妖のツガイ

えい

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出会い

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「ここは十野と呼ばれている。他の村からは山越えしないとこれないから、あまり客人は来ないんだよ」

 蓮がその少年を見つけたのは山奥にある社の中だった。日課にしているお参りをした後、物音に気づき社を覗き込んだ。人が1人が2人入れる程度の社に、怪我をした少年が横たわっていた。背格好も自分と似ている。きっと、同い年くらいだろう。里には同じ世代の子はいなくなってしまったから、少しだけワクワクした。
 藍色の髪は後ろ髪が長く、髪飾りで留めていた。耳や首、腕や足には飾りがあり、高価そうだ。

(こんな格好で彷徨いていたら、すぐに夜盗に眼をつけられそう)

 里の近くで人を見つけた場合は報告する必要があるのだが、彼は動けないようだし、里に近いといえるほどでもないし、いくつか理由をつけて自分だけの秘密にすると決めた。
 清流から水を汲み、身体を清めて、包帯を巻く。
 ちょうどそこで、少年の目が開いたので、困ったように笑いながら説明した。その目は驚くことに金色だった。その金眼が自分を瞬きせずにじっと見る。
 蓮は気恥ずかしくなり、慌てて口を開いた。

「君、怪我してるんだ。そんなに大きい怪我というわけではないから安心して!拙の特性塗り薬で、数日もすれば治るはずだからね。骨も折れているわけではないし、えっと、体起こせる?」
「……」
「もしかして、拙の言葉わからないかな。なんか異国の人みたい」

 どうするかと悩むと、目が初めて瞬いた。作り物みたいだと思っていたが瞬きして呼吸をして、少し眉を寄せたので、ほっとする。
 少年は口を小さく開いた。

「……すまない。言葉はわかっている。……驚いただけだ」
「拙も驚いたよ。こんなところに人がいるんだもの。人里から離れた山奥、少しいけば崖、ここまで来るのにも、結構……ううん、大分、大変。拙の秘密の釣り場だったんだけど」

 木壁に立てかけた釣り竿は簡素なものだ。暇さえあれば釣りをしているので、使い振るしている。
 少年は蓮を見て、近くにあった釣竿を見て、目を閉じた。

「我は命拾いしたようだ。感謝しよう」
「大袈裟だなぁ。それはそうと、もしかして動けない?」
「身を起こすことはできるが、少し休む必要はあるだろうな。……これはお前が?」

 上体を起こして、包帯に気づき不思議そうな顔をした。蓮が頷くと、少年は眼を閉じた。

「面倒をかけた」
「それほどでもないよ。でも、どうしようかな。君を里に連れて行くわけにはいかないし。あ、連れていけないのは拙の事情なんだ。君が悪いわけじゃない」
「ここで十分だ」
「そう?雨風は凌げるかな。今が冬じゃなくてよかったね。あとは、食べ物か」
「…………食べ物は、自分でどうにかする」
「動けないのに?」
「…………」
「魚でも釣って来るよ。ここでお参りしたあとに釣りにね、行くんだ」
「腹は減ってない」
「ちゃんと食べないと、治るものも治らないでしょ」

 蓮は釣り竿を手にしたところで止まる。一応、念のため言っておかなければ。

「多分、人は来ないと思うんだけど……誰か来ても気づかれてはだめだよ。ちょっと、この辺危ないから」

 少年は片目を開けて怪訝な顔をする。

「拙を信じるかは、君次第だけどね」



 その、深い藍色の髪に金色のような目の少年は『宵藍(しょうらん)』と名乗った。汚れてはいるが見たことがない服装で、高価そうな飾りをつけている。どこか良いところのお坊ちゃんだろうか。むき出しの腕や首には薄紅の文様があり、この格好で人里に降り経てば目立つだろうなと思った。
 宵藍は焼き魚を口にしても真顔なので、蓮は尋ねる。

「おいしくない?」
「味は良いのだと思うが、味覚が衰えているらしい」
「やっぱり怪我しているからかな。体調が悪いとそうなるかも。無理に食べさせてしまったみたいで、ごめんね」
「いや、お前の気持ちはありがたく受け取ろう」

