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マダム・マリエールの遺産

第2章 宇宙海賊のクセに探偵の真似事をするはめに 2

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 タナトスに戻った俺達は、この場所を一路後にして、近くの惑星に買い出しに降りることにした。
『買い物ならどうしてあの衛星で済ませてしまわなかったんですか? わざわざ辺境惑星に寄らなくても、品揃えならあそこの方が豊富でしょう。』
「確かにその通りだがな。あんな、安全基準を無視した商品しか扱ってないところの物を、買えるもんか」
『ははぁ。この船に妙なウィルスでも持ち込んで貰ったら、困りますしね』
「そーいうこと」
 それにしても。
 俺は黙り込んだ。
 マダム・マリエールが俺に残したあの手紙は、一体何を意味しているのだろう。
 ひとつ。あの金の鍵は何か。そして何故それを俺に託したのか。
 ふたつ。友人を救ってくれ、とは誰のことなのか。俺との関わりは何なのか。
『それにしても』
 タナトスが口を開いた。十秒と黙っていない。
『死んでしまった昔の恋人の為にひとはだ脱ごうなんて、キャプテン・カーチェスも案外ロマンチストなんですねぇ』
 俺はじろりと天井を睨んだ。
 実体のない奴を相手に、どこを睨んだらいいのか分からないから、とりあえず天井だ。
「勘違いするな。タナトス。俺はロマンチストなんかじゃ、ねぇ」
『ほう』
「昔馴染みが死に際に残した言葉なら、何とかしてやりたいって思うのが、人情ってもんじゃないか」
 言った後で、これはこれでロマンチストに違いないと思いあたり、肩を竦めた。
『ふむふむ。今時、仁義を大切にするなんて珍しい海賊ですね。希少価値があります。レッド・ブックに登録申請でもしてみませんか?』
 俺が怒って、主電脳の電源を落としてやろうと立ち上がると、スクリーンの前の空間が揺らぎ、トーマの姿が現れた。
『どわっ! マジシャン・トーマ?』
 タナトスが思いっきり驚きの声をあげた。
「ようやく戻ってきたか」
「遅くなりまして、申し訳ありません」
 俺達が短いやりとりをしている間も、タナトスは支離滅裂な言葉を、口にのぼらせながら、パニックを起こしている。
「別に驚くほどのこともないだろう。マジシャンが空間転移の魔法を使うのは、ごくあたりまえのことだ」
『そんなことで驚いているんじゃありません。
 ど、どうして……どうして、青いマントを着ていないんですかっ!?』
 トーマがいま着ている服は、白いシャツにメタルブラックのズボンとブーツ。その上にロングコートを羽織っている、といういでたちだった。
 後ろではソーニャが絶句したまま、硬直している。
『連邦法のマジシャン使用に関する項目で、身分明示の為に規定の服を、着用するように定められているじゃありませんか!』
 フッ。
 これだから製造後二年しか経っていないボーヤは困る。
 俺は人差し指をつき立てた手を、ワイパーのごとく左右に振った。
「甘いぜ。いったい何の理由があって、宇宙海賊が律気に連邦法を守らなきゃいけないんだ」
『そ、……そりゃ、まあ。そうですが』
「だろ? あんな目立つ格好で歩かれちゃ、俺だって困る」
 戦闘になれば、あのバトルスーツ姿は頼もしいのだが、普段はいらぬ注目を集めるだけに過ぎない。
「それに、トーマを所有してるのは『ナイト商会』のカーチェス・ナイトであって、『宇宙海賊』のカーチェス・ナイトじゃないってことさ」
『……あ!』
「宇宙海賊のカーチェス・ナイトは、マジシャンなんて持ってないんだってこと」
『……あう……』
 どうやらタナトスは身悶え始めたらしい。
 初めて知識と現実のギャップに直面し、ICチップがショートしそうなほど驚いているのだろう。
 気にいらない持ち主を、闇から闇へと葬ってきた、根性悪の宇宙船とも思えぬ態度である。
