がないようで目を瞑ってしまった。
蓮はつまらなくなり、宵藍の髪に触れたり頬をつついたりして「もう」と口を尖らせた。今度は「触れるな」とは言われなかったので、好きにしていた。
十野の里に戻れば、大人たちに呼ばれた。せっかくの楽しい気分が少し沈む。
初老の長の元に行けば、明かりを落とした部屋の中、数人の大人たちは話し込んでいた。そのうちの一人が蓮に気づき鋭い眼を向けてくる。
「蓮、どこに行っていた?」
「どこって、釣りだよ。鮎がよく釣れるんだ。たくさんあるから食べる?」
「遊んでばかりいないで仕事をしろ」
「遊んでいるつもりはないよ。仕事も、してるじゃないか。それなりに、ね?」
そのやり取りはいつも通りだ。何も気づかれていないようで安心した。
蓮が長の前に座れば、地図が広げられた。見慣れた城の地図。裏口や隠し通路もある地図は、蓮が書き込んだところも少なくはない。
十野の里は、松河に従属している忍の里。偵察、暗殺を得意とする人間の集まり。里の人間には宵藍は見つかってはいけない。宵藍もこの里を見つけてはいけない。だからこそ、蓮は慎重に動く必要があった。
「蓮よ。お前は崎原の倅をやれ。奥の間だろうが、お前なら彼奴等の目を欺けるだろう。ワシはその間、表にいるであろう頭を叩く。他の者は裏から逃げる者を全員だ。残さずやれ。3日後の晩。それまでに整えろ」
「全員?やりすぎではないかな。目的は城を落とすことなはず」
「松河様の命令だ。蓮、それに背くか?」
「まさか。仕事ならやるよ」
異を唱えることすら許されない。蓮はとりあえず口に出したものの本気で歯向かうことはしないし、失敗もしない。だから軽口を叩いても軽く流される。
次の任務では少し里を開けることになる。それまでに宵藍が少しでも良くなってほしいと内心思いながら、大人たちの話を聞いた。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる