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マダム・マリエールの遺産
第3章 シュタイナーと過ごした人生における有意義な日々 2
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そんなわけで、ヴィル・マリエール領へ着くまでの二日間の行程は、とても有意義なものだった。
シュタイナー(既に呼び捨てだ)は、タナトスの動力プログラムを全て調べては、チューニングを繰り返し、俺はその結果を調べるためにテスト走行を繰り返した。
一日の大半をトーマが準備した保存液の中で過ごさねばならない身でありながら、驚異的なスピードで作業をこなしていくシュタイナーは、まるで小さな子供のようにあどけなく笑ってこう言った。
「結局、こういうことが好きだからできるのさ」
『私はもう、キャプテン・カーチェスの無茶な手動操縦のテスト走行で、目が回っちゃいましたよ』
「でもおかげで前より最高時速が速くなったじゃないか」
『ええ。そうですね……。キャプテン・カーチェスの、博士と同じような、満足そうな笑顔を見れただけでも私は満足です。やはり持ち主に満足して貰えるのが、宇宙船の幸せですからね……』
「なーにが宇宙船の幸せだ」
『機械の性能を限界まで引き出す博士のチューニングのおかげで、頭がくらくらするほど幸せだってことです』
「お茶をどうぞ!」
俺達のほとんど不毛に近い三つ巴漫才を終わらせるべく……かどうか知らないが、志織がお盆を手に愛らしい姿を見せた。
「博士は紅茶、キャプテン・カーチェスはコーヒー、マジシャン・トーマは煎茶」
志織はキュートな笑顔をふりまきながら、次々とコップを手渡していった。彼女はいまは白衣を脱いでいた。
研究所では白衣なんて制服代わりだから、ここでは必要ないのだろう。
だが俺は彼女を見ながら、妙な違和感を覚えた。
「そうか! 着ている服が違うんだ。……それってひょっとして、ソーニャから借りたのか?」
「はい!」
志織は元気のいい返事をして、タイトスカートの裾を軽く掴んでポーズをとった。うーむ……つくづく、萌え系AVに出てきそうだなぁ。
そうなのだ。この娘はどっちかというと、いま彼女が頭に巻いているカラフルで巨大なリボンのような、色鮮やかなフリルやリボンで飾られた、丈の短いフレアースカートが似合うタイプなのである。
だが彼女が着ている服は、この間俺がソーニャに買い揃えた、大人の女が着るような服だから、違和感があったのだった。
少女らしい雰囲気を持った娘が、ソーニャみたいな二五、六歳の外見を持つ者の服を着て、似合うわけがなかった。
「いや、そういう服装もなかなかいいな。中年オヤジあたりの目尻が下がりそうな、妙な違和感が、味があっていい」
「でしょう? 私もそう思って、ソーニャさんにお借りしたんです。博士に喜んで貰おうと思って」
「志織も冗談がうまくなったな」
「きゃ♪」
シュタイナーと志織のやりとりを見ながら、俺は開いた口がふさがらなくなった。
「おい、トーマ。あの娘って、お前が作ったんだよな」
俺は制作者の神経を疑った。
「おかしいですね。あれは元々、秘書とボディガードを兼ねた戦闘用の人形として造ったので、非常に真面目な性格のプログラムだったはずですが」
トーマは眉一つ動かさず、くそ真面目な調子でそう言った。
「だが現に、ありゃ相当イッてるぞ。タナトスとタメが張れそうだ」
『失礼な。私はあんなに個性的じゃありません。なにしろ融通のきかない宇宙船の疑似人格なんですからねっ!』
「聞き捨てならないな」
シュタイナーが振り返った。
「暇だから場を和ませようと、志織が冗談をして見せただけじゃないか」
俺はジト目でトーマを睨んだ。
「あの性格の悪さ。やっぱりお前が作った人形だな! いま、納得できたぜ」
「お褒めに頂いて光栄です」
ぜんぜん褒めてねーよ。
「とにかくまずは先に、ビースト9(ナイン)へ行ってくるか」