 少し顔色も良くなったようだったが、思っている以上に状態は悪いのかもしれない。

「本当はお医者さんに見せたほうが良いんだろうけど、山を越えなきゃいけないし」
「しばらく休めばよくなる。気にするな」
「なら、いいのだけれど」
 
 
 それから、蓮は宵藍のいる社に通うようになった。行く時は早朝が多く、里の人たちには釣りに行くと言う。蓮が釣り好きなことは皆知っており、ほとんど毎日飽きずに釣りをしているのは有名だ。誰も訝しむことはしない。年の離れた子どもたちが着いてくることもあったが、身を眩ますのは得意だった。
 宵藍は目を瞑っていることが多く、蓮が来たときだけうっすら目を開ける。蓮が話しかけたときだけ答え、蓮が与えた水や食べ物は口にする。だが、蓮が来なければ微動だにしなさそうで、さすがに心配になった。けれど本人は淡々と「問題ない」と言う。

「君の言う、気にするな、問題ない、ってのは信用ならなくなってきたかな」
「傷は、お前のおかげで癒えている」
「それなのに何故。熱もないし。むしろ冷たいくらい。それがいけないのかな……どうしたの?」

 額を触ると宵藍の目が大きく開かれる。

「……我に、急に触れるな」
「あ、ごめん。君でも驚くことあるんだね。嫌だった?」
「嫌というわけではないが……お前と話していると調子が狂う」
「そう?拙は楽しいよ。拙、同世代の子と話すことほとんどないから」
「同世代……?」
「君、拙と同じくらいでしょう?」

 なぜか目を細めてため息を吐いた宵藍に、蓮は首を傾げる。

「そうだな。同じで良い」
「どういうこと?なんで呆れたの?」
「お前は見たままを信じれば良い。気にするな」
「気にするんだけど」

 宵藍はそれ以上答える気がないようで目を瞑ってしまった。
 蓮はつまらなくなり、宵藍の髪に触れたり頬をつついたりして「もう」と口を尖らせた。今度は「触れるな」とは言われなかったので、好きにしていた。
 


 十野の里に戻れば、大人たちに呼ばれた。せっかくの楽しい気分が少し沈む。
 初老の長の元に行けば、明かりを落とした部屋の中、数人の大人たちは話し込んでいた。そのうちの一人が蓮に気づき鋭い眼を向けてくる。

「蓮、どこに行っていた?」
「どこって、釣りだよ。鮎がよく釣れるんだ。たくさんあるから食べる?」
「遊んでばかりいないで仕事をしろ」
「遊んでいるつもりはないよ。仕事も、してるじゃないか。それなりに、ね?」

 そのやり取りはいつも通りだ。何も気づかれていないようで安心した。
 蓮が長の前に座れば、地図が広げられた。見慣れた城の地図。裏口や隠し通路もある地図は、蓮が書き込んだところも少なくはない。
 十野の里は、松河に従属している忍の里。偵察、暗殺を得意とする人間の集まり。里の人間には宵藍は見つかってはいけない。宵藍もこの里を見つけてはいけない。だからこそ、蓮は慎重に動く必要があった。

「蓮よ。お前は崎原の倅をやれ。奥の間だろうが、お前なら彼奴等の目を欺けるだろう。ワシはその間、表にいるであろう頭を叩く。他の者は裏から逃げる者を全員だ。残さずやれ。3日後の晩。それまでに整えろ」
「全員?やりすぎではないかな。目的は城を落とすことなはず」
「松河様の命令だ。蓮、それに背くか?」
「まさか。仕事ならやるよ」

 異を唱えることすら許されない。蓮はとりあえず口に出したものの本気で歯向かうことはしないし、失敗もしない。だから軽口を叩いても軽く流される。
 次の任務では少し里を開けることになる。それまでに宵藍が少しでも良くなってほしいと内心思いながら、大人たちの話を聞いた。
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