 十秒間ほど沈黙が続き、その後でタナトスの長い感嘆の声があがった。
『ほえ~。こんなにびっくりしたことなんて、生まれて初めてです。キャプテン・カーチェスと一緒に旅をしていると、いつか心臓止まるかもしれません』
 止める心臓なんかないくせに。
「ところで」
 俺はこうるさい主電脳のことなど無視して、話を続けることにした。
 あいつのお喋りにいちいち付き合っていたら、いつまでたっても、目的の会話が始まらない。
「あの研究所のことについて調べてきてくれたか?」
 トーマは黙って頷いた。
『そんなことを調べに行っていたんですか』
 それでも甲高い声は遠慮無く上から降ってきたが、俺は無視した。
「で、どんなことが分かった?」
「ヴィル・マリエールが、あの研究所へ定期的にアマタイト鉱石の輸送をしているのは、かなり昔からのようです」
「昔っていうと?」
「ヴィル・マリエール領で鉱石が見つかった時から。そして、それ以前には、別の国が鉱石をあの研究所へ」
 てゆーことは、少なくともあのメカフェチの博士が研究を始める前から、同じ研究が続けられていたということか。
「あれって、たぶん医療用に使うんだろうな」
 俺が自分の考えを述べると、トーマが頷いた。
「でも機械工学博士が、なんで医療用の研究なんてするんだろう。それに疑問に思うことはまだある」
『なんです?』
「なんで緊急の積み荷を運ぶのに、わざわざ俺に仕事を依頼したかってことだよ」
『はあ』
「わからないか」
『あのときマダムがおっしゃっていた通りの理由じゃないんですか? 「連邦最速の運送屋である貴方に」ってやつ』
「俺も後で気付いたんだが、そこが変なんだよ」
『どこです?』
 俺は拳を握りしめ、ワナワナと震えた。
 ホンッとーに、こいつの話し相手をするのは疲れる!
 トーマになら何も言わなくても、俺が言いたいことはちゃんと理解しているのだが、まあ……相棒歴百年のトーマとこいつを比べるのは酷だろう。
 それにソーニャにも分かるように話してやらないといけないし。
「つまりだな!」
 ため息混じりの投げやりな声でいった。
「ヴィル・マリエールから、二日以内に連邦領へ運んでくれって依頼だったわけだけど、そこが変なんだ!
 考えてみれば分かることだけど、別に俺でなくたって、二日で充分いける距離なんだ。
 ……まあ、公道をちんたら走ってるような、個人運搬業者じゃ無理だろうけど。専用通路を持ってる大手の企業なんかだったら、充分間に合うから、わざわざ俺に頼む必要なんかないはずだったんだ」
『よく利用する馴染みの会社だからじゃないんですか?』
「いや。ヴィル・マリエールは普通は王室御用達の運送屋を使うんだ。俺に回してくる依頼ってのは、そこの業者じゃ配達不能なくらい、せっぱ詰まった期限の、ごく私的な品物に限られる。そこをあえて個人企業に委託するってことは……」
『我々が襲った船が身分を隠していたことから考えると、後で口封じをするつもりで……ってことですか?』
 さすが、思考形態がアブナイ奴だけあって、そういうことには敏感だ。
「それが正解ってトコだろうな」
『だったら、あえてお得意先の業者を指定することないですよね。ポイ捨て出来るような、鳴かず飛ばずの会社は多いはずですよ。普通、そういう所をプッシュするんじゃないですか?』
「……そうなんだよな。だいたい俺の口を封じようなんて、無理な相談だ。俺は裏じゃ宇宙海賊をやってるし、だいいち、マジシャンを持っているような運送屋の口封じなんて、まず不可能なことだ──と、普通は考えるはずさ。おそらく、俺じゃなきゃいけない理由があったんだ」
『いったいどんな……』
 俺はにやりと笑った。
「それはこれから調べる」
 気にかかることをそのまま放っておくなんて、夜も眠れない。



 続く
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