「ビースト9?」
「ああ」
俺はシュタイナーに説明した。
「実はさ、マダム・マリエールが俺に残した手紙以外に、鍵を預かってね」
「鍵?」
「ああ。ところがそれが何の鍵なのかは分からないんだ。……手紙には何も書いてなかった。多分、直接書くなんて危険だったんだろうな。それでまぁ──」
「出来れば彼女の遺言を叶えようと謎解きを?」
「まぁね」
言っててやっぱ照れ臭いね。
「ビースト9っていう名前の廃棄衛星のハッカーに、マリエール領のメインコンピュータにアクセスして鍵が何なのかを調べてもらうように依頼している。マリエール領へ行く前に、結果を聞きにいかなくちゃな」
「廃棄衛星だって!? そんなところに人が住んでいるのか!?」
「一杯住んでるぜ」
俺の言葉にシュタイナーが身を乗り出した。
「信じられない──私も一緒に行ってみたい!」
「ダメダメ! あんな危険なトコロ! 俺が一人で行ってくるから、タナトスで待っててくれよ」
俺は慌てて手を振った。シュタイナーの目は幼い子供さながら、好奇心で輝いている。……アブナイ……。
俺は尚もついて来ようとするシュタイナーを宥めすかして船に置いて来た。今回は俺一人だ。
猥雑で無秩序な灰色の町並みはこの間来た時と同じだ。ハッカーは、相変わらず薄暗いアパートメントの中で電脳の山に埋もれていた。
「で、分かったのか?」
俺がやってくると、奴は鋭い視線を俺に向けた。感情の窺えない理知的なクールさはトーマといい勝負だが、鋭さではこいつの方が上だ。
名前は確かセリア……と言ったっけ?
「鍵だな」
無表情な白い男が口を開いた。
「いや、だからそれは分かってるって。見れば充分。──問題は何の鍵なのかってこと!」
「領主の鍵だ」
「そう領主の──って、はぁっ!?」俺は耳を疑った。「領主継承に必要な証が紛失したとかで騒いでるって、『あの』!?」
鋭い眼光が一層激しさを増し、片眉が吊り上った。
「報道はなかったはずだが?」
「あ……まぁそりゃ……こっちだって、裏の人間だからな──」
「優秀なハッカーがいるなら、俺なんて雇う必要はなかったんじゃないか?」
ハッカーが椅子を回転させて背を向けた。腹を立てたのか、それとも用件を伝え終わって、俺に興味をなくしたのか。とにかく──まぁ、良かったなタナトス。お前、腕前褒められたぞ。
俺は黙り込んだ。
よりによって、領主の鍵だって?
──いったいなんだってそんなもんをマダム・マリエールは俺によこしたんだ!?
俺を次の領主に……って事はないよな。俺がそういう人間じゃないって事は、彼女は知っていたはずだ。
じゃあ何故──。
俺が思索に耽っていると、外から喧騒が聞こえてきた。こんな街だから別に珍しくもない。
いつの間にか立ち上がったハッカーが窓辺に行って、外を覗き込んで言った。
「あんたの連れじゃないのか?」
俺は顔をあげた。
「連れ──? 連れはいないぜ?」
「そうか? ……この辺には不似合いだ連中だが……」
「まさか──」慌てて窓辺によって身を乗り出して下を見る。その先には──。「シュタイナーっ!? っと、志織っ?」
路上には見慣れた二人の姿があった。
確かにゴミ溜めのようなこの廃棄衛星には二人は不似合いだ。
上品な外見のシュタイナーに志織。明らかに場違いで浮いていて、あれではこの街に入って数分もしないうちに大勢から目をつけられただろう。
志織が小柄な身体に不似合いな豪腕ぶりを発揮して、あっという間に数人を倒した。さすがはバトル・コンバット・ユニットだ。シュタイナーは自分のボディガードに守られるがまま。ちょっと情けないが仕方ない。
シュタイナーの背後に新たな影を認め、俺は慌てて窓辺で銃を抜いた。
吹き飛ばされた体が近くの塀に叩きつけられる。俺じゃない──新たな加勢だ。
俺は部屋を出て階下へと走り出した。
「アイル」
ハッカーが背後で短く名を呼んだ。どうやら奴の知り合いらしい。
俺が通りへ出たときには、既に騒ぎは終わっていた。路上に倒れこんだ複数のチンピラ。息も切らせていない人形の志織と気まずそうな顔のシュタイナー。それから、加勢してくれた見知らぬ男。
俺がシュタイナーのそばまで近寄ると、路上に倒れていた男が咆哮をあげて立ち上がった。振り向きざま、既に安全装置を外してある銃の引き金を引く。
「げ!」
コートプラスチック製の特殊弾を浴びても男は平気な顔で俺に向かって飛び掛ってきた。着弾の反動で僅かによろめいただけである。すんげーイヤなタイプ。
疾い。
後ろにはシュタイナーがいる。精神体に戻って難を逃れるような──前回のようなことはできない。続けて引き金を引いたが、まるで効果がない。機械化してあるのか。
「──!」
観念したその時。男の身体が横へ弾き飛ばされた。派手に壁に激突して、ゴミ溜めの中に落下した。
横合いから蹴りを食らわして俺を助けてくれたのは、アイルと呼ばれた加勢の男だ。
アッシュブロンドの髪に精悍な体つき。派手なアクションの割りに、優美な動き。
息が上がっているどころか、呼吸さえ乱れた様子はない。その動きの俊敏さ優美さは、トーマを連想させた。
「サンキュー!」
片手をあげて礼を言う俺を、男は無言で一瞥する。その男に向けては、にこやかな笑顔で応対した俺だったが、くるりと向きを変えてシュタイナーに向き合ったときには、怒りの顔モードに突入だ。
「バカかっ!! お前はっ!!」
シュタイナーが幼子のように首を竦めて目を瞑った。
「ココは危ないからついてくるなって言ったろ!!」
「しかし──」
「『しかし』も『クソ』もあるかっ!! あのなぁっ!! 俺は待ってろって言ったはずだよな!?」
「でも私は──」
「『でも』!? ガキの屁理屈じゃないんだぞ!? 学者って奴はまったくこれだから! 人の話し聞いてなかったのかっ!? それとも、俺の話なんて聞くに値しないとでも思ったってのかよ!?」
「違う。そんなつもりじゃない。でも私は……」
最初は気まずそうだったシュタイナーだったが、すぐに憮然とした表情になった。
俺から目はそらさない。なかなかどうして、肝の据わった学者様だ。
「そりゃ、注意を聞かなかったのは悪かった。君の言葉を聞くに値しないなんて思ってなどいない。ただどうしてもこの目で見てみたかったんだ」
シュタイナーはそれぞれの質問に一つずつ答えたが、結局のところ俺が言った言葉と同じだってことだ。
すなわち。
聞く気がなかった。
自分のしたいようにやる。
他人の忠言など取り上げるに足りぬ。
他人の言葉に耳を貸さぬ。
ええと……まだまだ色々並べられるぞ。
ムカっ腹が立ったので、思いっきりデカい声で怒鳴った。
「~~~~~これだから、学者様ってのはよっ!!」
上品で温厚なシュタイナーがムッとした顔になった。
「心外だ! 私をそんな言葉でひとくくりにしないで欲しい!!」
「何が心外だってんだよ!? まんま、その通りだろ!?」
「違うっ!」
「違うってんなら、どう違うのか、説明してみろよ!!」
売り言葉に買い言葉。
普段温厚な俺様も徐々にヒートアップし始めた。
シュタイナーが怒りに顔を歪め、俺は逆に、こいつはこんな顔も出来るんだと妙なトコロに関心して、冷静さを取り戻し始める。いや、ホントだ。俺は決して瞬間湯沸かし器じゃない。違うってば。ホントだぞ。
「違う! ただ私はどうしてもこの目でこの街を見てみたかっただけなんだ!!」
シュタイナーが俺に噛みつかんばかりに言募る。
「だから、同じじゃん!? ようは自分のしたいようにしたい。他人の言葉なんてどうでもいい──だろ!?」
俺とシュタイナーの間で志織がおろおろしている。
「違う! 違うんだ! ──ただ、私は……私は、見てみたかっただけなんだ!!」
「俺が来るなって言ったのは!! お前の為だろ!? ついて来られて迷惑だからじゃない。危険だからだ!!」
シュタイナーが歯を食いしばって俯いた。握った拳が震えている。俺に迷惑な事をしたんだと、自覚はあるらしかった。
「──すまない……」
謝った。
おお! 謝ったぞ、こいつ!!
──この手の人種が、自分の否を認め、『謝りゃ文句ないだろ、謝りゃ!!』って態度じゃなくホントに反省して謝るなんて!! 信じられないモンを見た!!
俺は目を丸くして感心した。まじまじとシュタイナーを見る。
「ただ……言い訳にしかならないだろうけど……少しでも多くの事を見たかった……研究所を出て、あそこ以外の場所を目にすることが出来るのは、きっと、もうないから──」
……。
……。
……ああ。そっか。
……。
俺は息を吐き出し、頬を掻いた。
こいつってば、寿命が極端に短いんだったっけ。
以前トーマが言っていた言葉を思い出す。
しかも培養槽の中を出て生存していられる時間は確か──。
研究所の中で生まれて、その中でだけ生きて。
外の世界を知る事もなく、そこで死ぬ。
研究のためにだけ作られて。
作られた目的のためだけに生きる。
それ以外の生は用意されていない。
だから、見てみたかった──。
「……わかったんなら、いいよ」
ぽつり、と言って背を向けた。
「反省してるなら、いい。二度とこんなことやるなよ。……安全な場所なら、連れ歩いてやるつもりだったんだからさ」
後ろを向いていても、シュタイナーが顔をあげたらしいのが分かる。反応が子供だ。──言葉のあやとかではなく、本当に、こいつは子供なのだ。
「ありがとう! カーチェス!! ああ、君って本当に、なんていい奴なんだ!! マダムの言っていた通りだ!!」
振り返ってシュタイナーの表情を見た俺は、厳しく顔をしかめた。
たった今俺に叱られたばかりなのに、もうケロリとしている。
自分が叱られた事も、自分の行動の何が悪かったのかもまるで理解していない幼児のように、さわやかな笑顔だ。
「反省なしかよ!! ──人の話聞けよ! こんの宇宙人!!」
アイルという男は腰に手をあて、話題の外で傍観している。俺たちのまるで漫才のようなやりとりにも動じないなんて、トーマのごとき鉄の意志だ。
アパートの2階から声が振ってきた。ハッカーだ。何かを俺に投げてよこした。
「おまけだ。お前宛」
手を伸ばして受け取ると、掌におさまる位の四角い箱だった。
ホロキューブ。
ホログラムメッセージシステム──立体映像によるビデオレターのようなもんだ。マーキングされている型番から、かなりの記憶容量がある。きっと反応システムつきだ。
あらかじめ幾つかのパターンで録画して、メッセージを見た人物の声に応じて反応を変える。キューブのみだから、ここでは再生は出来ない。たぶんタナトスに再生機が積んであるはずだ。
「なんだこれ?」
俺がホロキューブを掲げて見せると、ハッカーが意味ありげに見下ろした。
「金の分は仕事しないとな。システムの中であんた宛のメッセージを見つけた──それだ」
「厳重なロックと鬼畜なICEシステムがあったらしいから、たぶんあんたの探してたもんだそうだ」
俺の横でアイルがそう言って手を差し出した。
「残りの半金を受け取ろう」
「中身の確認をしてからだな」
「再生機は高価だ……ここにはない。それに、それだけ厳重なメッセージを俺たちのいるところで再生して、中身が知られたらまずいだろ?」
「……中が何かは知らないのか?」
「認証システムがついててね」
俺は溜息をついた。カードを差し出す。あらかじめ用意したカードの金額は前回と同じだ。
「……何を狙ってるのかは知らないが、あんまり首を突っ込まない方が身のためだな。キャプテン・カーチェス」
男はアパートへ向かった。
知ってやがったのか。
俺は舌打ちした。これだから。まったく……この街はヤなんだよ。
第3章 了 第4章に続く
シュタイナー(既に呼び捨てだ)は、タナトスの動力プログラムを全て調べては、チューニングを繰り返し、俺はその結果を調べるためにテスト走行を繰り返した。
一日の大半をトーマが準備した保存液の中で過ごさねばならない身でありながら、驚異的なスピードで作業をこなしていくシュタイナーは、まるで小さな子供のようにあどけなく笑ってこう言った。
「結局、こういうことが好きだからできるのさ」
『私はもう、キャプテン・カーチェスの無茶な手動操縦のテスト走行で、目が回っちゃいましたよ』
「でもおかげで前より最高時速が速くなったじゃないか」
『ええ。そうですね……。キャプテン・カーチェスの、博士と同じような、満足そうな笑顔を見れただけでも私は満足です。やはり持ち主に満足して貰えるのが、宇宙船の幸せですからね……』
「なーにが宇宙船の幸せだ」
『機械の性能を限界まで引き出す博士のチューニングのおかげで、頭がくらくらするほど幸せだってことです』
「お茶をどうぞ!」
俺達のほとんど不毛に近い三つ巴漫才を終わらせるべく……かどうか知らないが、志織がお盆を手に愛らしい姿を見せた。
「博士は紅茶、キャプテン・カーチェスはコーヒー、マジシャン・トーマは煎茶」
志織はキュートな笑顔をふりまきながら、次々とコップを手渡していった。彼女はいまは白衣を脱いでいた。
研究所では白衣なんて制服代わりだから、ここでは必要ないのだろう。
だが俺は彼女を見ながら、妙な違和感を覚えた。
「そうか! 着ている服が違うんだ。……それってひょっとして、ソーニャから借りたのか?」
「はい!」
志織は元気のいい返事をして、タイトスカートの裾を軽く掴んでポーズをとった。うーむ……つくづく、萌え系AVに出てきそうだなぁ。
そうなのだ。この娘はどっちかというと、いま彼女が頭に巻いているカラフルで巨大なリボンのような、色鮮やかなフリルやリボンで飾られた、丈の短いフレアースカートが似合うタイプなのである。
だが彼女が着ている服は、この間俺がソーニャに買い揃えた、大人の女が着るような服だから、違和感があったのだった。
少女らしい雰囲気を持った娘が、ソーニャみたいな二五、六歳の外見を持つ者の服を着て、似合うわけがなかった。
「いや、そういう服装もなかなかいいな。中年オヤジあたりの目尻が下がりそうな、妙な違和感が、味があっていい」
「でしょう? 私もそう思って、ソーニャさんにお借りしたんです。博士に喜んで貰おうと思って」
「志織も冗談がうまくなったな」
「きゃ♪」
シュタイナーと志織のやりとりを見ながら、俺は開いた口がふさがらなくなった。
「おい、トーマ。あの娘って、お前が作ったんだよな」
俺は制作者の神経を疑った。
「おかしいですね。あれは元々、秘書とボディガードを兼ねた戦闘用の人形として造ったので、非常に真面目な性格のプログラムだったはずですが」
トーマは眉一つ動かさず、くそ真面目な調子でそう言った。
「だが現に、ありゃ相当イッてるぞ。タナトスとタメが張れそうだ」
『失礼な。私はあんなに個性的じゃありません。なにしろ融通のきかない宇宙船の疑似人格なんですからねっ!』
「聞き捨てならないな」
シュタイナーが振り返った。
「暇だから場を和ませようと、志織が冗談をして見せただけじゃないか」
俺はジト目でトーマを睨んだ。
「あの性格の悪さ。やっぱりお前が作った人形だな! いま、納得できたぜ」
「お褒めに頂いて光栄です」
ぜんぜん褒めてねーよ。
「とにかくまずは先に、ビースト9(ナイン)へ行ってくるか」
「ビースト9?」
「ああ」
俺はシュタイナーに説明した。
「実はさ、マダム・マリエールが俺に残した手紙以外に、鍵を預かってね」
「鍵?」
「ああ。ところがそれが何の鍵なのかは分からないんだ。……手紙には何も書いてなかった。多分、直接書くなんて危険だったんだろうな。それでまぁ──」
「出来れば彼女の遺言を叶えようと謎解きを?」
「まぁね」
言っててやっぱ照れ臭いね。
「ビースト9っていう名前の廃棄衛星のハッカーに、マリエール領のメインコンピュータにアクセスして鍵が何なのかを調べてもらうように依頼している。マリエール領へ行く前に、結果を聞きにいかなくちゃな」
「廃棄衛星だって!? そんなところに人が住んでいるのか!?」
「一杯住んでるぜ」
俺の言葉にシュタイナーが身を乗り出した。
「信じられない──私も一緒に行ってみたい!」
「ダメダメ! あんな危険なトコロ! 俺が一人で行ってくるから、タナトスで待っててくれよ」
俺は慌てて手を振った。シュタイナーの目は幼い子供さながら、好奇心で輝いている。……アブナイ……。
俺は尚もついて来ようとするシュタイナーを宥めすかして船に置いて来た。今回は俺一人だ。
猥雑で無秩序な灰色の町並みはこの間来た時と同じだ。ハッカーは、相変わらず薄暗いアパートメントの中で電脳の山に埋もれていた。
「で、分かったのか?」
俺がやってくると、奴は鋭い視線を俺に向けた。感情の窺えない理知的なクールさはトーマといい勝負だが、鋭さではこいつの方が上だ。
名前は確かセリア……と言ったっけ?
「鍵だな」
無表情な白い男が口を開いた。
「いや、だからそれは分かってるって。見れば充分。──問題は何の鍵なのかってこと!」
「領主の鍵だ」
「そう領主の──って、はぁっ!?」俺は耳を疑った。「領主継承に必要な証が紛失したとかで騒いでるって、『あの』!?」
鋭い眼光が一層激しさを増し、片眉が吊り上った。
「報道はなかったはずだが?」
「あ……まぁそりゃ……こっちだって、裏の人間だからな──」
「優秀なハッカーがいるなら、俺なんて雇う必要はなかったんじゃないか?」
ハッカーが椅子を回転させて背を向けた。腹を立てたのか、それとも用件を伝え終わって、俺に興味をなくしたのか。とにかく──まぁ、良かったなタナトス。お前、腕前褒められたぞ。
俺は黙り込んだ。
よりによって、領主の鍵だって?
──いったいなんだってそんなもんをマダム・マリエールは俺によこしたんだ!?
俺を次の領主に……って事はないよな。俺がそういう人間じゃないって事は、彼女は知っていたはずだ。
じゃあ何故──。
俺が思索に耽っていると、外から喧騒が聞こえてきた。こんな街だから別に珍しくもない。
いつの間にか立ち上がったハッカーが窓辺に行って、外を覗き込んで言った。
「あんたの連れじゃないのか?」
俺は顔をあげた。
「連れ──? 連れはいないぜ?」
「そうか? ……この辺には不似合いだ連中だが……」
「まさか──」慌てて窓辺によって身を乗り出して下を見る。その先には──。「シュタイナーっ!? っと、志織っ?」
路上には見慣れた二人の姿があった。
確かにゴミ溜めのようなこの廃棄衛星には二人は不似合いだ。
上品な外見のシュタイナーに志織。明らかに場違いで浮いていて、あれではこの街に入って数分もしないうちに大勢から目をつけられただろう。
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俺は部屋を出て階下へと走り出した。
「アイル」
ハッカーが背後で短く名を呼んだ。どうやら奴の知り合いらしい。
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「げ!」
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疾い。
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「──!」
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「サンキュー!」
片手をあげて礼を言う俺を、男は無言で一瞥する。その男に向けては、にこやかな笑顔で応対した俺だったが、くるりと向きを変えてシュタイナーに向き合ったときには、怒りの顔モードに突入だ。
「バカかっ!! お前はっ!!」
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「ココは危ないからついてくるなって言ったろ!!」
「しかし──」
「『しかし』も『クソ』もあるかっ!! あのなぁっ!! 俺は待ってろって言ったはずだよな!?」
「でも私は──」
「『でも』!? ガキの屁理屈じゃないんだぞ!? 学者って奴はまったくこれだから! 人の話し聞いてなかったのかっ!? それとも、俺の話なんて聞くに値しないとでも思ったってのかよ!?」
「違う。そんなつもりじゃない。でも私は……」
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すなわち。
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自分のしたいようにやる。
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「~~~~~これだから、学者様ってのはよっ!!」
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「違うっ!」
「違うってんなら、どう違うのか、説明してみろよ!!」
売り言葉に買い言葉。
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「違う! ただ私はどうしてもこの目でこの街を見てみたかっただけなんだ!!」
シュタイナーが俺に噛みつかんばかりに言募る。
「だから、同じじゃん!? ようは自分のしたいようにしたい。他人の言葉なんてどうでもいい──だろ!?」
俺とシュタイナーの間で志織がおろおろしている。
「違う! 違うんだ! ──ただ、私は……私は、見てみたかっただけなんだ!!」
「俺が来るなって言ったのは!! お前の為だろ!? ついて来られて迷惑だからじゃない。危険だからだ!!」
シュタイナーが歯を食いしばって俯いた。握った拳が震えている。俺に迷惑な事をしたんだと、自覚はあるらしかった。
「──すまない……」
謝った。
おお! 謝ったぞ、こいつ!!
──この手の人種が、自分の否を認め、『謝りゃ文句ないだろ、謝りゃ!!』って態度じゃなくホントに反省して謝るなんて!! 信じられないモンを見た!!
俺は目を丸くして感心した。まじまじとシュタイナーを見る。
「ただ……言い訳にしかならないだろうけど……少しでも多くの事を見たかった……研究所を出て、あそこ以外の場所を目にすることが出来るのは、きっと、もうないから──」
……。
……。
……ああ。そっか。
……。
俺は息を吐き出し、頬を掻いた。
こいつってば、寿命が極端に短いんだったっけ。
以前トーマが言っていた言葉を思い出す。
しかも培養槽の中を出て生存していられる時間は確か──。
研究所の中で生まれて、その中でだけ生きて。
外の世界を知る事もなく、そこで死ぬ。
研究のためにだけ作られて。
作られた目的のためだけに生きる。
それ以外の生は用意されていない。
だから、見てみたかった──。
「……わかったんなら、いいよ」
ぽつり、と言って背を向けた。
「反省してるなら、いい。二度とこんなことやるなよ。……安全な場所なら、連れ歩いてやるつもりだったんだからさ」
後ろを向いていても、シュタイナーが顔をあげたらしいのが分かる。反応が子供だ。──言葉のあやとかではなく、本当に、こいつは子供なのだ。
「ありがとう! カーチェス!! ああ、君って本当に、なんていい奴なんだ!! マダムの言っていた通りだ!!」
振り返ってシュタイナーの表情を見た俺は、厳しく顔をしかめた。
たった今俺に叱られたばかりなのに、もうケロリとしている。
自分が叱られた事も、自分の行動の何が悪かったのかもまるで理解していない幼児のように、さわやかな笑顔だ。
「反省なしかよ!! ──人の話聞けよ! こんの宇宙人!!」
アイルという男は腰に手をあて、話題の外で傍観している。俺たちのまるで漫才のようなやりとりにも動じないなんて、トーマのごとき鉄の意志だ。
アパートの2階から声が振ってきた。ハッカーだ。何かを俺に投げてよこした。
「おまけだ。お前宛」
手を伸ばして受け取ると、掌におさまる位の四角い箱だった。
ホロキューブ。
ホログラムメッセージシステム──立体映像によるビデオレターのようなもんだ。マーキングされている型番から、かなりの記憶容量がある。きっと反応システムつきだ。
あらかじめ幾つかのパターンで録画して、メッセージを見た人物の声に応じて反応を変える。キューブのみだから、ここでは再生は出来ない。たぶんタナトスに再生機が積んであるはずだ。
「なんだこれ?」
俺がホロキューブを掲げて見せると、ハッカーが意味ありげに見下ろした。
「金の分は仕事しないとな。システムの中であんた宛のメッセージを見つけた──それだ」
「厳重なロックと鬼畜なICEシステムがあったらしいから、たぶんあんたの探してたもんだそうだ」
俺の横でアイルがそう言って手を差し出した。
「残りの半金を受け取ろう」
「中身の確認をしてからだな」
「再生機は高価だ……ここにはない。それに、それだけ厳重なメッセージを俺たちのいるところで再生して、中身が知られたらまずいだろ?」
「……中が何かは知らないのか?」
「認証システムがついててね」
俺は溜息をついた。カードを差し出す。あらかじめ用意したカードの金額は前回と同じだ。
「……何を狙ってるのかは知らないが、あんまり首を突っ込まない方が身のためだな。キャプテン・カーチェス」
男はアパートへ向かった。
知ってやがったのか。
俺は舌打ちした。これだから。まったく……この街はヤなんだよ。
第3章 了 第4章に続く
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